『つかの間の休日』

(1)




「ハルカ来た! 昨日一昨日どうしたの、無断欠席」

「バイトで沈んでた」


 朝学校に行くと、友人が私を見つけてかけ寄ってくる。それに対し事実ではあるが、私は、ぼかしにぼかしたことを言っておく。


「うわあ。もうほどほどにしなよー」

「うん」


 私もほどほどにしたいね。けど危険度は選べないから。


 顔と手の擦り傷は完治。

 肩の傷と背中の傷はさすがに完全に治っていないが、普通にしていれば全く痛みはない。後は完全に塞がるのを待つだけ。

 医者ってすごい、なんて実感している。


「そうそう歴史のレポート出てるわよ」

「また?」


 担当の変わった歴史の授業は、よくレポートが出るようになった。講義形式から一転、生徒に考えさせる授業になった。

 おかげで私は授業はいくら眠くて目は開けられなくても、耳を澄ませることとなっている。

 いやいや寝ようなんて思ってない。私だって全部の授業起きていたいけど、眠い日は本当に眠いから仕方ない……のはこっちの言い分か。


「すごく多くなったわよね、レポート」

「テーマは?」

「『一般市民に銃を持たせるべきか否か』だって」

「ええぇぇ」


 現在、一般市民の銃の所有は認められていない。いくら襲われても抵抗する術を持っていない人間といえども、だ。


 これには世間的にも賛否両論がある。

 当然だ。だから人間は犯罪の標的にされやすいのかもしれないから。

 だが身を守るだけならいいけど、その使い方を、考え方ひとつで誤れば、凶器となる。

 今よりもっと犯罪が増えるかもしれないという懸念もあるのだ。

 負の考え方最もなものとしては、最悪殺し合いなんていう見方もあるらしい。

 今でも十分そうだと思うんだけど。


 それにしてもテーマ、ぐっと重くなったな。私が休んだ間に何があったというのか。

 友人が、取っておいてくれた概要の書かれたプリントを差し出してくれる。


 私はそれを受け取って、片肘をついてまじまじと見る。何先生、これの議論でもさせたいの?

 レポート作成するのって時間かかるんだよね、他の課題より。まあ、でも。


「前の先生よりはましかな……」

「あ、そうだ、数学も課題出てた」

「今日数学ある?」

「ない」

「あー助かった。課題教えてー」

「おっけい」


 友人よ、あなたはとてもいい人だね。

 数学の課題の範囲までも教えてくれる友人に感謝が止まらない。ノートも見せてくれる。


「その代わり、今日の化学の実験私と組んでね」

「了解」


 ただじゃなかったみたい。

 そして今日の化学は実験か、とそこでまた授業内容を知る私。

 数日分の遅れを取り戻さなければ。


 ここでもう一度、治療してくれた医者と、そのつてを持っていたサディさんに感謝の念を送る。入院が長引かなくてよかった。


「お、ハルカおはよー、んでおひさー。風邪でも引いてたか?」


 出されている課題の量を見て、いつするか算段をつけていたら、別の友人たちが登校してきた。


「おはよ。いや、風邪っていうか、」

「バイトで沈んでたんだって」

「何々、あ、ハルカ生きてたー」

「なに、私死んだ説出てたの?」

「バイト大概にしろよ」

「死因は過労ね」

「洒落になんねー。この調子だとハルカだったらその内なりそうだし」

「ちょっときみたち、私にどんなイメージ持ってるわけなの。私にだって休日ある」

「じゃあ、次の休日、遊び行くの決定ね」


 友人たちは、私が無断欠席していたからか、自分達の席より先にこちらに来る。

 そこでわらわらと始まった会話。

 登校して二十分足らず、私の次の休日が潰れることが決まった。







「ハールちゃーん待ってたわよ!」

「ぐふっ」


 今日は仕事はないけれど、私は巨大な建物内の、いつもとは別の場所に来ていた。

 武器研究室だ。

 冷たく光を反射させる扉が開いて入ると、たまたま通りかかっていたひとが、私を見て飛びかかってきた。


 待てよ。この人から連絡を貰ったので、待っていた可能性が捨てきれない。

 とりあえずその巨体に抱き締められて、身体が悲鳴を上げている気がする。


「ぱ、パトリシアさん……」


 待った待った、私まだ怪我人。声を絞り出す。


「あーらハルちゃんそういえば怪我の調子はどうかしら? さ、こっちに来て」


 身体が離れて、締め付けから解放された。

 促されて歩きながら、私はその人の後ろで身体を軽くチェックする。

 ところがどっこい、予想に反して痛いところがない。

 怪我したところもダメージを受けていないよう。どんな抱き締め方なのか、ダメージがいかないようされたみたい。


「あ、はい、あとは塞がるのを待つだけです」


 白衣の人たちとすれ違いながら、パッと見ごちゃごちゃしている室内を進んでいく。

 私の目の前はというと、ひとつの大きな背中でいっぱいで、その先の前方は全く見えない。

 身長は、レイジさんより少し低いくらいだったと思う。

 だけど一目で筋肉質だと分かる、そのムキムキな身体だからか、パトリシアさんの方が大きな印象を受ける。


「それは良かったわあ」


 やがていくつもあるドアの一つの前に止まり、ドアを開けたパトリシアさんに促され、室内に入る。

 室内には、真ん中に大きな鈍い銀色の台があり、その上には、たぶん金属の、何かの部品が積まれている。台いっぱいに。

 壁側にも、備え付けられた長い台があり、色んなものが置かれている。

 壁には大きな銃の形をしているものや、ドリルみたいなもの等が多数かけられている。

 前を行くパトリシアさんは、その部屋を横切って奥にあるドアに向かう。


「傷痕が残りそうだったら言ってちょうだい? アタシが特製のお薬あげるわ。医療研究室から貰ったものがあるのよ」


 それは安全上大丈夫なものでしょうか。


 医療研究室とは、新たな薬の開発・研究を主に行っている場所。

 で、もちろん現場での使用をする前にその効能を確かめる実験も行う。

 パトリシアさんが言っている薬は、開発途中のものだったりする可能性がある。


「あら心配しなくていいわよん。効能は折り紙つきだから」


 うふ、と笑ってドアを開けるパトリシアさん。その中の部屋というと……。

 ピンク一色。

 正確には、ピンクといっても色んなピンクがあるわけで、壁紙はレース柄の薄いピンク (目に優しい) 、床は濃い目のハート柄のピンク。

 部屋の一番奥の、仮眠用と思われるベッドは普通のピ……って、私はこの部屋のピンクすべてを言い表せるほどの言葉を持ち合わせていない。ピンクの種類の名前さえ分からないのに。


「そ、そうですか」

「そうよ。さあ、座って、ハルちゃん」


 薄いピンクが表面にうすーくかかっているくらいの、ほぼ白のテーブル。椅子に私を促すパトリシアさんは、意外と白のエプロンだ。


「お茶を出すから、待っててちょうだい」

「はーい」


 部屋の隅にある小さなシンクに向かう背中は大きい。背広でも来ていたら男前だろうね。


 パトリシアさんの本名はパトリックさん。

 性別男、心は乙女。訂正。外見も乙女。

 スキンヘッドの頭。ムキムキの身体。逞しい身を包むエプロンは、たぶん特注のフリフリの可愛いエプロン。

 その下にはレースの襟のシャツに、意外とズボン。エプロンは、仕事のときはちゃんと白衣になると聞いた。

 本人曰くエプロンも白衣もピンクにしたかったけど、目に優しくないと言われたのだとか(エプロンも、なのはエプロンで研究室内を歩き回ることがあるから)。

 ちなみに年齢は非公開。


「アタシの特製ミルクティーよ。どうぞ召し上がれ」

「ありがとうございます」


 最初はおっかなびっくりだった私も今では慣れている。

 元々この人と会ったのはサディさんの紹介だった。

 サディさんは、どうやらどの分野にも通じているそうで、顔が広すぎる。まあサディさんの紹介だからこそ、私はこの人にも「ハル」と呼ばれているのだけど。

 ところで、今日はどうして呼ばれたのだろう。


「この前は本当に危なかったそうね」

「あー、はい」


 この前というと、人狼のときのことだろう。怪我のことを知っていたことから、そのことも知っているのだと思う。

 情報早いね。人狼のことだけならまだしも私のことまで知ってるなんて。サディさんか、サディさんだな。


「その内、アタシの可愛いハルちゃんが死んじゃったらって思うと、いてもたってもいられなかったのよ」

「あっははまたまたー」


 パトリシアさんが持つと小さく見えるティーカップ。それを音もなく置いて、語りだす。


 パトリシアさんは小さいくて可愛いものが大好きだ。

 身長がすごく高いパトリシアさんから見て、私は小さい。というかほとんどの人が小さい、のに、私はなぜか特に気に入られている、らしい (サディさん談) 。


 原因と考えられることは、武器研究室ということで周りがほとんどが男で、女の人といってもキッチリした隙のない人だらけということ。

 プラス、確実に戦う術を持っているわけでもない、しかも未成年の私が現場に行っているかららしい (サディさん談) 。

 つまり母性本能(パトリシアさん談)。


「本当に健気ねえ。もう、アタシ思ったのよ、やっぱりハルちゃんは武装強化すべきだって」

「はあ」


 ピンク色のハンカチをどこからか取り出して、目元を拭うパトリシアさん。

 私健気なの? 

 この人の目にはどう映っているのだろうと首を傾げたくなりそうになりながらも、心配してくれていることは承知なので、相づちを打つ。

 これでも真剣だ。圧倒されているだけで。

 そしてやっぱりそうか、装備の話か。


「だから、これ取っておき用意したの。ハルちゃん持っていきなさい!」


 バチン、とウインクされながらドン、とテーブルの横に現れたもの。

 濃いピンクに統一された、銃の形の武器。だが問題は、


「えーっと、あの、パトリシアさんの心遣いだけありがたく貰っておきます」


 その、サイズだ。


 好きな色はピンク! とは言ったことないし、言う予定もない私にとって色も敬遠したくなるものだが。

 パトリシアさんなら軽々持てるだろう武器は、かなり大きい。音からして重量もかなりのものだろうから、一般的な筋力しかない私が持てるか怪しいどころではない。

 サイズが大きくなるのは、様々な装備と威力のでかさに重点をおいているからだろう。

 これまでの経験から言って、たぶん家一軒飛ばせるものだと思う。


「本当にハルちゃんったら健気……! じゃあこれはどうかしら!」


 私はもう少し、あの相棒の小型の銃と、自らのささやかな特殊能力とで頑張ってみることにする。



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