第66話 魔王
入口からまっすぐ奥に向かい、一階の中央の広間に入って見渡すと、上の階に向かう大階段の中ほどで競り合っている魔族たちが見えた。
クリスタはあそこか!
「王を、王を守るのだっ」
「どけ!この階段の上に魔王がいるのだろう」
「小娘が調子に乗りおって。凍りつくがよい、グラキエスッ」
「効かぬ。どけっ」
半年前と違って、魔族たちはかなり厳重に魔王の部屋を守っているようだ。おかげでクリスタに追いつくことができた。クリスタはいくつもの切り傷や火傷で満身創痍になりつつも、どうにか魔族の攻勢を
「クリスタっ」
「お、お前は……ぐっ」
やばい。俺の声に気付いたクリスタが隙を作って攻撃を受けてしまった。急いで駆け寄って、彼女を取り囲んでいる魔族たちを削っていく。魔族たちは思ってもない敵がいきなり増えたことに慌てて、戸惑いながらこちらに剣を向けてきた。ここにいる魔族たちはまだ外の騒ぎに気付いていなかったようだ。
敵が慌てふためくその隙に、クリスタは立ち上がって体勢を立て直す。
「リクっ、何故ここにっ」
剣を構えながら、クリスタが叫ぶ。その顔は懐かしの同胞に会った時の喜びの顔ではない。困惑、不審、疑問、怒り。様々な感情がいっけん無表情な彼女の瞳からあふれ出す。
落ち着け、と声をかけようとした。
その時だった。
城の外から大きな波のような魔力の波動が押し寄せてきた。その波は壁も柱も人も関係なく広がり、通り抜け、包んでいく。
ああ、リリアナの詠唱が終わったのか。この温かみのある魔力は、リリアナの力だ。それは優しく染み込み、俺の魔力と混じり合った。そして俺の体の中から……俺自身の魔力を急激に引きずり出していく。あの、遺跡の中の罠のように。
「う、う、う」
「な、なんだ……」
「ぐぬうう」
見える範囲の魔族のすべてが急に膝をつき、その場に倒れ伏す。体中の魔力が抜き取られて動けなくなったのだろう。これこそが、リリアナ秘匿の大規模魔法、魔力吸引。敵味方の関係なく一定量の魔力を吸い取ってしまう。
クリスタもまた、いったん膝をつくがすぐに立ち上がってその場で剣を構える。辺りを見回し、倒れた魔族たちに、好機とばかりに剣を上段に振りかぶる。
俺たち森の民は魔力量が多いので、すべてを吸い取られることはなかった。さらに俺に至っては遺跡でその感覚には慣れている。今更魔力吸引に躊躇して立ち止まることもない。すかさずクリスタに駆け寄って、そばにいた魔族に切りかかろうとしたクリスタの剣を弾いた。
「っ!! 何を! 邪魔をするのか、リク!」
「剣をしまえ、クリスタ」
「お前が魔族に寝返ったというのは、本当だったのか?」
「ほう……そんな話になっているのか」
一体俺についてどんな話が出回っているんだか。きっと碌なもんじゃないな。
クリスタは魔族から離れ、俺を睨みつけて剣を向ける。俺もまた、鉄棍を構えた。
「今のお前じゃあ、俺には勝てん。刀をしまえ」
「それはできぬ!私にはトファーがいるのだっ」
「アルハラの奴らが、ここで死んでいくはずのお前の約束など、守ると思うのか」
「私は死なぬ! 魔王の首さえ持って帰れば、トファーは……」
叫びながら振るったクリスタの剣が、宙を切った。ここまでの戦いで、すでに力は使い果たしているのだろう。
俺は横に回り、彼女の剣を叩き落とす。そしてそのまま、体当たりで壁にたたきつけた。
「ぐふぅっ」
「すまんな、クリスタ。おまえを動けるままにしてると、話がややこしくなる。おまえは強いからな。あとで助けてやるから、ちょっと待ってろ」
魔法を発動し終えたリリアナとカリンたちが、城の中に入ってきた。気を失ったクリスタを彼女らに任せて、俺はそのまま上の階に向かう。魔族たちが必死に守っていた魔王。その正体を確かめるために。
◆◆◆
階段の上には、かつて俺がリリアナと戦った部屋がある。扉の前には何人もの魔族が倒れていた。
リリアナの魔法はこの城全体に効いているようだ。倒れた魔族は呻きながらも、俺の足に手を伸ばしてきた。この部屋の中に、今、新しい魔王がいるのか……。
こんなに厳重に警備しているのは、リリアナに逃げられたのがよほど痛手だったのだろうか。
入口の扉は固く閉じられているが、鉄棍で力任せに突けば、簡単に鍵は壊れた。以前は魔道具で部屋全体を防御していたように思うが、今はその力は働いていないようにみえる。
「ぐぬぬ……虫けらの分際で……我らが王に手を出すな……」
広い魔王の間は以前来た時と違ってふんわりと柔らかい布で覆われて温かい雰囲気に変わっていた。形だけ豪華そうに見える冷たい王座にも、今は華やかな刺繍で彩られたクッションがいくつも置かれている。前にはなかった椅子や鏡などの家具が、いくつも部屋の中にあった。
以前はたった一人でここにいたリリアナだったが、今は床に何人もの魔族の女が転がっている。
そして倒れ伏す魔族たちの中でたった一人、その場に立つ者が、震えながら短剣を構えた。リリアナとそっくりの美しい白髪を持った、ほんの小さな子供だった。そしてその頭には金色に輝く大きな角の形を模した王冠が乗っている。
「お……さま、お逃げく……ださ……」
「そうはいかぬ。これは私の役目」
倒れ伏した魔族の女が、必死に声をかけるが、子どもは俺を睨みつけたまま動こうとしない。
「お前が新しい魔王か?」
「そなた、その黒髪にその顔……人族の刺客だな!」
「どうやらリリアナとは少し事情が違いそうだが。まあ、その魔道具を取らぬことには、話ができんな」
震える子供に武器を向けるのは気が乗らないが、幸い戦い慣れていないようだ。動きを止めているうちに、踏み込んで一気に鉄棍を振りきった。
「ぎゃんっ! ぐ、ぐええ……」
子どもの頭から角が、赤い血をまき散らしながら飛んで、背後の王座のクッションの上にポスっと落ちた。
子どもは目を見開いて驚き、その場で変化した。リリアナの時と同じように、床に落ちた服の中からもぞもぞと子狐の姿で出てくる。しかしリリアナとは違い、子狐になった今も、さっきよりももっと震えながらこっちを見て威嚇してきた。その頭から首にかけては、白い毛が真っ赤に染まって痛々しい。
「ぐああっ、ぐえっ、ぐえええええっ」
悲痛な叫び声をあげてこっちを威嚇してくる子狐。リリアナよりももっと、ずっと小さくて、何の迫力もないのが悲しい。
背後に動く者の気配が……リリアナが部屋に入ってきた。今は魔族の男の変装をしている彼女だったが、俺の目の前にいる子狐を見ると、小さく息をのんで、それから自分もすぐに狐の姿に戻った。服も剣も変装用の眼鏡もその場に落ちる。
「くあ?」
「ぐえっ、ぐええええっ」
「きゅ」
「ぐ、ぐああ……」
狐の姿のリリアナであるポチは、こうしてみると、出会った時よりもずいぶん大きくなっていた。半年前は抱きかかえてここから逃げ出したのに、今見ると、抱き上げるのはちょっと大変そうだ。
そして、子狐は半年前のポチよりも小さくて、弱々しい。美しい純白の狐の姿になったポチが、ふんわりと大きな尻尾でくるむように子狐を抱きかかえる。頭の傷を舐めて、優しく魔力を流して癒せば、ぐえぐえ威嚇していた子狐もいつの間にか静かに、大人しくなった。
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