第55話 罠・罠・罠

 視界の端に、両手で短剣を振るうアルが見える。最低限の動きで次々と魔物の動きを止める。あまり移動しないのは、カリンに気を使っているのか元々そういう戦闘スタイルなのか。俺とは戦い方が違うが、見事な腕だ。

 カリンは守りをアルに任せて、魔法に専念している。俺の近くにいる魔物にも、いいタイミングで炎が飛んで牽制してくれるのは助かる。


「グルルルッ」


 低く唸るオンサ魔豹だが、今度は無造作に飛びかかってくることはなかった。

 俺から目を離さずに位置を変え、魔物をけしかけてくる。

 小型の魔物を切り払った剣の軌跡を見極めて、今度はオンサが来る。

 迫ってくる右前足を避けながら、どうにか一撃与えた。


「ギャンッ」


 後ろ足に切りつけたことで、オンサの動きが少し鈍る。その隙に足を強化して、今度は俺から縦横無尽に切りかかっていった。


 オンサのような大型魔獣はほとんどの場合、毛皮も厚く剣が通りにくい。人族がオンサに苦戦するのは、大型なので接近戦に苦労するうえに、遠くから打ち込む矢や魔法が効きにくいからだ。

 その点で言うと森の民には身体強化がある。一撃一撃、当たれば傷を負わす事ができるし、速さにもついていける。今だってそうだ。何度か激突するたびに、オンサは傷を増やして勢いを削がれている。


 もっとも、人族には森の民には無い、集団の力というものがある。一対一ではかなわずとも、結局はオンサのような大型魔物であっても倒してしまう。

 魔族もそうだ。便利だが殺傷能力の弱い魔法を、道具を使って強化することに長けている。方向を変えるたびに目に入る二人は、アルが身体強化を使って守りに徹している後ろで、カリンが炎や氷、時には雷を落としたりして、中型や大型の魔物を確実に行動不能にしていた。


「おーい、そろそろ仕留めろよー」


 お気楽な掛け声が背中に飛んできた。

 その声に押されたわけではないが、貫いた剣がついにオンサの動きを止める。

 見回すと、室内に動く魔物は、小型であまり敵対心がないものばかりになっていた。

 刀を仕舞い、先ほど飛ばしてしまったリリアナの鉄棍を拾う。


「二人とも大丈夫か?」

「あたぼうよ」

「問題ない」

「じゃあ行くか。全部殺さなくても大丈夫だろ」


 向かい側の扉を押すと、今度はギイイッと音を立てて開く。

 その瞬間、身体から魔力が吸い取られたのに気付き振りかえると、室内の魔法陣がもう一度起動し、そこにいた魔物たちの姿は、生死にかかわらず消えてしまった。


「モンスターハウスは初めてだが、こういう仕組みだったのか」

「俺も初めてだぜ」


 カリンとアルがしみじみと言う。俺もモンスターハウスは初めてだ。

 誰が作ったのか知らないが、よくできた罠だと思う。この先も危険かもなと、気持ちを引き締めた。


 ◆◆◆


 扉を出ると通路だけが、まっすぐ前に続いている。

 床も壁も天井も、綺麗に磨かれた石だ。……いや、これは岩をくり抜いているだけなのか。洞窟というには綺麗に整いすぎているが、床に継ぎ目はなく、壁面の素材の色や模様は洞窟を思い出させた。


 相変わらず、照明は俺の魔力を使って通路を照らしている。ふと、壁面に何か書かれているのが見えた。これまでと同じく俺達には読めない文字だ。


「もしかして……」

「どうした、カリン?」

「これは、なにかの注意書きではないだろうか?」


 そう言われて初めて、目を凝らして通路の先を見ると、今まで何もないまっすぐな通路に見えていたのが、数か所穴が開いていたり、筋が入っている箇所がある。

 普通だったら気付かないような、微かな印だ。


「そこに何かあるな」

「ああ」


 俺達が言うのに、カリンは不思議そうに首をかしげて、その場所を見ている。


「見えないのか?ここに、ほら」


 鉄棍で穴の下をコンコンと叩くと、それに呼応したかのように俺の魔力が吸い出され、そして穴から何かが飛び出した。


「うへえ、毒針か」


 反対側の床を見て、アルが唸る。


「おい、リク、もう一回叩いてみろよ」

「こうか?」


 同じところを叩くと、やはり同じように魔力が微量に吸い出され、針が出る。何度か試した結果、一度針が出ると、少しの間何も起こらない時間がある。その間に通り抜けなければならないらしい。


「めんどくせえな、リク、罠は何か所だ?」

「突き当りの扉の手前までに、五か所だな」

「そうか、俺もそう思う。一気に走り抜けるか」


 そう言うやいなや、アルは腰の革袋の中からコインを取り出して、罠に向かって投げた。

 針が二か所、床が抜けた場所が二か所、一番遠くは天井から大きな岩の塊が落ちている。


「よし、走るぞ!」

「わ、わぁ」


 罠が全て起動し終るよりも早く、アルが全身に魔力を回して、隣にいたカリンを抱きかかえた。

 俺も慌てて、足に魔力を流す。

 まったく、やる前に説明しておけばいいのに……。


「うわあああああ」


 アルに抱きかかえられたカリンの叫び声が、通路を風のように通り抜けていった。


 ◆◆◆


 扉の向こうは階段だ。今度は長い長い階段で、さっきのこともあったので目は常に魔力を集中させていたが、案の定何か所もの罠があった。

 全部一気に起動させようとするアルを押し止めながら、一つ一つクリアして、上にのぼる。その先はまた通路。

 階段を上り通路を前に進むのを繰り返す。罠は多いが不思議と迷路にはなっていない。

 途中、モンスターハウスの小型版のような、ひとつの魔法陣から数体の魔物だけが現れる罠もあった。大抵は小型の弱い魔物だったし、中には魔法陣は起動したけれど魔物が現れないものもある。だが、そのうちの一つは大型魔物を召喚し、狭い通路で迎えうつのにはずいぶん苦労した。


「なあ、この罠、俺たちを殺しに来てるよな?」

「そりゃあ、侵入者だからな」

「古代の勇者は、イリーナは、子孫がここに来るなんて思わねーわけ?じゃあなんで場所を伝える伝説なんか残すんだよ!」

「アル」

「俺にはもっと力が必要なんだ!ご先祖さまなら、子孫に優しくしろよ!」


 アルがぶつくさ言いながら、いくつ目か分からない扉をぞんざいに開けた。


 パッと灯りがともる。そこはしばらくぶりの広い空間だった。高い高い天井は、上の様子がはっきりと見えないほどだ。向かい側の壁も遠く、出口と思われる扉がひとつだけ、小さく見えている。

 明かりがともると同時に、今までにない量の魔力が吸い出される。

 隣でアルとカリンも顔をしかめているから、今度は全員から魔力が吸い出されているのだろう。


「くそっ」

「大丈夫か?」

「好き放題魔力をとりやがって。今度は何を召喚する気だ!」



 アルが吐き捨てながら、空けていた左手に短剣を持った。俺はリリアナの鉄棍を自分の剣に持ち替えて、カリンはいつでも魔法で攻撃できるよう集中している。


 見守るうちに部屋の中央の床が輝いて、そこから放射状に複雑な魔法陣を描きはじめた。

 ほどなく床の魔法陣から、魔力がキラキラと立ち上り、一人の彫像のように美しい黒髪の女を形作る。古めかしい簡素な無地の貫頭衣は丈が短く、顔から受ける印象よりも筋肉質な太ももがみえる。腕もたくましく、背負っている身の丈近くある大剣も、振り回せるだろう。長い足には獣の皮で作ったブーツを履き、腰のベルトに、キラキラと輝く魔石のアクセサリーがちらっと見えた。

 しかしそれらは不思議なことに、全て透けている。普通の召喚ではなさそうだ。

 女は口を開いた。その声は広い部屋の中で奇妙に反響して、実際にはどこから聞こえてきてるのかよく分からなかった。

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