第48話 護衛旅は暇な方が良い

 昨夜の襲撃は、結局リリアナの魔法一発で終息したと言っていいほど、あっけなく終わった。と言っても、襲撃の規模が小さかったわけではなく、中規模の隊商を襲うには充分な人数だったので、この結果は野盗たちにとっても思いがけないものだっただろう。

 爆発を逃れて残っていた十人ほどの残党のうち、四人は俺が倒したが、リーダーらしき男を含む残り数人には逃げられてしまった。

 しかし無事逃げた野盗たちにとっても、手勢の大半を失ったことで、厳しい未来が待っているのかもしれない。


 駆けつけてきた護衛の誰かが、倒した野盗を見落とさないように、ライトの魔道具を使って辺り一帯を明るくした。西の鳶の面々や他の隊商の護衛達が、爆発の跡地を見て呆れている。そこいら中に転がっている野盗達を手分けして縛り上げていった。俺が倒した奴らも合わせて、その数二十二人。


「お前ら、頑丈だなあ。あの爆発で吹っ飛ばされて、よく生きてたな」

「ぐ……い、痛てえ……」

「明日の昼過ぎには村に着くから、そこでしっかり手当てしてもらえ」

「くそっ、覚えてやがれ。あ、痛てて……」


 派手な魔法だったが、リリアナは、それなりに手加減して打っていたようだ。ほとんどの野盗は爆風にあおられて気を失っただけで済んでいた。数人はやけどを負っていたが、彼らはこれから次の村で役人に引き渡され、手当もされる。

 その後は、そこでの裁判の結果次第ではあるが、おそらく数年から数十年の強制労働になるだろう。

 そしてその労働力の対価として、捕まえた者には報奨金が与えられるのだ。


 今回は俺とリリアナが戦っただけなので、俺達の雇い主である隊商に報奨金が渡される。なので、捕まえた野盗を縛り上げた後は、他の隊商の護衛達はさっさと引き上げてしまった。つまり、報奨金を手に入れるんだから、お前らが後始末しろよってことだ。騒ぎを聞きつけて起きてきた商人たちの間で、そう話がついていた。


 捕まえた野盗たちは、人数が多すぎて、馬車に乗せて運ぶこともできない。


「やれやれ。こいつら、ここに捨てていったら駄目かな」

「そう言う訳にもいかないわよ」

「そうそう。それに二十二人もいたら、報奨金がすごいわよ。私たちにもそれなりの報酬が出るはずね」

「報酬がつくにしたって、魔物の方がよっぽど楽だよ」


 明日の行程を考えるとうんざりだ。

 とはいえ、被害もなく報奨金は多い。野盗たちを一か所に集めて見張りながら、残り少ない夜は足早に過ぎていった。


 ◆◆◆


 夜が明けて、護衛の面々が短い睡眠を切り上げて起き出す。

 昨夜の襲撃の後始末を終えたのはもう明け方近くだったが、寝ている途中で起こされた者たちだけは、短時間でもいいからと出発間際まで休みをとった。


 慌ただしく朝食を済ませ、他の隊商に挨拶すれば、もう出発だ。

 盗賊たちの半数以上は歩かせることになったので、馬車の進みは昨日より遅い。


「リリアナちゃん、昨日のあの魔法、教えてよ」


 リリアナに話しかけているのは、優男の魔法使いヒュー。

 今日の屋根の上の見張りは、遠距離攻撃ができる魔法使いが担当だ。リリアナとヒューが先頭に、真ん中あたりにゾラ、そしてカリンが一番後ろの馬車に不満げに乗っている。

 俺達、接近戦が得意な組は、野盗たちを見張りながら歩くはめになった。


「リリアナちゃん、昨日すごかったよな、あの技。難しいの?」

「うむ。そうでもないと思う。風と炎の魔法が使えるならのう」

「えーっと、ちょっと待って」


 そう言うと、ゴソゴソと荷物を引っ掻き回して、ヒューは腕ほどの長さのシンプルな杖を一本取り出した。


「これ、炎の魔法用の杖なんだけど、これ使っても出来る?俺、風の魔法は補助なしで出せるんだけど」

「うむ、やってみようかの」


 そう言うやいなや、ヒューから受け取った魔法の杖で小さな炎を出し、あっという間に風でくるんで遠くに投げ飛ばした。

 ドーン!

 昨日と比べれば格段に小さいが、爆発音が響き、俺たちの横を歩いている野盗たちがビクッと肩を揺らす。

 ざわざわと馬車の中で気配が揺れて、戸が開いた。


「何かあったのですか?」

「あ、えっと、あー、魔物がいたので追い払ったーかなー」


 馬車から顔を出して聞く秘書に、ヒューが慌てて答えている。

 嘘だろ、それ。


「……そうですか。次からはできるだけ、攻撃の前に何か合図をお願いします」

「うぃーっす」


 遊んでたのが、バレてるな。

 しかし、見逃してくれたのは、捕えた野盗たちにちょうどいい牽制になったからだ。

 そのあとはしばらく、やり方を習って、時々魔獣を見つければ試し打ちをし、村に着くころにはすっかりヒューも同じ魔法が打てるようになっていた。


 ◆◆◆


 村に着いてすぐに、野盗達を役人に引き渡す。野盗たちを歩かせてきたので、予定通り到着とはいかなかった。昼のうちに着くはずが、辺りはもう暗い。

 雇い主の商人たちはほくほく顔で報奨金を受け取った。二人の間で、分配については話し合いができているようだ。


「今回は見事な手際で野盗を捕まえてくれて、感謝する。報奨金の一部は君たちの報酬に上乗せするので、楽しみにしてくれ」

「私からも礼を。皆さんの活躍で、積み荷も被害なくすみました。ありがとう」

「いや、仕事です」

「この村には明日一日、商談の為に滞在する。西の鳶とフライハイトは村に滞在中は自由行動だから、明後日の早朝にここに集合してほしい」


 宿屋はその多くが村の入り口に軒を連ねている。

 そのうちの一軒、西の鳶が何度か利用したことのある宿に泊まることができた。


「さ、宿屋も決まったし、飲みに行きましょうか!」


 ゾラが宿屋のカウンターの前で、こぶしを振り上げて気勢をあげる。

 仕方ねえなあといいながら、ヒューがゾラと肩を組んで外に出て行った。


「ほら、お前らもぼさっとしてないで、一緒に行くぞ」

「私はリリアナさまと一緒にもう部屋で休もうかと……」

「なに言ってんだよ、カリン。しけたこと言うんじゃねえよ。なあ、リク?」

「そうだな。たまにはカリンと飲むのもいいか」


 俺がそう答えるよりも先に、リリアナはさっさと出口に向かって歩き始めている。

 ふふふんっと小さな声で鼻歌を歌って、楽しそうだ。扉の前でぱっとこっちを振り返ってニコニコ笑いながら言った。


「その店には、うまい果物はあるかのう」


 リリアナのお気に入りの果物は、普通だとこの季節に大陸で出回るものではない。

 家から崖の上の隠れ家に取りに行くのは簡単なんだが、シモンに止められたので、今回は荷物に入れていないのだ。


「果物か……。この辺だと、何がとれたっけな。確か芋酒がうまかったよなー」

「ああ」


 普段無表情な女剣士のレンカが、珍しく笑顔で答えた。

 しかし、酒の話か。

 ま、リリアナが食べたいものも、何かあるだろう。

 嫌がるカリンの背中を叩きながら、居酒屋へ向かった。


 街道の途中に点在している村は、行商の商人たちが定期的に訪れるので、田舎とはいえそれなりに栄えている。村の入り口には宿屋が何軒も並び、奥に進めば居酒屋が軒を連ねて、どの店も中からは騒がしい声が聞こえる。

 看板に煙庵けむりあんと書かれたその居酒屋では、早くもゾラとヒューが飲み始めていた。


「遅せーよ。なあリリアナ、こっちに来いよ」


 ヒューが手を振りまわして、リリアナを呼んだ。


「そうよ、リリアナちゃん。私にも珍しい魔法の話を聞かせてよ。ほーら、こっちには美味しそうなリリンの実があるわよー」


 ゾラの手元の皿には食べやすい大きさに切られた、黄色い果実が盛られている。酸味が強くわずかに苦味があるリリンは、そのままで食べてもおいしいが酒にもよく合う。


「ほう。美味しそうじゃの」

「あ、リリアナさま……。私も!」


 ひょこひょことリリンの実に釣られていくリリアナを追いかけて、カリンも行った。あっちのテーブルは魔法談議に花を咲かせるんだろう。

 残った俺達三人が座ったのは、少し離れた空いている席。

 ここなら静かに飲めそうだ。


「まだ二日目だが、無事に着いてよかったぜ。まずは乾杯だな」

「ああ」

「私はこの村の酒が好きなのだよ」


 強い芳香の酒とテーブルにあふれるほどのつまみをみながら、レンカが嬉しそうに杯を合わせてきた。

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