第41話 大掃除!

 玄関から廊下をまっすぐに進むと、二階に上がる階段がある。その下は物置になっていた。その床の一部が、分かりにくいが取り外せるようになっているのだ。

 ここから先は推定だが、部屋の壁と外壁の間に狭い空間があり、どうやら地下から屋根裏まで通じる階段か梯子はしごがあるようだ。

 不動産ギルドの書類にあった間取り図と比べると、元々は地下室は無い。いつかは分からないが、設計図を作ったよりも後に地下を掘ったのだろう。さらに屋根裏まで上がれる階段を付けて、その階段を壁で隠したのだと思う。おそらくは逃走経路のひとつとして。

 リリアナによると、地下室には人の気配があり、屋根裏は今は無人のようだ。


 ◆◆◆


 ところで、大掃除の最初の作業と言えば、何だと思う?

 俺はやはり燻煙剤だと思うんだ。

 地下室には外気を取り入れるための通風孔があるが、それはすでに見つけている。そして今、シモンがそこに魔道具をセットして、そろそろ起動した頃だろう。


 筒形の魔道具は、中に詰めた薬剤を魔石の力で熱する事ができる。

 薬剤が蒸気になって、筒の上から吹き出すのだが、この魔道具は木のうろや地面に掘られた穴でも使えるよう、倒しても逆さにしても大丈夫になっている。


 普通は殺虫剤などを詰めて使うんだが、今回は魔獣捕獲用の麻痺剤を用意した。

 地下室が少々広く掘られていたとしても、この薬剤の量で充分に動きを止められるはずだ。

 燻煙剤の煙が室内から消えるまでがおよそ一時間。それまでは外で待つことになる。麻痺剤は即効性で効果は二時間程度続くから、中で転がるやつらを捕える時間は充分ある。


 地下室からの出口はここ、一階の階段下だが、多分もう一か所、二階の階段付近の天井から室内に出ることができた。そっちは今、アリアスとレンカに見張ってもらっている。一階の階段下には俺とリリアナとヒュー、玄関の外はシモンが見張っている。

 薬が効いてきたのか、地下室で何者かがうめく声が聞こえた。一応ここから出てくるものがいないかと見張っているが、この分だと大丈夫だろう。


 それからいくらか時間がたった。といってもまだ一時間はたっていないくらいだ。階下でギシッと木が鳴る音が!

 リリアナが素早く鉄棍を構える。


「リクッ、下がれ」

「なっ」


 バンッ

 大きな音とともに床板がはじけ飛ぶ。

 地下室から出てきたのは黒いフード付きのマントを着て剣を持った細身の人間だった。

 一瞬で床に空いた穴から飛び出して、いま、廊下で俺たちと対峙している。

 速いっ。

 慌てて魔力を全身に巡らせる。


「ハッ」


 短く息を吐いて、次の瞬間にはもう、俺の目の前に剣があった。

 あぶねえ。

 ギリギリのタイミングだ。強化している俺の腕がしびれるほどの打ち込み。目の端に鉄棍を構えるリリアナが見えた。ヒューも杖を構えて魔力を練っているようだ。よし。行ける!

 剣を持つ手に力を込める。

 そのまま押し込もうとしたら、すっといなされる。その拍子に剣先が相手のフードをめくりあげた。


「おっと」


 男はニヤリと笑って飛び退すさった。そのまま壁に背を預けて口を開く。


「なかなかやるな」

「何だと」

「まあまあ、そうイラつくなよ。お前たちには感謝している。俺に自由をくれて、ありがとよ。下のやつらは眠ってるから、煮るなり焼くなり、好きにしな」

「お前、何者だ?」

「さてね。名前なんざ、とっくの昔に忘れたな。お前もそうじゃねえのか?ふふっ」


 フードの下から現れたのは彫刻のように整った顔をした黒髪の男だった。

 俺の……同族。


「せっかくの家を壊して、すまねえな」

「あっ」


 男の右腕の魔力が急激に膨れ上がり、剣の柄で背後の壁をガンッと殴る。

 衝撃で崩れたレンガをさらに足で踏み割って、男はそのまま外へと飛び出していった。


「じゃあな。いつか縁があったら、森で会おう。ふふふ、あははは」


 呆然として一瞬反応が遅れた隙に、男は姿を消していた。

 後ろからヒューが声を掛けてきた。


「てめえら、あれは何だ、知り合いか?」

「いや」

「追いかけるか?」

「……今は家の地下の方が先だ。俺とリリアナが中に入る」

「まだ薬が残ってるだろ」

「俺とリリアナには効かないからな」


 いぶかし気な顔のヒューと音を聞いて駆けつけてきたレンカを地下室への入り口に残し、俺たちは中へと入ってみることにした。

 麻痺剤は暴れる魔獣を鎮静化させるためのものだが、身体強化ができる者には効きにくいのだ。あえて薬の効いている中に突っ込むこともないかと思っていたが、仕方ないな。


「行こうか、リリアナ」

「そうじゃな」


 魔力を注意深く体中に巡らせながら、床の穴に飛び込む。

 木でできた階段を十七段。案外深く掘っている。それでも地下は通気口や明り取りの窓がいくつか設置され、充分に中の様子が分かるくらいに明るかった。

 天井が落ちてこないように、部屋全体は丈夫そうな木が組まれて、しっかり支えられている。広さはリビング程度だろうか。地面は土を踏み固めただけだった。

 その地面にはいま、黒いマントを着た者たちが三人、身動きが取れないまま転がっている。


「今のうちに縛っておくか」


 持ってきた縄で三人をぐるぐる巻きにして、さらにリリアナが睡眠の魔法を上掛けしておく。動けるようになったときに魔法を使って逃げるのを防ぐためだ。

 そのまま三人を転がして、室内をさらによく見れば、片隅から横穴が伸びていた。


 人一人通るのがやっとの狭い横穴は、少し下の方に向かって続いていた。真っ暗ではないのは、所々に明かりの魔道具が取り付けられているからだ。

 時々曲がりくねっているのは、近くの家の地下室を避けるためだろうか。家を何軒分か進んだ頃に、通路の前が急にひらけて、やはりリビング程度の広さの空間に出た。

 どうやらここまで薬剤は流れて来ていたらしい。

 木を組んで天井を支え、土を踏み固められた床のその部屋には、数人の黒マントの人間の他に、何頭もの魔物が鎖につながれたまま、地面にうずくまっていた。


「な……」

「これは、呪術の跡じゃな」


 リリアナはそう言うと、手を組んで小さな声で何かを詠唱していた。薄暗い地下室の中で、リリアナの身体からあふれ出した魔力が何かと反応してキラキラと光る。


「さあ。そいつらも縛ろうかの」


 リリアナに促されて足元の人間を縄で縛る。

 さらに、人間も魔物たちももう一度睡眠の魔法で眠らせて、俺達はいったん地上に戻ることにした。

 地下室の階段を上ろうとすると、声が聞こえた。地上でもまたひと騒ぎ起きているらしい。


「あのお方をどこにやった? リリアナ様を!」

「何なんだよ、この魔族女っ。さっき逃げた男の仲間かよ?」

「逃げた男など知らぬ。リリアナ様っ」

「あれえ、あなた確か、アンデの町で冒険者をしていた、カリンさん。どうしてここに?」


 ややこしいのが現れた。

 出て行きたくねえ……。

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