第18話 俺たちの家

 Eランクの冒険者になった俺とポチ……ではなくリリアナは、しばらくの間アンデの冒険者ギルドで、地道に働くことにした。

 ランクを上げるために。そして現金を手に入れるために。


「あ、リクさん、南の門番さんから剣を預かっていますよ」


 シモンが出してきた剣は、そのまま抜身で持ち歩くわけにもいかない。仕方がないので吊るすベルトを買うまでの間、そのまま預かってもらうことになった。

 その間は町から出ずに、街壁の内側での仕事を探す。町の中は常にあちらこちらで道や建物が整備され、建設現場や商店の手伝いなど、働く場所には困らない。俺と一緒にリリアナも荷物運びの仕事を請け負ったが、小さな身体で重たい荷物を苦も無く運ぶ様子に、仕事を頼んだ相手の方が驚愕していた。

 リリアナも俺と同じように、いや、俺より器用に魔力を操り、身体強化ができるのだ。それは人族からみたら驚くべき能力らしい。

 俺からすれば、外に向けて放つ攻撃魔法の方がよほど羨ましいのだが。


 一日にいくつかの、ギルドから紹介された依頼をこなし、三日ほどでランクはEからDに上がった。下町のあちらこちらに行き、路地を覚えて、美味しい食堂も見つけた。いつの間にか、二人で町を歩けば知り合いに声をかけられるほどに、この町に馴染んでいる俺たち。


「よぉ、リク。相変わらず妹と仲がいいな」

「妹じゃねえよ」

「ははは。そういえばおふくろが、うまい果物が手に入ったからリリアナちゃん連れて食堂に来いって言ってたぞ」

「ウミネコ亭だな、分かった。ありがとよ」


 手を降って、がははと笑いながら立ち去るのは、背が高くていつも陽気な、典型的なサイル人の男だ。何度か力仕事の現場で出会って、こうして話すようになった。

 そして数日後、仕事を少し早めに終えた俺たちは、ギルドで依頼料と剣を受け取った。その後、今まで借りていた部屋をいったん引き払う。新しい住居に移動するためだ。と言っても俺はリリアナに連れていかれるだけなんだが。

 シモンに、辞めるわけじゃねえ。明日もまた来るからなと声をかけて、リリアナの後を付いていった。





「少し金が貯まれば、町に家を借りるのも良いかもしれぬが、ギルドの中よりは森の中の方が心が休まるゆえな」


 この数日のうちに少しずつ増えた荷物を背負って、リリアナは夕暮れ時の森のなかへとずんずん入っていった。

 この時間帯には、森から出てくる冒険者はいるが、入っていくものは少ない。

 森に住む狼やフェンリルは夜行性なので、それらを狩りに行くときにはあえて夜を選ぶ場合もあるが、そんな場合はもっと大勢の人を集めての、大掛かりな狩りになる。


「リリアナ、大丈夫なのか?」

「心配ない。道は覚えておるゆえ」


 夕暮れ時、沈み始めた日は一気に落ちて、辺りは真っ暗になる。そこからは狼たちの時間だ。俺は用心のために剣を手に持って恐る恐る前へと進んでいたんだが、リリアナはそんなことは気にもせずにすたすたと森の中を歩いて行く。

 そして一本の木の前に立ち止まると、俺を呼んだ。


「リク、ここを見るがよい」


 リリアナが示す足元をよく見ると、土で隠されてはいるがその下につるつるの石板が敷いてある。


「場所は覚えたか?では行くぞ」

「行くって、どこに」

「私たちの家に決まっておろう」


 そういうとリリアナは俺の腕をぎゅっと掴んで、そのあと足元の石板にそっと魔力を流した。石板は転移陣だ。

 一瞬の浮遊感の後、目の前にあったのは、ポチと二人でしばらく過ごした、あの洞窟のすぐ近くだった。


「ふふふ。どうじゃ? 散歩に出た時に、こっそり転移陣を作っておいたのよ」

「すごいな、リリアナ。こんなものまで作れるのか!」

「転移陣は元々、我らが一族の考え出したものゆえな。幼き時より作り方は叩きこまれておる。ただし、一対で役目をなすので、両方の場所に行かねばならんがのう」


 そう言いながら、自慢げにツンと顎をあげて目を細める様子が、子狐のポチと重なって、思わず笑って頭を撫でてしまった。ここで一緒に過ごしていたポチと変化した後のリリアナが、今ようやくぴったりと重なった気がする。


「さ、さあ、家に入るがいい」


 真っ赤になって、さっさと自分の荷物を担いで洞窟に入るポチ。俺も笑いながら一緒に中に入っていった。


 ◆◆◆


 洞窟の中は出ていった時と変わっていない。まだほんの数日しかたっていないので当たり前だが。

 外はもう日も沈み、洞窟の中も暗かったが、広間の真ん中でリリアナが何か呪文を唱えながら、手から魔力を出す。それは明るい光を放ちながら、ふんわりと風船のように膨らみ、宙に浮き上がった。


「おう、面白いな。見たことのない魔法だ」

「普通のライトの魔法じゃと思うが」

「ライトは魔石を核にして光らせるものだと思っていたよ。戦闘中に使うものはもっと強烈で短時間の光だしな。俺には使えないが」

「そうか。たしかに魔石を使ったほうが長く安定して明かりを灯せる。なるほど魔法の使い方も、失われていくことがあるのじゃな。これは長時間は照らせぬが、さほど大きな魔力は使わぬゆえ、リクも練習すれば使えるようになるよ」


 ぼんやりと明るいライトが照らす中、町から持ってきた荷物を広げてみる。

 荷物の半分は着替えと食糧。

 着替えはどれも古着でシンプルだが、リリアナの分も枚数は増えた。食料は保存ができるものを数日分はここに置いておこうと思う。それらを入れてきた袋は何かと便利に使えそうだ。

 大きな荷物のもう半分は寝具。

 丸太のベッドの上のそれを広げれば、今日からはここでも、柔らかいベッドに寝ることができる。


「布団はひとつしか買えなかったけど、よかったのか?」

「買えなかったのだから、仕方あるまい。ふふ」

「ま、いっか。子どもだしな」

「子どもではないというに!」

「ははは、すまんすまん」

「それはそうと、向こうは私の部屋じゃからな。入ってこぬように」

「ああ、分かった」


 リリアナはプンプン怒りながら荷物を整理して、自分の着替えだけを奥の部屋に持って行った。

 そしてすぐに、白い塊が俺のところに駆けてくる。


「くえっ」

「ポチ!」

「きゅっ」


 洞窟の中はひんやりと涼しいが、柔らかい布団にくるまれてポチの体温を感じながら目を閉じる。

 今日は今までで一番いい夢を見ることができるかもしれない。

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