第9話 川上へ

 早くもっといい野営地を探しに行きたいが、肉が腐ってしまえば当分の食料にも困る。

 大急ぎで、外側だけ焼いてある肉を、指先の魔力でできるだけ薄くカット。本当だったら塩でも振りかければいいのだが、今は無いのでそのまま端を木の枝に突き刺してぶら下げるだけにした。

 肉を何枚もぶら下げた木の枝は、たき火の上にかざしてそのままいぶし焼きにすればいいだろう。今日食べる分はまだ肉汁が滴るような焼き加減でもいいが、塩もないのに保存して持ち運ぶとなると、カラッカラに干してしまわなければならない。


「ぐああ」

「お、ポチ、食べたいか?ほれ」


 ちょうど良い焼け具合の肉をあげると、喜んでしっぽを振りながら食べている。かわいいもんだ。

 俺も時々良い焼き加減の肉をつまみながら、薄切り肉をどんどん木に突き刺して燻す。このまましばらく置いておけば、いい具合に乾くだろう。


 肉の処理が一段落した頃には、干していた肌着もすっかり乾いていた。洗った肌着は気持ちいいものだ。それに肌着だけとはいえ身につければ、少し不格好ではあるが、裸よりは随分落ち着く。

 その上から、ボロボロで頼りなくなってはいるが、一応革の胸当てもつける。そしてベルトをつけて、背中に大剣を持って。

 しかし、ズボンをはいていなくてむき出しの足というのは、落ち着かないものだな。もちろん長時間歩くので、足には魔力を注いで強化している。ズボン一枚着るよりは余程防御できてるんだが。

 素っ裸の時はあまり思わなかったのに、こうしてある程度服を着ると逆に心もとない。どうしてだか、そんなことを思って可笑しくなる。



 日も高くなったころ、ようやくこの辺りの地形を確認するための遠征に、出発した。

 今日中にここに戻ってくるつもりではあるが、念のため弁当代わりに作りかけの干し肉と黄色い房の果実をいくつか、蔓草に通して腰にぶら下げておく。

 できることなら今回の一度で、ちゃんと野営するのに適した場所を見つけたいものだ。


「ポチ、お前も一緒に行くか?」

「ぐえ」

「まあそう言うなって。ほれ、行くぞ!」


 気乗りしなさそうにそっぽを向いたポチをつまみ上げて、ひょいっと左肩に乗せてみる。狭いのでどうだろうかと思ったが、ちょうど胸当ての肩部分にしっかりと爪を立てて、ちょこんと座ることができた。


「しっかり捕まってろよ。じゃあ行くか」

「きゅっ、きゅー」


 俺には見えないが、しっぽがブンブン振られているのがわかる。

 さっきは無関心を装って澄ましていたが、やはり散歩は嬉しいのだな。


 さて、どっちに向かうべきか。闇雲に歩き回っても体力を消耗するばかりだろう。野営するなら川は必須だし、道を覚えるのにも都合がいいので、この川の上流に向かって歩くことにしよう。

 いや、人里を目指すならば川下に向かったほうがいいのは分かっている。

 ただ今はまだ、あまり人里に近付きたくない。もう少しだけここで、静かに過ごしたいんだ。そんな気持ちが、自然と川上に足を向けさせた。

 川上の方向はゆるい上り坂になっているので、もしかして登っていけば高台から辺りの地形を見渡せるかもしれないという目算も少しはある。

 草木があまりない川べりや、時には川の中を歩いて行く。石がゴロゴロと転がっていて、歩きにくいが、藪の中に突っ込むよりはましだろう。川は浅くて、歩くには都合が良いが、石の転がり具合を見るに、この川は季節によってはもっと水量があるのかもしれない。

 用心深く辺りを確かめながら歩いて行くと、周りに生えた木々の中にはいくつか、食べられそうな実をつけているものがある。野営地の近くで見つけた黄色い房の果実は、あっちこっちで見られるので、持ってくる必要もなかったほどだ。時々川から離れて森に入っては、ちぎって食べた。

 そのそばには、すごく美味しそうな赤い小さな木の実もあって、食べてみたい気もするが、ポチは黄色い房の方に夢中で見向きもしない。今食べて腹が痛くなっても困るから、遠征中ではなく何も用事がない時に試してみよう。


「おお、ポチ!あの蔓は芋の蔓だぞ。地面を掘ればでっかい芋が出てくるんだ」


 背の低い木に絡みついている蔓草のひとつは、見覚えのあるものだった。蔓芋と呼ばれるそれは、地面に栄養満点の大きな芋をいくつも蓄えている。地上の蔓にも小さな芋が生るのだが、今も親指の先くらいの丸い芋があっちこっちに生っている。

 生では食べられないので普通は茹でて塩を振りかけて食べるんだが……焚火の中に投げ込んでおけばきっと食べられるだろう。


「野営地が決まったら、もう一度ここに取りに来ような。美味いぞ」

「くえっ」

「そうかそうか。お前も食べたいか」

「くえええっ」


 肩の上に立つのも飽きたのか、ポチは飛び降りてそこらを走り回っている。

 芋の蔓のにおいも早速嗅ぎに行った。狐って芋、食うのかな?喜んでるから、まあいいか。


 日差しが強くて喉が渇く。汁気たっぷりの果実を楽しんで、水を飲みたいときには足元を流れる川にしゃがみ込んで、川の水をすくう。気温は高いが、何故か流れてくる水は程よく冷えていて、すくう手のひらも気持ちがよかった。

 野営していた場所よりも、もっとひんやりと冷たい水の流れ。もしかしたら、この近くに水が湧き出している場所があるのかもしれない。


「ポチ、少し急いで先に行ってみよう」

「くあ?」

「大きい泉か池があれば、水浴びできるぞ」

「くえええっ」


 そこら辺の藪に潜り込んだり木の実に噛り付いたりと、遊びながら歩いていたポチだったが、急にやる気を出して川の上流に向かってずんずん進んでいく。俺も慌てて、遅れないように歩を速めた。


 森の中の景色は歩く間、さほど変わり映えもしなかったが、野営地から寄り道しながら三時間ほど上流に上ると、ようやく変化が見られた。前方に急な斜面が現れ、進むのが困難になる。斜面にはちょうど俺の背の高さほどの穴が、ぽっかりと開いた。そして川はその洞窟の中へと続いていた。

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