第58話25話 聖焔

 

「ギィアガガガカ゛ア゛っーー!!?」


ユーリは苦しみの声をあげながら、触手の様な靄を振り回し続けている。

まるで1つ1つが意思を持つかのように、不気味に這い回り周囲を破壊する。


「……大丈夫だよ、ユーリ。必ず僕が助けて見せるから!」


俺はどんどんユーリとの距離を詰める。


「イギィ゛ぅく゛!? だめ、ギィアッ! に、にげて、りゅぅ!」


ユーリは正気を取り戻したのか、俺に逃げるように言った。


「逃げないよ、俺は諦めたりにしない……約束、まだ果たしていないだろう?」


俺は更に近付いた。

近付く程に不快な気配を肌で感じた。


「りゅぅ…と、だめ!? ぅ゛ぐぁ゛ア゛アア゛ア゛ーーーァッ!!!!!」


「リューッ!?」


再度靄が俺に迫り、兄様が声をあげた。


「“ホワイト・サンクチュアリ”」


俺は魔法で防御し、更に近付いた。

完全ではないが不快感が少し和らぐ。


この世界はきっと乙女ゲームと同じ世界なのだろう。

現に攻略対象者や悪役令嬢も存在する。

この悪魔の召喚も恐らく設定(シナリオ)通りの事だ。

俺達の介入はイレギュラーで、放っておけばゲーム通りになった筈だ。


──ゲーム通り……


トーリ・クレイシスは悪魔と契約し、狂い、弱い立場にある筈の女子供を喰い殺し非道の限りを尽くす。

ユーリはそれを知りながらも止められずに、ヒロインに出逢うまで精神を病む。

そして最後にはトーリ・クレイシスは悪として、ヒロインとユーリに倒される。

これがゲームの設定シナリオ

変えられぬ運命シナリオ


しかし、ここで疑問が生まれる。


“果たしてトーリ・クレイシスは悪魔の力を祓われて、生きているのだろうか?”


“倒すとはどういったことなのだろうか?”


俺は須永 由奈腐女子の話の中で、生きて助かると言う話は聞いていない。

彼女の話ぶりからも生存はないと推測出来る。

つまり、トーリ・クレイシスは多くを救おうとして、多くを殺し最後には最愛の息子に殺されるということだ。


何て救われない。

そんなの全然ハッピーエンドなんかじゃない。

だってトーリがユーリ息子を愛しているように、ユーリもトーリ父親を愛しているのだから。

愛しているから、苦しくて憎かったのだ。

乙女ゲームは主人公の主観で、物語が進められる。

だからそんな結末でも、ヒロインにとってはハッピーエンドなのだ。


俺の中の奥底で、力が溢れてくるのが分かる。


ヒロイン女神の力では、トーリを救うことが出来なかった。

恐らく女神の加護は悪魔ごと、トーリを消し去ったのだろう。

もし仮にここで封印できたとしても、将来的にユーリはヒロインに滅ぼされるだけだ。

そんなことは絶対にさせない。


誰かヒロインじゃない、俺がユーリを救う!


俺の中で高まっていた力が急激に体から満ち溢れた。


──頭の中で唄が響き始めた。


「“我は清廉にして潔白、白き魂を持つ者”


“我は公正にして純白、邪悪を祓う者”


“今ここに星の導きのもと、邪悪を焼き払わん”


“アストラル・ファイア”」


俺は頭に浮かんだまま唄を詠った。

知らない筈の唄。

けれど、確かに俺の中にある唄だった。


俺の唄と共に白き聖なる焔が辺りに溢れ部屋を覆い尽くし、ユーリを靄ごと包み込んだ。

部屋に設置された禍々しい魔法陣や、黒い靄を焼き尽くしていく。


「グァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ーー!!??」


「ユーリッ!?」


ユーリは叫び声を上げて、ついには床に崩れた。

トーリはその声に、燃え盛る白い焔にも躊躇わずに飛び込んだ。


「大丈夫ですよ。この焔は邪悪なものしか焼かない、退魔の焔です。ユーリにとり憑いた悪魔のみを燃やし尽くします」


今なら分かる。

これは俺の固有魔法だ。

ずっと俺の中にあったもの。

俺の固有魔法の1つは退魔の力。

悪しきモノのみを焼き尽くす浄化の焔。


「…ぅう、…とぉさま? りゅぅと?」


トーリの腕の中で、ユーリの意識が戻り目を覚ました。

ユーリは服は所々破けているものの、身体には傷1つない。


「ユーリ! あぁ、本当によかった!! もう……駄目かと思って諦めていた。本当によかった、よかった!」


トーリ腕に力を込めて、ユーリを強く抱き締める。

声が震えており、涙を流しているようだ。


「……なぃてるの? …なかなぃで…?」


ユーリがトーリの頭を撫でた。


「っ! すまないっ! 私の浅はかな考えのせいで、お前まで捲き込んでしまった。……本当に愚かだ。大勢を救うどころか、息子を危うく失うところだった……」


そう言うと益々涙を溢れさせた。

ユーリはそれを見て、おろおろしてしまっている。


「本当に、よかった……!」


そんな2人を見て、俺も安堵のため息を溢しのであった。

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