第56話23話 迫る選択

 

「ぐあ゛ぁ゛ぁ゛あ゛っ!!」


時間は止まってはくれない。

打開策を見出だせないまま立ち尽くす俺達に、またも黒い靄が触手のように迫った。


「っつ、“ホワイト・サンクチュアリ”」


俺は魔法でそれを防ぐが、状況はじり貧だ。

先程からずっと、防御一択だ。

俺の魔法では、あの靄を浄化することが出来ない。

そればかりか、防御に大量の魔力を消費し続けているので、いずれは限界が来てしまう。

いくら俺の魔力が多いとはいえ、無限ではない。

いつかは尽きる。

その瞬間、均衡は崩れ俺達はなす術もなく無惨に蹂躙されるだろう。

そして、もうその時は間近まで迫っていた。


「リュート君、もう無理だ。……攻撃魔法を使うしかない」


トーリは真剣な面持ちで、俺には言った。


「何を言っている!? ふざけるなっ! アンタ、親だろう!? ユーリが死んでもいいのかよ!?」


俺はその言葉に我を忘れて怒鳴った。


俺やトーリは先程から一切攻撃魔法を使っていない、使うのは防御魔法と浄化魔法のみだ。

それは万が一にも、ユーリを傷つけないためだ。

それをトーリは止めろと言う。

到底、許容出来ることではない。


「冷静になれ、リュート君。このままでは何れ魔力が尽きる。そうなれば被害は、私達2人では済まないだろう。私だってユーリ息子が可愛い。傷つけたくはない。でもそれは不可能だということは、賢い君には分かっているだろう? 殺す積もりはない。だが動きを止める必要がある」


トーリの言っていることは正論だ。

多くの人の命を考えるなら、確実に倒す方法をとらなければならない。

けれども──


「俺は……」


「ぎぃぁあああ゛! ぅがあぁっ!!!!!?」


再び触手が襲いかかる。

俺は魔法で防御しようとした。


「っつ!」


「リュート君!?」


触手が防御を突き破って俺の肩をかする。

その痛みに思わず苦悶の声が溢れる。


「……“ハイ・ヒール”…………、もう大丈夫……問題ないです」


俺は自身に魔法をかける。

しかし先程そうだったように治りが悪い。

ある程度回復させると、俺は魔法の使用を止めた。

今、魔力を無駄に消費するわけにはいかない。


「リュート君、先程より段々と靄が濃くなっている。恐らく威力が上がってきているんだ。だから防御をすり抜けたんだ。リュート君、もう」


「それなら更に魔力を込めるまで! まだまだいけます!!」


トーリの話を俺は遮った。

それが事実だろうと、俺は認めない。


「……リュート君」


「貴方の言っていることが正しいのは分かっている。……でも……簡単に割り切ることなんて出来ない! もう少し……もう少しだけ、時間をください……もし、考えてそれでも方法がないときは……ちゃんと攻撃魔法を使います、だから!」


「……分かった。君を信じよう」


俺の頼みに、トーリは頷いた。


トーリの言っていることは正論だ。

俺にだってちゃんと分かっている。

でも、まだ考える時間はある。

ユーリを犠牲にするやり方が、最良の選択とは限らない筈だ。

不幸中の幸いか、ユーリが間に入った為に契約は不完全だ。

だからユーリも完全に飲み込まれてなどいない。

そこに付け入る隙がある。

ユーリとした約束だってまだ果たしていない。

俺はギリギリまで諦めたくない。

俺は──


「“アイス・ランス”」


紡がれた詠唱と共に、氷の刃がユーリを襲った。


「ぎぃ゛ぁ゛あ゛あ゛!??」


ユーリが悲鳴をあげた。

黒い靄により大半は防がれたが、防ぎ切れなかった氷の刃がユーリの身体に突き刺さった。

突き刺さった氷はすぐさま溶けて消えたが、手足から血が大量に流れていた。


「……え?」


「ユーリ!?」


トーリが悲痛な声で叫ぶが、俺はあまりのことに言葉も出ない。


何で?

俺達は攻撃魔法なんて使ってないのに……。


俺は勿論、トーリもユーリを殺しかねないこんな魔法は、使用していない。


「無事みたいだね? リュー?」


「……兄様?」


困惑しながらも、俺は聞き覚えのある声に振り返った。

そこには、つい先程別れたばかりの兄様がいた。


そして、いつものように美しい笑顔を浮かべて

いつものように優しい口調で


「さぁ、早くアレ・・を始末しよう?」


兄様は、とても残酷な選択を俺に迫ったのだ。

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