第53話20話 腐った果実

 

 

「なっ、折角私が態々案内するというのに、断ると言うのかっ!?」


同時に言ってしまったのが不味かったのか、豚(カイザーク)はお冠だ。


「いえ、教皇もお忙しいと思いましてね。例のルーベンスの件、まだ片が付いていないのでしょう? 何やらきな臭い噂・・・・・も聞いたことですし。僕達も案内して頂けたら嬉しいのですが、このお忙しい中態々貴重・・・・なお時間を頂くわけにはいかないでしょう? ねぇ?」


まさか暇しているだなんて言いませんよね?、と兄様はしれっと眩しい笑みを浮かべて言った。

腹黒の渾名も伊達じゃない、眩しい笑顔なのに背後に黒いオーラが見える。


「く、……そ、そうですな。私もこれで失礼しますよ!」


痛いところをつかれたのか、カイザークは尻尾を巻いてこの場を去った。


「……兄様流石ですね」


「ん、…す…ごぃ!」


「ははっ、惚れ直した?」


俺達の称賛に兄様は爽やかな笑みを浮かべた。

本当にこれで9歳とは思えない。

前世合わせ30歳の俺より愛想笑いとか上手いと思う。


「ところで……きな臭い噂って何ですか? 父様からその様なこと特に聞いてませんが」


俺は話を変え、先程の会話で引っ掛かったことを尋ねた。

きな臭い噂とは、一体何なのか。

父様はそんなことは言っていなかった。


しかも、ルーベンスに関係することって一体……?


「……あぁ、父様は知らないんじゃないかな?まだ・・……ね」


兄様は遠くの方をを見つめて、意味深で自嘲気味に笑った。

アイスブルーの瞳にほの暗い影が落ちる。


「……どういうことですか? 兄様は……何を知っているんです?」


何だ?

兄様は何を隠している?

ルーベンスの件……?

だからトーリ・クレイシスはあんなに声を荒げていたのか?

まさか……いや、そんな筈は…………

でも、……もし……そうだとしたら……?


俺は思いあたった可能性に、顔を強張らせた。

もし、それが真実であるのならば大問題だ。


「やっぱり、リューは賢いね。今リューが考えていることで当たっていると思うよ? ……そして今回の生け贄の羊スケープゴートは恐らく、トーリ・クレイシスになるね。彼はとても正しいから……」


兄様はあっさりと言ってのけた。

顔色1つ変える事なく。


「…どぅ…いう…こと…?」


「……教会が腐っているってこと。教会はルーベンスへの支援を全く行っていないよ」


ユーリは酷く動揺し兄様に尋ねた。

何が起こっているのか、まだきちんと理解しているわけではない。

それでも兄様の告げる真実に、顔は蒼白し今にも倒れそうだ。


「何で……何で父様にその事を話さなかったんですか?」


俺は信じられないという面持ちで、兄様を問いただした。


あの町周辺は封鎖されている。

山に住む動物や水も汚染されていて、危険だと聞いた。

何よりもあの地は、農耕には適さない。

大した食糧は残っていないだろうし、残っていても汚染されたものばかりだ。

そんな状況の中で、食糧や医療品、回復魔法が使える神官が送り込まれていないとなると……導き出されるのは、病や飢えによる大量の死者だ。

今までの話から、教皇はその事実を知った上で民を切り捨てた張本人。

しかもそれだけに飽きたらず、その責任をトーリ・クレイシスに押し付ける心積もりでいるという。

到底、看過できることではないだろう。


「僕も知ったのは昨日の夜の事だからね。それにルーベンスの地は、この王都から遠く離れた地にある。もう手遅れだよ」


だから、今更何をしても仕方がない、と兄様は淡々と告げる。

兄様は何時もそうだ。

本邸での時だって、しょうがないと直ぐに結論を出し、俺を宥めた。


けど……俺は違う。

今の俺・・・は、そう簡単に割り切ることなんか出来ない。


「おと、さ…ま、だか…ら…おこっ…て?」


ユーリは震える声で呟いた。

ユーリには母親がもういない。

だからこそ、父親トーリは唯一の大切な家族だ。


「トーリさんを探しに行こう。まだ俺達に出来ることはあるかもしれない!」


俺はユーリの手を引いて、トーリの消えた方向へ向かった。

誰かの決めたシナリオなんて、俺達には関係ない。

まだ変えられる未来はある筈だ。


「……もう、無駄なのにな」


そう溢した兄様の呟きを、俺は聞こえない振りをして必死に走った。

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