第37話 体育祭文化祭 リレー練習編3

 みんなが石階段に座ってお喋りしている中、俺は一人自販機前にやってきた。


 とほほ……。俺は我慢するとして、五人分って……。五百円だぜ? 悲しくなるよ。


 美来には、『は? 負けたらアレって言ったじゃん』と責められるし……。


 ため息をつきながら、スマートフォンのメモを見て、ジュースを買っていく。


 次は九条さんの分だな。と、お金を入れようとする。その時だった。横から先に、お金を入れられた。何事かと思い、顔を横に向けると、九条さんが優しく微笑んでくれた。


「九条さん!」


「ふふ、内緒だよ? なんか悪いなって、思ってちゃって」


「そっか! ありがとっ!」


 嬉しくなってしまう。九条さんのそういう優しさみたいなものが、心に響くというか。ドキドキしてしまう。


 それから、九条さんの分の飲み物を買って、一緒にみんなの元へと戻った。


 しかし、戻っても雰囲気は良くないままだった。如月さんも雪村さんも、ムスッとした表情で、互いに顔を逸らしていた。間に挟まれている春輝と美来は、気疲れしていそうな面持ちだった。


 んー、どうしようか……。と、困っていると、九条さんが俺の肩を叩く。その顔を見ると、何やら考えがあるのか、少し微笑んでいた。


「私が結衣ちゃんとお話してみるから、桐崎くんは、雪村さんの話を聞いてあげて」


 そう言うと、九条さんはニコッと笑って、如月さんの元へ駆けて行った。


 話を聞く……か。まあ、俺も雪村さんを責めちゃったし、仲直りしとかないとな。


 ちょっと気まずい。でも、勇気を出して、雪村さんの隣へ座った。飲み物を渡しながら顔を向ける。すると、雪村さんは不機嫌そうな顔をしながら、飲み物を受け取ってくれた。


「ありがと」


 拗ねた言い方である。でもお礼を言ってくれるのはありがたい。


「その……さっきはごめん。なんか、責める言い方しちゃってさ……」


 と、申し訳なく謝ると、雪村さんは視線を落として、首を横に振った。


「私の方こそごめんね。みんな、真面目にやってたのに」


「んー、まあ、ちょっとヤル気出し過ぎみたいなとこもあったと思うけどね。如月さん、熱くなりやすいしさ。九条さんと真剣勝負して欲しかっただけだと思うよ」


 フォローになってるのか? 分からない。と、口角を引きつらせていると、雪村さんは眉尻を下げて、こっちを向いた。


「そう……ですよね。はぁ……。やっぱりまだまだダメだなあ……」


 ため息をつきながら、下を向く雪村さん。らしくないな。それに『まだまだ』とはどういうことだろう。


「その……まだまだってどゆこと?」


 と、疑問を投げると、雪村さんは苦笑いを浮かべる。


「あはは……何て言うか、桐崎くん達に、マジな顔とか見せられないし。それに髪型とかも崩したくないなって。そう思ったら、やっぱ全力は無理だなーって……。まだまだ……桐崎くんの言う、【素】を出しきれないみたい……」


 そう言って自嘲的に笑う雪村さん。雪村さんは、雪村さんなりに変わろうとしているんだろうな。


「そっか。まあ、なんか俺も分かるよそれ。俺も九条さんの前とかだと、カッコ付けたくなっちゃうしさ」


 そう言って俺も自嘲的に笑う。すると、雪村さんは眉を八の字にしながら口角を少し上げた。


「慰めてくれてるんですか? ふふ、下手くそですね」


「あはは……相変わらず辛口だね」


 と、苦笑いをすると、雪村さんは可笑しそうに笑ってくれた。そして、ふと頭上に目をやれば、好感度は70までに回復していた。


 ちょっと安心。と嬉しくなっていると、雪村さんが立ち上がった。


「ありがとっ。ちょっと謝ってくるね」


 そう言って如月さんの方へ歩いていった雪村さん。如月さんは、口を尖らせたまま、雪村さんを見上げる。


「ごめんなさい」


 そう言って雪村さんが頭を軽く下げる。それを見た如月さんは、目をそらし、口を結んでいた。


 すると、九条さんが如月さんの顔を覗き込む。


「結衣ちゃん」


「わ、分かってる! あ、あたしもその……言い方キツかったし。その……ごめん」


 顔を伏せながら、目線だけを上げる如月さん。雪村さんの顔が見えないけど、九条さんの、あの安心したような顔を見れば、上手くいったなんだなって安心してきた。


 と、何とか最悪の状態を抜け出した俺たち。日も落ちてきたので、帰ることに。


 美来と春輝は二人で帰るらしく、雪村さんも校門前で別れることに。


 俺は、九条さんと如月さんという珍しい組み合わせで帰り道を歩いていた。二人の後ろを歩いて、会話に耳を傾ける。内容は文化祭のことだった。すると、九条さんが、顔をこちらに向ける。


「桐崎くんのクラスは、どんな出し物するの?」


「えーっとね。男装女装喫茶」


「ふふ、桐崎くん、女装するんだっ!」


「ま、まぁ……」


 楽しそうに、口元に指を当てて笑う九条さん。正直なところ、見られたくはない……。


「九条さんのところは、何するの?」


「うちのクラスはね、白雪姫の劇やるの」


「へえ! 面白そうっ!」


 と、興奮していると、如月さんもこちらを向く。その顔は、なぜか勝ち誇ったかのような、意地の悪そうな顔だった。


「勿論、白雪姫役は桃華。あたしは、王子役よ」


「は? いやいや、王子役は、男子じゃないの?」


 と、訳の分からない発言に驚いていると、如月さんは、畳み掛けてくる。


「は? 馬鹿じゃないの? 誰がそんなこと決めたのよ。それにね、クラス投票でブッチギリだったんだから」


「えぇ……」


 みんな、そういうのがお好きなのか……。


 と、口角を引きつらせ狼狽えていると、九条さんが頬を染めながら、チラチラと俺に視線を向けていた。


「そ、その……見に来てくれると、嬉しいな」


「も、勿論っ! 見に行くっ!」


 前のめりになりながら言うと、九条さんのメーターは真っ赤に染まって、バーいっぱいいっぱいになっていた。


 ドキドキしているのかな? 俺もドキドキしちゃうな。


 それから、しばらく歩いた先で、九条さんと別れた。ここからは、如月さんと二人。正直、どうしていいのか分からない。


 と、まごついていると、如月さんの鋭い視線がこちらに向いた。


「やっぱ分かんないわね」


「え? 何が?」


 と、間の抜けた声で疑問を浮かべると、如月さんは鼻で笑った。


「あんたのどこがいいのか分からないってことっ! 桃華、毎日惚気てるから、ちょっとウンザリしてるのよ」


「そ、そうなんだ。ごめん」


 馬鹿にされてるのだろうか。でも、九条さんが惚気てるって、すごい嬉しいんですけど!


「全くよ。ホント、あたしの知らない顔、いっぱい見せるようになっちゃってさ……。ちょっと寂しい……かな」


 そう言って、遠い目をする如月さん。そして、口角を上げると、優しい眼差しを俺に向けてくれた。


「これからも仲良くしてね」


「勿論!」


 眉を八の字にする如月さん。俺は、どこから湧き上がる謎の自信で、歯を見せた。すると、如月さんは「ふっ」と笑みをこぼした。


「やっぱ、ムカつく」


「え?」


「あんたばっかズルいってこと!」


 眉を釣り上げる如月さん。俺からすれば、九条さんにとって、如月さんの存在の方が大きい気もする。


「俺的には、如月さんが、ずっとそばにいたおかげだと思うよ。九条さんにとって、一番支えになってたと思うよ」


 恥ずかしかったけど、思った事を言ってみた。すると、如月さんは口を真っ直ぐに結ぶ。そして、プイッとそっぽを向いた。


「な、何を偉そうに。そんなの当然よ」


「あはは……そっか」


 何となく、そんな感じのことを言う気がしてた。カッコつけすぎたかなと苦笑いしていると、眉を八の字にした如月さんが、こちらを向く。


「ふふ、冗談よ。ま、これからも桃華のことよろしくね。もし泣かせるような事があったら、二度と酸素吸えないと思いなさいよ」


「もちろん! 如月さんに、もっと認めてもらえるようにもね!」


 と、笑顔で答えると、またも如月さんは慌て始めた。


「は、はあ? あんた馬鹿じゃないの?」


「え、いや、だってまだまだなんでしょ?」


 好感度的に。


「はあ……もうなんというか……もういいわ。それじゃ、あたしはこっちだから」


 そう言って、分かれ道を進もうとした如月さん。俺が軽く手を挙げると、如月さんも手を挙げてくれた。


「桐崎、今日はありがと」


「え? あー、うん! またね!」


 何についてのお礼だろうか。分からないけど、受け取っておこう。


 と、適当な返事をすると、如月さんは、微笑んでくれた。そして、俺に背を向けた。


 ふと、頭上を見れば好感度は70までに上がっていた。

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