第29話 仲直り -美来視点-
勢いで帰るなんて言ってしまった。きっと、みんな気まずくなってるよね。すごく後悔。
春輝が追いかけてきてくれたけど、なんて言うか顔を合わせたくなかった。今の私、きっと嫌な顔してるから。
それから全力で走って、何とか春輝を撒いた。そして河川敷まで来てしまった。家に帰っても、春輝や冬馬が来るかもしれない。ここで少し時間を潰してから帰ろう。
人一人分が通れるコンクリートの階段を降りていき、一番下の段に腰を下ろす。スマートフォンの画面を点ければ、春輝や冬馬、そして九条さんからLaINが来ていた。
みんなに心配かけちゃってる。分かってる。分かってるけど、今は答えたくない。
目の前で、ゆっくりと流れる川に視線を移す。
膝を抱えて顔を埋める。
口が悪い。女の子らしくない。
そんなの自分が一番分かってるよ。いつもそう。話しかけてくる人はみんな口を揃えて言う。
黙ってれば可愛い。大人しくしてる方がいい。
そんなの知らないよ……。
でも……春輝と冬馬は違う。冬馬は同じレベルに合わせてくれるし、春輝は……優しく接してくれる。
私が口を滑らせても優しく注意してくれる。優しい笑み、柔らかな口調にいっぱい救われた。
いつからだろう。冬馬と春輝、同じ幼馴染の男の子なのに、区別するようになったのは。
気付いたら、春輝を目で追うようになっていた。
背はどんどん大きくなって、体つきだって男の子らしくなっていた。今まで私が前に立って、守っていたのに、いつの間にか春輝が私の前に立ってて……。
いつの日か自覚していた。春輝の事が好きだって。春輝が他の女の子に話しかけられたり、呼び出されたりすれば、胸の奥が痛くなって。
時には意地悪な事もしちゃった。春輝に女子が寄り付かない様に頑張ったり。
今だから思う。私はずるい。みんなが一生懸命、春輝に想いを伝えようとしているのに、想いを伝える事もできない私は、幼馴染という居場所に胡座をかいてばかりいたのだ。
冬馬は、九条さんに一生懸命になって頑張ったのに。私は一生懸命になれない。冬馬には、偉そうな事言ってるくせに、何もできない。
怖い。一生懸命になったら、私達の関係はどうなっちゃうのだろう。
ふと顔を上げれば、そよ風が吹いた。目の前で真っ直ぐ伸びている、青々としたススキがサワサワと揺れている。
優しい音……。自然と気持ちが落ち着いてくる。
やっぱり、戻ってみんなに謝らないと……だよね。うん……逃げたらダメだよ。
決意を胸に立ち上がって、お尻についた砂を払う。そして、振り返ろうとしたその時だった。
「美来」
優しい声音。その声に一瞬、胸が高鳴った。ゆっくりと振り返ると、階段の最上段に、柔らかな笑みを浮かべる春輝がいた。
「は、春輝……。なんで……?」
そう問うと、春輝は駆け足で階段を降りてきた。そして私の前に立つと、ニッと歯を見せる。
「幼馴染だからな」
「なにそれ」
春輝の言い方が可笑しくて、思わず笑みがこぼれる。
「覚えてないのか? 小さい頃、美来が親と喧嘩した時、ここに来てたんだけど」
「そ、そうだっけ?」
そんな事もあった気がする……。春輝の方が覚えてるって……。なんか情けないなあ。
苦笑いしかできない。
「うん。見つけられて良かった。冬馬たちも探してるし、戻ろ」
そう言って春輝は優しく微笑んでくれた。
みんな、探してくれてる。その言葉に、申し訳ない気持ちが膨らんでく。それでも、春輝が一番に私を見つけてくれた。それが嬉しかった。
階段を上がっていく春輝の後ろ姿。大きな背中。狭い階段のせいかな。
春輝は階段を登りきると、足を止めた。そして私も登り切って最後の一段は、ヒョイっと飛んでみた。と、その時
「ひゃっ!」
「美来っ!」
階段の最上段に足が引っかかってしまった。
転ぶ!
心臓がヒュッと締め付けられ、目を閉じる。
あれ……?
痛みが来ない。お腹あたりが支えられている。ゆっくりと目を開けると、春輝の腕が目に映った。顔を後ろに向ければ、緊迫した様子の春輝の顔が。
高鳴る心臓。恥ずかしくて顔を逸らしたいのに、動かせない。唇がキュッと結ばれて、言葉も出なかった。
しばらく固まっていると、春輝は心配そうな表情を浮かべた。
「大丈夫か?」
ぎこちなく頷くしかできなかった。二回頷くと、春輝は安堵のため息をついて、ゆっくりと手を離してくれた。
「あ、ありがとう」
「怪我なくて良かった」
あどけない笑顔を見せる春輝。まだ胸の音が鳴り止まない。思わず、シャツの胸元を握りしめてしまう。
「どうした?」
そう言って心配そうな顔を近づける春輝。
「えっ?! な、なんでもない! てか、近いっ!」
思わず押しのけてしまった。せっかく心配してくれたのに……。
恐る恐る顔を上げる。すると、春輝は微笑んで、私の手を優しく掴んだ。
「行こっか」
「えっ?! う、うん……」
手を繋ぎながら、春輝の一歩後ろを歩いていく。昔は、泣きじゃくる春輝の手を無理矢理引っ張ってくのが私の役目だったのに。いつの間に、逆になったんだろう。
胸の奥が暖かい。心を直接触れたくなるような心地。
繋がれた手。春輝の温度が伝わってくる。ゆっくり顔を上げると、目が合った。
「その……ごめんね」
「気にするなよ」
「うん……ありがとう」
そうお礼を言うと春輝は前を向いた。そして、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「冬馬たちにはもう、連絡したから。ゆっくり行こっか」
前を向いたままスマートフォンをポケットにしまう春輝。私は「うん」と小さな声でしか返事ができなかった。
夕日に照らされる川沿いの小さな道。しばらく無言で歩いていく。その途中、後ろから自転車のベルの音が聞こえると、春輝はそっと私の肩を抱いて守ってくれた。
「あ、ありがと」
「うん」
そう一言うと、春輝はまた手を取ってくれた。それからまた黙って歩いていく。何話せばいいか分からない。そう悩んでいると、春輝が沈黙を破った。
「五美が言ったこと、気にするなよ」
「えっ?」
「美来は美来のままでいいよ」
そう言って振り返った春輝の顔は、少し照れくさそうだった。あまり見ない春輝のそんな表情。それが可笑しかったのか、ちょっと笑ってしまった。
「なにそれ」
「ははは。元気でたか?」
「うん、ありがとね」
今度はちゃんと笑顔でお礼が言えた気がする。そんな私の笑顔を見てか、春輝は安心したような笑みを見せてくれた。すると
「美来ーっ!」
「浅宮ーっ!」
春輝と一緒に声の方へ向くと、冬馬と五美が走ってきた。目の前に来るなり、膝に手をついて、肩で息をする二人。そして一呼吸置くと、五美は背筋を伸ばした。そして、深々と頭を下げた。
「マジでごめん! 酷いこと言って」
「別にいいよ」
ちょっと怒ったような言い方をしてみる。すると、不安そうな顔をしながら五美が顔を上げた。その顔が面白くて笑ってしまった。
「あはは、嘘嘘。もう怒ってないよ。私の方こそごめんね。冬馬もごめん」
そう言って軽く頭を下げると、五美は胸を撫で下ろしていた。冬馬は「気にすんなっ!」と無邪気な笑顔で言ってくれた。
しかし、五美はまだ心配なのか、また不安そうな顔をする。
「本当に本当にか?」
「うっさい! いいって言ってんでしょ! それにね、別にモテないぞとか、大きなお世話なのよ。なんなら、モテなくてもいいし。だから、この話終わり! さ、帰ろっ!」
話の締めと言わんばかりに、五美の背中をはたくと、春輝と冬馬は笑いだした。五美もつられてか、笑ってくれた。
その帰り道、いつもみたいに他愛もない話をしながら帰っていく。私の好きな、この居場所。ずっと笑っていたい。
別にモテなくてもいいの。私が、頑張ればいいんだから。そう……頑張るの。
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