第15話 酒場にて歴史は動く


 店内に響く音。誰もが亜人が貴族を殴ったと錯覚した。貴族ですらもそう思った。恐怖で固まる瞳をそっと開くと、そこには見た事も無い狂気な光景が広がっていた。



パンッ!パンッ!パンッ!


 なんという事だろう。オークが丸太の様な極太の腕を振り上げて自らの肉体を打ちつけているではないか。そう、彼は誰かを殴るのではなく自らを殴り始めたのだ。唖然とする観衆、呆然とする貴族。それらに対して無言のまま発達した大胸筋をまるでタンバリンかの如く打ち鳴らし続けるオーク。



こいつは気でも狂ったのか?


 静まる店内、誰1人彼の意図を理解する事が出来ないでいた。いいや違う、孤独なリズムを刻み続ける彼の行動を1人だけが理解していた。筋肉による独奏曲に合わせ、すっと立ち上がる天馬。天馬は静かに立ち上がると自らの腕を振り上げ



パシィイン!!


 尻を叩いた。漢の鋼鉄の如く引き締まった肛門括約筋から惜しげも無くサウンドが絞り出される。信じられないと呆然とする少女を尻目に自らの尻をなおも執拗に叩き上げ続ける天馬。人間尻ドラムの完成である。


パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

パシィイン!!パシィイン!!パシィイン!!


響き渡る大胸筋タンバリン

鳴り止まぬ尻ドラム


 その圧倒的な肉感から繰り出されるリズムとパッション。筋肉と筋肉による脅威のセッション。


これは見る物に狂気を与える響宴

それは聞く者に感銘を与える狂宴


 ステージの上で躍動する2つの筋肉に観客は何も言えず唖然としたままそれを見つめ続けた。溢れんばかりの情熱に、1人の踊り子が稲妻に打たれたかのような衝動を受けていた。その衝撃は産まれて初めてゴッホやピカソを見た感動に近いだろう。キュピズムによる革命的進歩、それまでの価値観全てをひっくり返す、新たな生命の誕生と芸術の到来。



私もそこに行きたい

彼らと同じ景色が見てみたい!!


 気がつくと体が動き出していた。踊り子は魂の震えと共に立ち上がる。貴族の手を振り払いステージに駆け上がったのだ。決意を胸に抱き彼女はそのまま踊り出す。金の為の踊りとは違う、全身の感動を表現したいという躍動。これこそが!アーティスト魂の咆哮なのだ!!



 感銘を受けていたのは踊り子だけではない、その場に居合わせた詩人もまた凄まじいカルチャーショックを受けていた。胸の内に秘めた、溢れ出る程のソウル!そうか、これこそがロックなのだと。全身から零れ出る程の衝動を吐き出したい!意識せぬまま、気がつけば彼は横笛を手に取っていた。激しくも優しい、けれどもやっぱり激しい旋律。それは誰もが聞いた事無い管楽器の新たな領域。



筋肉達によるバックグラウンドミュージック

踊り子の革新的で魅惑的な情熱ダンス

横笛によるソウルを感じる魂の演奏


それはまぎれも無い芸術

音楽の原点が そこにはあった


 全てが美しく調和していた。宮廷楽団が行う壮大な演奏とは違う。詩人や美女が成らす美しい旋律とも違う。だが、これこそが音楽なのだと。その場にいたものは皆理解した。



 誰かが涙を零した。



 この感動は誰にも言葉にできない。気がつけばその酒場に居た全ての者が熱狂していた。拳を振り上げ!歓声を上げ!人々は叫びだしたのだ!!



 気がつくと貴族は涙を流していた。胸が温かい気持ちで一杯になり、感情や想いが叫びだして爆発しそうになっていた。パッションが胸中で渦巻いて飛び出しそうになる。それは神の悪戯か悪魔の微笑みか。



 この場に居合わせた宮廷音楽家であるジョエル氏、後の音楽研究家はこう語る。あの日あの瞬間、確かに歴史が動いたのだと。





こうして二匹の雄は堅い握手を交わし合う

天馬とオクは唯一無二の親友となったのだ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る