魔王と神の使いたち(2)
翌朝。
アルシアの寝起きは史上最悪だった。
じつの所、ウラキラルが提示してきた命題に対して、あの場で即答したこととは違う考えに至っていたからだ。
ウラキラルが期待したアルシアの態度は正解だった。だが、あのまま首を差し出すことだけはできなかった。ただそれだけのこと。そのために、嘘を吐いた。
提示された二択の、もう一つ。
それを実行するためには時間が必要だ。
考える時間に、仕込む時間。跡継ぎのことだってある。
そして、実行した後のこと。
考えれば考えるほどに息が詰まりそうだった。
一日で魔王城とエイリークを往復するという強行スケジュールを敢行した後に小難しい話を聞かされたばかりとあってか、身体は疲れているのに、頭だけはまるで休まらない。
身体と心の感覚がずれたようだった。とにかく頭痛が酷い。
そんな調子だというのに、今日は勇者との決戦が控えている。
魔王城から最寄りの街で、黄金の勇者セイランの目撃情報があったとセラから知らせがあった。勇者ロイよりは強いと噂に聞くが、アルシアにしてみればそんな評判は団栗の背比べでしかない。
「やっとお目覚めか。魔王は低血圧かい?」
「……半分は貴様のせいだろうが」
客人として一泊したウラキラルは、尾っぽである蛇の頭を撫でながらセラやエルレと共に朝食を囲んでいた。たいした度胸である。それとも鈍感というべきか。昨夜、あれだけ不躾な行動に出たことを悪びれもせず、アルシアの仏頂面を指差してはけらけらと笑い出す始末。
その対面ではエルレが完全に萎縮した様子でソーセージを囓り、セラはアルシアよりも酷い低血圧のために深皿に目一杯注がれた亀の生き血をスプーンで掬ってはちびちびと啜っていた。
エルレの態度は、まぁ無理もない。あれだけのものを見せられて一晩明けたら同じ釜の飯を向かい合って食べているのだから。セラは昨日の騒ぎをその目で見ていない以上、エルレほどはっきりとした感情は抱いていない様子。
「そういえばあなた、昨日はアルシア様に随分なことをしてくれたそうじゃない?」
もっとも、なにも知らないわけではなさそうだが。
「昨日の一件は申し訳ないと思ってるよ。ああでもしないと、私たちは次のステップに進めなかったからさ。仕方なかったんだよね」
「次?」
セラが首を傾げる。
「魔王を倒すためにトメクがやってくるよ。私が説得に失敗して、始末しなかったから」
「貴様が守ってくれる、というわけではなさそうだな」
「そんな幻想を抱くなんて神経を疑うよ」
「……だろうな。して、奴はどうくる?」
アルシアがテーブルに置かれた紅茶を口に運びながら問う。
「さぁ? そこまでは知らないよ。私たち、基本は単独行動だし」
「仕事仲間くらい互いにどういう行動をするのか把握をするのが常識だろう」
思わず溜息を溢すアルシア。
各地に点在する魔族将軍や、魔王城で働く側近などの行動予定を一日単位で把握しているアルシアにとっては、考えられないことだ。仮にもこのラストリオンを管理する間柄なのであれば、時間単位で知っておくべきだろう、と。
「なーんで私がトメクのことまで把握しておかなきゃいけないってのよ。あんな新米、さっさと左遷されちゃえばいいのに。あれこれ文句つけるに飽き足らずあれこれと責任転嫁までしくるんだからたまったもんじゃないわよ!」
ばん、とテーブルを叩いてはそう叫ぶウラキラル。
「だいたいねっ! 今回の件だってきちんとあいつが管理していればここまで大事にならずに済んだのよ! サボって事態を見過ごしてたのはあっちにだって責任があるのに、どうして私だけ罰を受けなきゃなんないわけ!? これが終わったら五十年も休みなしとか信じられないんだけどっ!」
「なるほどそういう事情があるのか。仕事は連帯責任が基本だが、貴様の職場はそれがなっていないようだな」
「世界のバランスがどうだの設定に忠実であるべきだのって屁理屈つけて、自分は手を汚したくないだけなのよっ!? 勇者に魔王討伐やらせてみたはいいものの失敗ばっかりだし、挙句の果てには魔王を作った私が失敗したせいだって告げ口までしやがって! ちょっと設定弄りすぎただけじゃない! それを失敗とか言うのほんと許せないっ! どこまでも生意気でいけ好かないんだよっ!」
「聞けば聞くほど最低な奴だな! この俺がトメクとやらにたっぷり教育してやろうではないかっ!」
「アルシア様、
「む、すまなかったな……」
「いやぁ、問題なのはそれだけじゃないんじゃないかなぁ……」
頬杖をつきながら他の三人へ順繰りに目線を配るエルレがぼやく。
「なにがだ?」
「いんや、なんでもないよー」
なんて口にしてみるものの。
本心のところは、いつ再びその牙を向けてくるか分かったものではないウラキラルと、よくもまぁこうも平気な顔をして会話ができるものだなという感心にも似た呆れが先立つ。
魔王という器が為せるものなのか、それとも単に敵ではないという認識からくるものなのか。
エルレにしてみれば、得体の知れない相手であることに変わりはないし、なにより、どう接していいものか未だに悩んでいるというのに。
少なくとも昨日のことがあって、良い思いはこれっぽっちも抱いていないのだから。
「変なやつだな。まぁいい」
そんな内心をちっとも汲み取れてはいないアルシアは一瞬だけ小首を傾げるが、すぐに気を取り直す。
「トメクとやらがいつ魔王城へやってくるか分からない以上、ひとまずは各地の魔族将軍へ勇者やトメクとやらの動向を探るよう通達を出しておくか」
十中八九、この魔王城まで直接出向いてくるだろうと半ば確信はしているが、各地に散らばる
アルシアの声に反応して立ち上がったのはセラだ。
「それはあたしのほうでやっておきましょう。なのでウラキラルさん、あとでトメクさんとやらの容姿を教えてくださいまし」
「それくらいならお安い御用だ」
セラの申し出に対して柔やかな微笑みで返すウラキラル。
「なんか淡々と物事が進んでる感じするけど、本当にこんなんでいいのかなぁ……」
「考えるよりは行動だ。このまま
「うげぇ……」
そう言われ、
研究者気質が災いしてか、頼られるのは好きだが、縛られるのは昔から苦手だ。
「期待しているんだ、エルレには。がっかりさせないでくれ……」
「うううっ……まったくもう、アルくんはずるいなぁ。そう言われたら断れないじゃないか……。分かった、分かったよ。どうにか抜け道みたいなものがないか考えてみるよ」
「頼んだぞ。さて、俺はしばらく勇者がくるまでゆっくりしよう」
疲れの抜けきらない身体を背もたれに預けて
昨日の今日とあって、少しは落ち着く時間が欲しいというのが正直な気持ちだった。
黄金の勇者セイランとは、これで三度目の決戦となる。ウラキラルの言う通りあのオーブを破ることが敵わないのであれば、手っ取り早く全滅をさせて、今日のところは休むのが最善の策だ。
……しかし、アルシアの楽観的な行動予定は、早速に打ち破られることになった。
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