第39話マイナスの狂気


 放課後,学校を出て帰宅するしずくのあとを5メートルほど

間隔を空けながら中山一はつけていた。

「あいつ,何考えてるのか全然わからない。宇宙人みたいだ。

 徹底的に調べ上げてみよう。まずあいつはどこに住んでいるのか

 確かめてやろう。」

と考えていた。嫌いなら避ければいいのに,中山の行動は常軌を逸しつつあった。

 途中,すれ違ったほかの学校の女子高生がしずくの姿を見て,

「あっ,あの子かわいい!」と目を輝かせて言ったがしずくには

聞こえていない様子だった。中山はしずくが周囲の賞賛に

無関心であることにいらだちを覚えた。

「なによ。あいつ自分が人よりきれいだってことにも

 気づいてないんじゃないかしら。何だか知らんけど,まじでムカつくわあ。」

自分がどんなに望んでも手に入れなれないもの(美貌)

の持ち主であるしずくが自分の容姿に無頓着であることが

気にくわなかった。(しずくは普段からあまり身なりにかまう方ではなかった。)

中山は自分の理解を超越した存在である

しずくに対して強い憎しみを覚えていた。

 暑くなったので途中でしずくは制服のベストを脱いで小脇に

抱えていた。しばらくすると,しずくはベストを地面に落としたが,

気づかないでそのまま行ってしまった。

中山はそばに誰もいないことを確かめるために

きょろきょろと辺りを見回した。そしてベストを拾い上げると,

近くのコンビニにあるゴミ箱に投げ入れてにやりと笑った。

その顔は下卑て醜かった。

 その間にしずくは早足でどんどん遠ざかっていった。

ちょうどしずくの家の方角に行くバスが停留所に止まっており,

それに乗って行ってしまった。中山はしずくを見失ったことに気づくと

地団太踏んでくやしがったが後の祭りだった。

 一が家に帰ると,母親がサンルームのいすにこしかけてのんびり

とお茶を飲んでいた。娘が帰ってきたことに気づくと,母親は

「おかえりなさい。忘れ物机の上においてきたの気づいた?」

とおっとりした口調で言った。母親のことを

あまり好いていない中山は適当に答えると

かばんを持って二階の自室に上がっていこうとして母親に背を向けた。

「そうそう,今日学校でお人形さんみたいにすごく上品できれいな子に会ったわ。

 名札を見たら山野しずくって書いてあったけど,

 あんたと同じクラスなのよね。あんなにかわいいと人気者なんでしょ?」

と母親が言うのを聞いて心臓が止まりそうになった。

「人気なんかないよ。性格が暗くて運動音痴だし。

 みんな影できもいって笑ってるよ。背骨も曲がってて,

 こぶになっててみっともないったらありゃしない。」

と中山は怒りの発作に襲われて一気にまくし立てた。

「何言ってるの!人のことをそんなに悪くいうもんじゃありません!

 あの子の方があんたよりずっとかわいいからってやきもち

 焼くんじゃありません。それに比べてあんたは器量も悪いし,

 性格もきついし魅力も何にもない。ああいう子が娘だったらよかったわ。」

と母親は言ってのけた。中山はカッとなってそばにあった灰皿を

投げつけた。母親はすんでのところでよけたが,灰皿が窓ガラスに

ぶつかってものすごい音を立てて粉々に砕け散った。

中山はわっと泣き出した。

「何をやっている!」

といいながら奥から兄が飛び出してきた。

「助けて!一が狂ってわたしを殺そうとしたのよ!」

と母親は叫んだ。一は

「違う!違う!」

と叫んだ。

もともと醜い顔が興奮したおかげでより一層不気味になっていたので

兄は汚いものを見るような目つきで一を見た。嫌悪の目で見られたことに

いたく傷ついた一はたじろいで何もいえなくなってしまった。

「きちがいだ!逃げ出さなきゃ!」

と兄は言うと,母親を従えて

出て行った。やがて表で車のエンジンをかける音が聞こえた。

置き去りにされた中山は破片を片付けなければならないと

頭ではわかっていたが,動くことができずにその場にしゃがみ

込んだままじっとしていた。中山家は大金持ちだったが,使用人はおかない

方針だったので,用事は自分でしなければならなかった。

「どうしよう。お父さんが帰ってきたら責められる。」

と中山は恐怖に身震いした。

 中山はそばにあった大きな欠片を素手で拾い上げたが,

指先に鋭い痛みを感じた。さきほどの母親との口論のせいで

いらいらした気持ちがまだ治まっていなかった。

「いたっ!血が出てる!畜生,腹立つなあ。こうなったのも

 山野が存在するから悪いんだ。あいつを追い詰めて自殺に

 追い込んでやる!」

と中山はつぶやいた。

 やがて雨が降り出し,割れた窓から水滴が容赦なく降り注いだ。

 中山は正気とは思えない鬼のような形相でその光景を見つめていたのだった。






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