第37話偶然の一致
大河はなんとかしずくに気に入られようとやきもきしていた。
「しーずくちゃん!お誕生日いつだか教えて。」
といつだったか聞いたとき,
「うるせえ!バカヤロー!何月何日だろうとテメーにはかんけーねーだろ!」
と怒鳴られてしまったので,中山を派遣して聞いてもらうことにした。
誕生日にかわいい人形でも贈って気をひこうという魂胆なのであった。
しずくが休み時間に文庫本を読みふけっていると,
のっしのっしと巨体をゆすりながら中山がしずくの席まで歩いてきた。
「山野さん,誕生日いつだか教えてくれる?」
とぶっきらぼうにいわれ,しずくも教えざるをえなかった。
「6月6日だけど。」
「ウソッ!私も6月6日生まれだよ!」
と中山は絶叫した。
「山本産婦人科で生まれたんだ。」
としずくがいうと,
「あッ!わたしも同じだよ。」
と中山はますます驚いていった。
恋敵と同じ誕生日とは,なんという運命のいたずらだろう。
「うちの親,結婚して5年経っても子供ができなかったんで,
不妊治療したんだって。予定日より8日も遅く生まれて
ものすごい難産だったらしいよ」
としずくは言った。母親はしずくと由紀に妊娠中につわりで苦しんでいるときに
飼い猫に癒されたことや,出産のときの苦しみなどを
事細かに語って聞かせていた。
「うちもおんなじだよ。
わたしもお兄ちゃんも弟もみんな不妊治療で授かったって言ってた。」
中山の家は県内有数の資産家で,非常に裕福なので,
不妊治療に莫大な出費をしても
いたくもかゆくもなかったが,ふつうのサラリーマンだったしずくの
父や母には大きな金銭的負担だった。おまけに母は治療に専念するために
フルタイムで働けず,家計は苦しくなる一方だった。
数年間にわたる長い間の治療によって,
やっと第一子のしずくを妊娠したのである。
そうまでして産んだのに,母親がわが子であるしずくを愛することができない
とは,なんという皮肉だろうかとしずくは思った。
ある日三時間目が始まる前に移動教室なので二年生の教室があるろうかを
急ぎ足で歩いているしずくを中山の兄が呼び止めた。
「おまえすごいな。テストの度に学年でトップから10番以内に入ってるじゃん。
一のやつは小学校のころは成績よかったのに,今はさっぱりだよ」
しずくはうれしいような,困ったような,変な気持ちになり,
なんていったらいいかわからなかった。これまで生きてきて,
いじめられてけなされる事はあっても,
あまりほめられたことがなかったからだ。
「おっ,中山の妹?かわいいじゃん。さすが学年一のイケメンの
おまえに似てすごい美人だな。」
と,中山兄のクラスメートがからかった。
「いや違うんだ。この子は一のクラスメートなんだ。」
と中山兄は顔を赤らめてうれしそうにいった。
しずくは
「はじめまして。山野しずくです。」
といってその先輩にお辞儀した。
「ええっ!マジかよ!一よりこっちの方がずっとお前に似てるぞ!
色が白くて髪が茶色くて。一は色黒でのっぽだもんな。並ぶと他人みたいだ。
赤ん坊の時,どこかですり替えられたんじゃないのか!」
と真顔でその先輩は叫んだ。
「こんなチャラ男とそっくりだなんて!」
としずくは思ったが,
自分とこの小柄な男の容貌とに似通った点があることを認めざるをえなかった。
クラスメートが別な友達に呼ばれて行ってしまうと,中山兄は
「おまえみたいなかわいい子が本当に妹ならよかったのにな。
うちの妹はすごいどブスだから一緒に歩いている時、
友達に見られるといやだなっと思っちゃうくらいだもん」
とにこにこして言った。妹のことをいとも簡単にけなす兄の薄情さに
しずくはちょっと不快になって話題をそらした。
「そういえば,中山さんとわたしは同じ病院で同じ日に生まれたんです。」
としずくが言った。
「うはー!すごいな!本当に取り違えられたのかもな!」
と中山兄はいった。とはいえ,中山の兄は,輝くばかりに美しい
母親が真っ黒で醜い赤子(中山一)を抱き,
傍らに父親がうっとりといとおしげに妻を見つめている,産院で撮られた
記念写真を見たことがあったので,
取り違えられたというのはなかば冗談でした発言なのだった。
中山一はしずくの後をつけてきており,
物陰で会話の一部始終を立ち聞きしていた。
「許せない!ミーくんだけじゃなく,お兄ちゃんまで手玉にとって!
お兄ちゃんは見る目がないからだまされてるのよ!
一緒に歩くのがはずかしいだなんて!
わたしのことそんな風に思ってたなんて許せない!
わたしじゃなくあいつのことを妹にしたいだなんて!よし,今に見てろよ!」
中山の嫉妬はいまや炎と化していた。
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