このところ変なものがずっとついてまわっている。腕と足を二本ずつ持っているが、言葉は上手くない。ただ自分の視界の片隅にやたらと入り込んできて、何やら懸命に話しかけてくる。特に騒がしくなるのが、階段やら坂道やら平坦でない場所を歩くときだ。私の足下を覗き込みながら右往左往して「ジョッブ、ジョッブ。キッチュ、キッチュ、キエエ」と言う。それがやたらと耳に残るので、私は彼(彼女)のことをジョブキチと呼んでいる。

 ジョブキチは絆創膏が好きだ。私が膝をすりむいた時、指を切った時、奴はすっ飛んでくる。神妙な顔をして私の傷を綺麗に洗い、丁寧に絆創膏を貼る。傷口には砂利一つ残っていてはいけない。絆創膏はたるんではいけない。ジョブキチの絆創膏にかける情熱はすさまじい。ピンと綺麗な絆創膏に理想郷を見いだしているのかもしれない。私の傷に対して絆創膏をぴったりと貼れた日には、日中ずっとその小さな胸を張って過ごしている。一方、どうやっても上手くいかない日には、布団に入る後ろ姿も萎れている。そんなことを、私の傷口からピンク色の肉が見えなくなるまで、透き通った薄い皮がその上を覆うまで毎日続けるのだ。

 このジョブキチの小さな仕事は、私が怪我をするたびに必ず繰り返されてきた。いつでもどこでも、怪我をすれば必ずジョブキチは現れた。彼(彼女)は慎重に、丁寧に絆創膏を貼り、その絆創膏で大抵の傷は治ってきた。

 だが最近、ジョブキチの絆創膏はなかなか効かない。貼っても貼っても、私の傷口は開いたまま。ぶよぶよのピンクの肉はむき出しのまま。

 絆創膏を剥がしてむき出しの肉を見る度に、ジョブキチは喚く。叫んで、もんどり打って、それから火のついたように泣くこともある。私は黙ってそれを見ていた。

 ある時、絆創膏を剥いで口の開いた傷を見たジョブキチはいつものように喚き始めた。そして私を殴った。衝撃で揺れる頭でぼんやりと彼(彼女)を見ると、彼(彼女)はひどく動揺していた。固まって、やがてこれまでになく激しく泣き、たった今自分が殴ったばかりの頭に絆創膏を貼る。一枚も二枚も三枚も貼り重ねていく。私の頭が絆創膏まみれになって貼れなくなると、その長い腕を伸ばして私の頭をかき抱いてがむしゃらに撫でまわす。

「もういいよ」

 頭皮が絆創膏越しに湿気ってきた。私は言う。

「いいんだよ、もう」





 目が覚めると病室の寝台にいた。首が痛いからまだ生きている。脇で啜り泣く誰かがどうして、何でと繰り返している。

 私は口を開いた。

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