魔王を倒して国に帰ると、婚約者が依存症になっていました
ラムダックス
旅の終わり
「これで最後だ! くたばれっ、魔王おおおおおお!!」
「闇に呑まれろ、勇者よおおおおお!!」
中年の男と少年が、走り抜けながら残った力を振り絞り、互いに向かって剣を振り下ろした。
―――ザシュッ
「……」
「……」
「ク、ハッ……」
男は袈裟懸けに切り倒され、捻り出すように一つ息を吐くと、その上半身をズルリと魔王城の床へ落下させた。一直線に引かれた切り口から、青い血が勢いよく噴き出す。その血が、金銀財宝で埋め尽くされた豪華絢爛な謁見の間を瞬く間に
「グッ!」
一方の少年も、すれ違いざまに受けた攻撃によって右腕を切り落とされてしまっていた。残心を解くと、その場に片膝をついて蹲り痛みをこらえるように歯をくいしばる。
「く、くそっ、呪いかっ!」
切り口から禍々しい紫色の蛇が湧きだす。実体を持たないそれは、手で触ることができず、少年の細いながらも鍛えられているはずの首に巻きつき、容易に締め上げる。
"魔王"と呼ばれた男は、自らが振るった剣に呪いをかけていたのだ。たとえ、この少年――――"勇者"によって切り倒されようとも、確実に道連れできるように。
「ごふっ」
首を絞められると同時に、闇の力により身体を侵食されていく少年は、苦しみながら口から血を吐き出す。
「く、くそ、こんな、ところ、で……」
視界が霞み、身体の力が抜けて抵抗できなくなる。すると、それに気づいたのか蛇の締め付ける力が強くなった。抗えなくなったのも合わさり、少年は先ほどよりもがき苦しむ。
幻覚だろうか、倒したはずの魔王の邪悪な笑みが目の前に見える。
そしていよいよ気を失うかと思われたその時。
「<神よ! 自らの子を守りたまえ!>」
旅の間、幾度となく聞いたその声は、言いようのない本能的な安心感を与えてくれる。神の信徒ならば誰しもが平服し耳を澄ますだろう声。
聖なる服に身を包んだ少女によって聖句が唱えられると同時に、鳴くはずのない架空の蛇が苦しんだように聴こえた。
だが蛇も抵抗し、締め付けを強くする。少年の覚醒しかけた意識が再び持っていかれそうになる。
「<光よ! 善を照らせ!>」
しかしまたもや女性の声が聴こえ、呪文を浴びた蛇は慌てて巻き付いていた首を離し、今度こそ拘束が解かれる。
「げ、げほっげほっ! ごほっ」
呪いの蛇から解放された少年は、喉がつまりうまく息を吸えないのか、何度も咳き込む。
「まてっ、逃すかよ!」
三人目の新たな声に、瞑っていた眼を開け霞んだ視界を凝らすと、叫びながら足音を立てて何かを追いかける人影が見えた。
「おりゃあ!」
微かではあるが、誰かが何かに対して剣を振り下ろす姿がわかった。
「勇者様っ! お身体はっ!」
聖句を唱えていた少女が耳元で叫ぶ。手を挙げて生きていることを伝えようとするが、腕を切られていたことを思い出し、激痛が走る。
突然の呪いの蛇に気を取られ、一時意識しなくなっていた腕の怪我を、頭が再び認識しだしたのだ。
それだけではない、何かが左眼にささり、瞬く間に燃えるような痛みが襲った。
「くはっ、あっ!」
身体の各箇所を襲う様々な痛みによって言葉にならない声を上げる少年。
「そ、そんな、腕がっ! め、眼もっ!?」
側に膝立ちする少女は悲鳴のよう声色でそう叫ぶ。
「どうしました、聖女さ……ヒジリ!!!」
呪文を唱えていた女性も合流する。が、少年の容態に気づきいつもの彼女らしくなく取り乱す。
「れ、れれれレナさんっ! か、かかか、回復魔法を! はやくぅっ!」
「わ、わかっています! <傷よ治れ!>」
少女に泣きつかれた女性ことレナは慌てて回復魔法を唱える。
少年の身体を白い光が包み込む。が、腕の血は止まったが眼から溢れる血が止まらない。
「な、なんで!?」
レナは驚愕の表情を浮かべる。
この場に至るまで幾度となく戦闘を行ってきたが、国一番の魔法使いと名高い彼女に治せない傷はなかったのだから。自らの能力に絶対の自信を持っていたことにより、不測の事態に上手く対応することができない。
「ぐっ……せ、聖女様、何か癒しの句はないんですか!? これは、呪いなのでは!」
だがしかし、それでも一流の魔法使い。自らの頬を思いきり叩きなんとか気を持ち直して、少年の眼を観察する。と、眼球が紫色に染まっているのがわかった。
攻撃された部位が紫に変色するのは、魔族が使う"呪い"と呼ばれる攻撃方法の特徴だ。
「呪い! 呪い!? えーと、えーと、<聖なる力よ、魔の力をはねのけたまえ!>」
聖女と呼ばれた少女は、半ば反射的に聖句を唱える。
先程のレナの魔法とは違い、青い光が少年の眼を照らす。
が、紫色のまま変わらない。
「そ、そんな……!?」
聖女は先程のレナと同様、眼を見開き驚愕の表情を浮かべる。神の力を借りる聖句に治せない呪いなどないはずなのだから。
「ま、魔王の、呪い……だからなのか?」
レナは敬語を使うのも忘れ、そう呟く。
一方、当の少年は二人が慌てている間も、なんとか身体を動かそうと必死だった。二人が自分のことを治療してくれていることもわかっていた。
が、腕の痛みが多少和らいだくらいで、突然襲った眼の痛みは全く引いていない。それどころか、今度は眼から身体の奥に悪い何かが染み込んでくる気持ちの悪い感覚に襲われていた。
「もう一度! <聖なる力よ、魔の力を跳ねのけたまえ!>」
聖女は必死に聖句を唱え続ける。が、一向に呪いが抜け落ちる気配がない。次第に涙目になりながらも、二人して懸命に救命作業を続ける。
「お前ら、どうした!」
と、その時、先程の何かを切り倒しに駆けて行った三人目が戻ってきた。
「あっ、ガンツさん!」
「襲いぞ! ガンツ!」
「悪い、なんか蛇がいたもんだから、一応倒して置こうと思って」
ガンツと呼ばれた男は汗をぬぐいながらそう弁明する。
「で、一体何を……ヒジリ! どうかしたのか!?」
「そ、それが、呪いを受けたみたいで……聖句を唱えても、治すことができないんですっ!」
「そうなの、なんとかならないかしら!」
「なんとかって……俺は戦士だぞ!? お前達みたいに魔法やらなにやらが使えるわけじゃないんだが……ん、呪い! ならこれが――――」
そこまで聞いて、急に来たひどい頭痛によって、少年の意識は途絶えてしまった。
その一瞬前、顔に何かをふっかけられる感触だけ、感じ取ることができた。
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