第二十五話 「なに、昔とった杵柄ってヤツだ」
誰もがケインとフラウを祝福し、駆け寄る中。
ただ一人、離れた場所で、それを不機嫌そうに見ている者が居た。
その者の名はラセーラ。
西の最果てから来たりし、ミリーを籠絡し、ケインの夢に出てきたその――――張本人である。
「…………ちっ、何よそれ。つまんない! 彼はアタシの物になった筈なのにっ! よりにもよって、敗北者風情が隣に居るなんてっ!」
敗北者、フラウを何故そう呼ぶのかは、聞き返す者は居なかったが、その言葉には確かに、蔑みが過分に込められていた。
彼女は何度か地団駄を踏むと、ひゅうと口笛を吹き、共に思念を飛ばす。
魔法は何一つ使っていない、それがラセーラに与えられた『権能』の一つであるからだ。
「――――精々、盛大にかましてやりなさい。アタシの復活の狼煙となるように、ね」
彼女は見るものを惚けさせる様な、淫靡な顔で笑うと、街の方角へと歩き去った。
これで生き残る事が出来るのなら、それで手に入れる価値が高まるというモノだし、敗北し、死んでしまうのならばそこまでの存在。
そういう事だった。
□
冒険者の女性はフラウに集まり、服を着せると共に質問責め。
一方でケインはというと、男性陣から羨ましいと、祝福の張り手を貰いながら、服を着ようと逃げまどう。
誰もの気が弛んでいた中、それに気づいたのはイレイン。
日々進歩する彼女のローブが、その危機を伝えたのだ。
「――――っ!? 皆さんっ! 気を付けてください! 多数の魔獣が急接近、超大型一つ! 小型が――――おおよそニ百っ!?」
全員が顔を見合わせ、次の瞬間、戦う者のそれに変貌する。
アベルは咄嗟にしゃがみ込み地面に手を当てると、イレインの報告が正しい事を悟り、大声を出す。
「野郎共っ! 剣を抜けぇっ!! 一つとして街に入れるなっ! ガルシア、テメェの魔法薬くばっとけ! 後で費用は出す! それから――――」
立ち上がると、アベルは小剣を片手に南を向き、即座に走りながら指示を飛ばす。
(門の正面から攻めて来るたぁ、いい度胸してんじゃねぇかよ!)
指示を受け、足の早い者が街へ危機を知らせに行ったが、増援を待っていたら手遅れになる。
残る全員――二十三名を引き連れ走り出し小高い丘の上へ行き、するとその直感の正しさを証明する様に、森の方から大型の魔獣の姿が見え始めた。
「おいっ! あれが何か知る者は居るか!?」
「アベルの旦那が知らない魔獣は、俺らは知りませんよっ!」
「この数でどうするんですっ!? あんだけの数とデカブツにどう対応するっ!?」
親玉らしき巨大魔獣の正体は誰も解らない、二百と報告された魔獣の中には、空を飛ぶモノや大森林地帯で良く見る大猿型も。
対して此方は、全員が全員手練れという訳ではない。
例え何とか撃退出来ても、五体無事で居られる者が何名居るか。
ガルシアは歯を食いしばって恐怖を誤魔化し、イレインはせめて小物だけでも殲滅出来るように計算を。
命の危機への恐怖、しかし、守らなければという使命感で皆が悲壮な顔をする中、アベルはそんな空気を笑い飛ばす。
「ははっ! 何だぁお前等その面はよぉっ! こんなんは最前線に比べれば、まだお優しいってモンだ! それに――――」
「――――心配ない。妾が居るからな!」
「ここは手柄を譲って欲しいな皆さん、フラウの力をお見せするよ」
ドスンと音をたてて、フラウが巨大な狼に戻り。
その傍らにはケインが、――――勿論の事、服は着直している。
ともあれ、先程の戦いの様でフラウの戦力の一端を垣間見た冒険者達は、心強いと歓声を上げた。
「油断するんじゃねぇぞテメェら! フラウの『食い残し』を狙っても、期待の新人様イレインが浚ってくからなっ!」
「ははっ! フラウちゃん、イレインちゃん、わたし等の分も取っておいてくれよっ!」
「討伐証明部位だけでもいいぞぉ! 楽して金がもらえれば最高だ!」
お調子者が、隣の冒険者にちゃんと働けとどやされる中、徐々に敵集団は近づき、皆の顔に荒々しい戦意が浮かび上がる。
フラウが何時でも飛び出せる様に、腰を低くして構える中、アベルに言った。
「…………何度かやりあったが。あの大きいのは強い。妾でも手こずる位だ」
「はん、こっちに任せると?」
「そなたなら、出来るであろう? 英雄殿」
「英雄って柄じゃあねぇがな。ま、出来る事はやるさ」
幸いにも今のアベルには、対フラウに持ってきた魔法剣がある。
リーシュアリアが居ないのは少し残念だが、一人でも十二分に対処は可能だ。
「――――聞いたなっ! 悪いが親玉は俺が貰うっ! テメェ等は雑魚を一つも残さず平らげろっ!」
「御武運を兄貴!」
「ひゅー、流石アニキは言う事が違うぜぇっ!」
「任されました! 空はわたしが何とかしますっ!」
皆が口々にアベルの名を呼び、そして。
「全員っ! 突撃いいいいいいいいいいいっ!!」
戦いが始まる。
先ず先頭を切って魔法を放ったのはイレイン、彼女は二十程居る大型の怪鳥を打ち落とし。
その墜落場所にフラウが跳躍、着地と共に黒き火炎を吐き出し、全体の三割を一気に死滅させる。
その後、即席パーティを組んだ前衛達が中央に突撃をかけ――――。
「道は俺達がっ! 兄貴は温存してくだせぇっ!」
「ありがとうよっ!」
後衛達の矢と魔法は、嵐の様にとはいかなかったが、アベル達を支援するには十分だ。
雷や火の玉、矢の一撃で怯んだ魔獣を次々と斬り殺し突き進む。
(こりゃあ楽勝だな、イレインが上を押さえてくれているのと、何よりフラウの存在は大きい)
彼女達が力を振るう度に、数十の単位で魔獣達が溶けていく。
だが、油断は禁物だ。
今ここに居るので、全てだという保証は無いのだから。
ものの数分で親玉の所にたどり着くと、アベルは前衛達に他を回るように指示して、一人その巨体を相対する。
――――それは異様な魔獣だった。
話に聞く、象という動物の様な長い鼻と耳に、大きな牙。
そして全身の覆う真っ黒な体毛は、その一つ一つが意志を持つように蠢き、その先端には口の様なモノが。
「…………ったく、誰が何の目的で、こんなん隠してたのやら」
この場に居た多くの者が、偶然発生した事態だと考えていたが、アベルは違った。
これは明らかに、何者かの意志に寄る襲撃である、と。
(コイツが吸血騒ぎの元凶なら、話は早いが――――まぁ、見たところ本能だけで動いている様に見える。アイツが食っても情報が得られないか)
これだけの巨体、肉があるならリーシュアリアの食費は数ヶ月の軽減が出来ようものだが。
ともあれ、全てはこの魔獣を倒してからである。
「――――けっ、面倒な野郎だぜ」
アベルは巨大魔獣が、死した魔獣の血を啜ろうと、触手を延ばす行為を阻みながら、その周囲をぐるぐる回る。
(足は駄目だ、鼻でも切るか? 胴は――――チィっ! こっちを認識したか!)
最初はアベルを無視していた巨大吸血魔獣だが、その触手や鼻をの行く先を、アベルの向け始める。
魔獣とはいえ生きるモノ、――――気づいたのだ、アベルが自らを打倒しうる存在であると。
「BAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
それは巨大吸血魔獣より、小さな存在だった。
それは右腕が無く、左目も無く、取るに足らない矮小な存在に思えた。
だが、だが、だが。
禄に思考能力の無い魔獣の本能は訴える。
この者こそ、『主』の敵であると。
放置すれば、全てを殺し尽くす『天敵』であると。
「何だお前、――――怯えてんのか?」
伸びゆく触手の速度と距離が増し、アベルへ縦横無尽に襲いかかる。
死角となる左や後ろから襲いかかる触手は、顔を向ける事無く回避され、切り落とされる。
そこらの剣ならば、逆に折れてしまう硬度であるのにも関わらず、だ。
「俺に対抗するってぇなら、もう少し知能を付けとくべきだったぜお前」
アベルの使う小剣はそこらの数打ち、ラッセル商会の時に使った『お気に入り』ですらない。
巨大吸血魔獣は困惑した、彼とて長い年月を眠りに付いていたとはいえ、その前は数年に及ぶ戦いの日々。
言葉や知能が無くとも、その剣が『普通』の物であると判る。
「BAGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
脅威、それも圧倒的な。
もし知能があれば、焦りだと自覚したであろう衝動のままに、巨大吸血魔獣はアベルを踏みつぶそうと足を振り上げる。
串刺しにせんと、その牙を突き立てる。
「ははっ! お前さん、長いこと生きていると見たが、その生で学ばなかったか? そんな大振りの攻撃が当たるのは格下だけだってな」
その人間が何を言っているか、理解できない。
だが、自らを愚弄している事は判別できた。
故に、それならば数で勝負とがむしゃらに暴れ周り――――。
「――――そろそろ、処刑の時間だぜ」
その瞬間、異形の巨大魔獣は動きを止めた。
アベルが魔眼を発動したからだ。
(ったく、限定解放は疲れるってのに)
その魔眼はラッセル商会の時の『第一解放』様に、対象の『時』をこの世の理を無視して元に戻す効果だけでは無い。
――――『限定解放』
それは、瞬き一つ満たない時間、その意識の流れを止める効果だ。
正式に解放するより手短に発動出来るが、その消耗は激しい。
しかし、それだけの時間があればアベルにとっては十分。
小剣を捨て、魔法剣を振るうに不足は無い。
だから、それが故に、この結末は『道理』であった。
巨大吸血魔獣が意識を取り戻す間も無く、その体は十字に切り裂かれ絶命する。
「――――対魔王用の国宝なんだぜコレ。お前には勿体ない位の得物だったんだがな」
ずるり、どすんと分割された体が地面に落ち、地響きをたてる。
同時に、生き残っていた僅かな数の魔獣が、連鎖的に倒れ命を落とし。
「俺達の勝利だ――――!」
増援部隊が到着し見たモノは、誰一人欠けず、重傷を負わず。
勝利の勝ち鬨を上げる、冒険者の姿だった。
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