第二話 「新人にしては良い腕をしているな」
辺境の小規模なギルド、といってもディアーレン支部はそれなりに広い。
所属する冒険者達への依頼を張り出す、幾つかの受付が設置されている大きめの酒場、――――これが本館の一階。
奥に行けば、獲物の解体場や倉庫。
受付奥の階段を上がれば、事務室や支部幹部の部屋や貴人向けの応接室。
階段を下に行けば、魔法を使った薬剤を作る作業場が。
今回アベル達が使うのは、上記の様な『本館』ではなく。
その隣。
本館よりも多くの敷地を使い、集団での戦闘すら可能な訓練場、多くの知識を蓄えた資料室。
所謂――――、『別館』と呼ばれる所であった。
「さて、お前等はこれから。初心者訓練の、最終試験を行う訳だが。――――何か質問は?」
アベルは、件の初心者達に向かって問いかける。
「はい教官! ……その、先輩方が見ているみたいですが……」
若干戸惑った様に発言したのは、赤毛のダリー。
この四人の中で、一番アベルに懐いてる少年だ。
(まだまだ精進が足りないな少年、といっても光るモノはある)
朝に会ったイレインを除き、残りの三人は同郷。
一人は、リーダーでありパーティの攻撃の要であるグレタ。
(――――ふむ、グレタは動じていないな。こういう試験の時はどこも同じなのだろう)
彼女は、隣国の騎士団の出だ。
それ故、問題なしと判断して次へ視線を向ける。
三人目は、大陸では一大勢力を誇る光神教の神官、ハンナ。
(ダリーと同い年だが、ハンナは落ち着いているな。まぁ、神官だしそんなものか)
最後は、魔法使いのイレイン。
彼女と三人は、この初心者訓練で出会った関係で。
この試験が終わった後は、正式にパーティを組むと聞いている。
(中々の逸材なんだけどなぁ、俺は魔法は専門外だし、逞しく育ってくれ)
ダリー同様の反応を見せる彼女の様子を確認した後、アベルはニカっと笑って説明する。
「グレタは経験があるようだが、この手の事は先達の娯楽だ。気にせず戦ってくれ。他人が見ている前で戦えない様では、冒険者としてやっていけないぞ」
「はい! 教官!」
「うむ、いい返事だダリー」
壁側でたむろする冒険者達が、勝敗に対する賭事をしている事をあえて告げずに、アベルは進める。
なお、アベルは自分の完全勝利に賭け、リーシュアリアは敗北に賭けている。
「では、そろそろ――――」
「――――いや、待って欲しいアベル教官殿!」
「…………何かな? グレタ」
勇ましさを感じさせる短髪のグレタが、鼻息荒く挙手する。
その様子に、アベルは一抹の不安を感じながら促した。
すぐさま冒険者として、やっていける実力はある彼女だったが、ただ一つ、欠点がある。
「前々から聞いてみたいと思ったのだが――――」
同性からの人気が高そうな凛々しそうな美貌に、それを台無しにする、とある人物への邪気が入りまくった熱視線。
アベルは、やはりか、と即座に判断。
「試験に関係ないなら、とっとと始めるぞ」
だが、グレタは止まらない。
「――――リーシュアリア殿の胸の揉み心地はどうなのだろうか!?」
アイツ、面と向かっていいやがった! というギャラリーの驚きの声。
苦笑するアリアに、アベルといえば反射的に言い返す。
「言わねぇよ、揉ませねぇよ! あれは俺のだ馬鹿野郎!」
「何をいう、麗しい女性の柔らかを確認するのは、淑女としての常識だろう? それに独り占めとは寂しいではないか」
ぐぐぐっと詰め寄る、残念な麗人にアベルはデコピンを一発。
「あだぁっ! 意外と痛いっ!?」
「…………ハンナ、ダリー。どうにかしろ」
若干疲れたような言葉に、二人は苦笑しながら彼女を引き離した。
「毎回、申し訳ありません教官。グレタ姉さんが女色趣味で――――、えいっ、姉さん後にしてください後に」
「あだだだだ、ハンナ、耳! 耳取れるからっ!」
「姉ちゃん、今晩のお酒は抜きだからな」
「後生だ、それだけは――――」
期待の新人の醜態に、周囲から笑いの声が上がる。
然もあらん。
「…………ったく。小芝居もいい加減にしておけよ」
アベルは用意していた片手剣、木製のそれを腰から抜き顔を引き締める。
その途端、空気ががらりと変わった。
「ああ、そうだな。そろそろ開始といこう教官殿」
真っ先に反応したのはグレタ。
彼女もまた、長剣を両手で正眼に構え。
慌てて残りの三人が、各々の得物を構える。
(くくくっ、ああ、やっぱ楽しいなぁ――――)
静まりかえる訓練場の中、アベルは笑う。
彼の望みは平穏と安定だ。
だが同時に、心の奥で渇望している事がある。
(戦い、戦いだよ。)
故郷にて騎士団を担うものとして育てられ、出奔の後は魔獣相手に冒険者家業。
そんな人物が、戦いが嫌いな訳がない。
そしてそれは、周囲の人物も、目の前のヒヨッコ達も同じ。
どう言い繕っても、本能的に戦いを求めているのだ。
(位置に着いて、いざ尋常に勝負。実戦とはかけ離れているがな――――)
滾る、相手が何処の誰であれ、それが仕事か趣味か、そんなモノは些細な事だ。
此方が戦う意志を持っており、相手もまた同じ。
ならば――――。
「――――いくぞ、殻付き雛ども」
それが合図だった。
彼我の間合いは、おおよそ屋台三つ分。
初期配置は、経験豊富なグレタが中央。
その右後ろにダリー、左後ろにハンナ。少し離れてイレイン。
未熟な三人は、突然の行動に対応できず、つまりはグレタさえ倒せば後は消化試合。
アベルは未だ戸惑う少年組を無視して、グレタに突進。
「私達を相手に木剣とは! 流石に舐めすぎではないかっ!」
「この程度で、釣り銭が来るってもんよ――――」
鉄製のロングソードと、木製のショートソード。
打ち合えばその結果は明白。
(ならさ、打ち合わなければいいだけの話!)
彼女の間合いに入り込む寸前、アベルはグレタの視界を遮るように片手剣を投擲。
「チィ、こざかし――――!?」
「――――姉ちゃんっ!?」
瞬間、グレタが地面に叩きつけられた。
彼女が投擲された剣を迎撃すると同時に、アベルは彼女の顔面を掴み、足払いと共に勢いよく押し倒す。
「隙だらけだ」
「うぐぁっ!」
倒れたグレタに目もくれずに、アベルは硬直したダリーの剣を蹴り上げて無力化する。
いくら試験だと言って遣りすぎではないか。
一般市民が見ればそう言うかもしれないが、この最終試験というのは、その実。
敗北訓練、と呼ぶべきものなのだ。
魔獣というのは、初心者が思うより強い。
一番危険度が低い魔獣との、一対一の状況でさえ、不覚を取る事も珍しくない。
一対一でなければいい? それは正しい。
だからこそ、パーティという徒党をもって討伐に当たるのが定石だ。
(よく覚えておけ、世の中には幾ら集団で戦おうとも、『絶対』に敵わない相手がいるという事を――――)
それを教えるのが、教官としての最後の仕事。
敗北を覚えれば良し、何とかして乗り越えられればまた良し。
(その点、お前達はまだまだ成長の余地がある、生き残れよ――――)
実の所、耳聡い者や頭の回る者は、事前に罠をしかけたり、先輩冒険者を雇って勝利をもぎ取った者もいるのだが。
そこはそれ、これはこれ、である。
「どうした! グレタが落ちればそんなものかっ! これでは魔獣なんぞと戦えねぇぞおおおおおお!」
「どぅえええええええええええっ!?」
アベルは場内を逃げまどうハンナを捕まえ、場外区域まで放り投げる。
「おらよっ! 観戦代だっ! しっかり受け止めろよテメーらっ!」
「がっはっはっ! 相変わらずスゲーなアベルさんっ!」
「はーい、神官様一名ご案なーい」
ハンナがしっかりと受け止められた事を確認し、アベルは最後の一人、イレインへと振り返る。
「『…………夜の帳、月無しの霧、彼の者に――――』」
「遅いっ! 呪文はもっと簡略化しておけっ!」
既に魔法の詠唱を始めていたイレインだが、アベルの早さの前には無意味。
グレタやダリーが、もう少し時間を稼げたら効果を発揮していただろうが、現状はそうではないのだ。
「『暗闇の中に落とせ、虚無のひか――』――あぐっ!? ひ、ひたが………………あがっ!?」
「頭の良い魔獣は、呪文の詠唱をじゃまする奴もいる、対策を練っておけよ」
アベルは、イレインの口に指を突っ込み舌を抓る。
そして頭突きをして、戦意を喪失させた。
「これで二人脱落。――――さて、まだやるか?」
とぼとぼと場外に向かうイレインを見送りながら、アベルは問いかける。
彼の背後では、復帰を果たしたグレタと、剣を拾って構えるダリーの姿があった。
「ふっ、意地の悪い質問だな。ワザワザ時間まで与えて」
「教官! 立ち上がれる限り、まだ負けてませんっ!」
瞬殺されたというのに、戦意を保っている姉弟に、アベルは満足そうに頷いた。
「いいだろう。――――だが、今のままではさっきの繰り返しだぞ? 次は問答無用でお前達の敗北だ」
「――――折角のご厚意だ。切り札を使わせて貰う。やれるなダリー」
「…………んぐ、んぐ。そう来ると思ったぜ、行けるよ姉ちゃん」
二人は腰後ろの道具袋から、丸薬らしきものを取り出し、噛み砕いて飲み込む。
「道具に頼るか、それも一つの手だな。だがそれで――――」
「――――何とか、出来るのさアベル教官殿っ!」
その瞬間、一陣の風が吹いた。
アベルの予想を遙かに越えて、グレタが接近。
神速ともいえる速度で振るわれた剣は、だがしかし、アベルの紙一重の回避により頬を掠めるに止まる。
「はん、随分と効きの良い魔法薬だな。俺も買うから店を教えてくれよ――――」
「――――はははははっ!これでも避けるか、化け物めっ!」
そこから先は、速度の戦いだった。
高位の冒険者に匹敵する速度と力で、二方向から剣が襲う。
ダリーが正面からなら、グレタは後ろから。
グレタが右からなら、ダリーは左から。
「さすが教官っ! なんで当たんないんだぜっ!?」
「これが『ミスリル』級の冒険者の実力――――!」
「元だ元。そんなに褒めるなよ、照れるだろうがっ!」
熟練の冒険者といえど、数秒しか持たない状況で、アベルは全てを避け続け、おまけとばかりに無詠唱の魔法。――――炎の弾をばらまく。
(流石に当たらないか。――――ああ、嫌になるほど有望な初心者だよお前達は)
アベルの口元が微かに歪む。
それは羨望などではない、彼らの使った薬に心当たりがあったからだ。
(ああ、残念だ。残念だなぁ。お前達のその力が、本当にただの『薬』の効果だったらよかったのに)
――――世の中には禁止され、存在すら許されない『薬』がある。
ただ、魔法が付与された『魔法薬』なら、どんなによかったか。
ただ、違法な材料を使われた『麻薬』の類なら、どんなによかっただろうか。
音の壁さえ越え始めた剣速を、悠々とくぐり抜けながら、アベルはちらりとリーシュアリアを見る。
彼女もまた、そんな彼に気付き。険しい顔で頷いた。
これで、――――確定だ。
「残念だ、実に残念だよダリー、グレタ…………」
アベルは回避するのを止め。
「冒険者になろうとするならば――――」
そして。
「――――もう少し、相手の力を測れるようになれ」
ただの手刀の一撃で、二人の剣を一度に叩き割った。
「――――馬鹿、な」
「マジかよ教官――――」
これにて、試験は終了した。
アベルが下した判定は合格、これで彼らは明日から見習いの身分から駆け出しとなる。
――――もっとも、『明日』を迎えられればの話ではあったが。
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