第15話 尋問とお願い

 僕が家庭科室に向かうと、既に部活を終えて料理部員たちは片付けの準備をしていた。


「昭島さん」


 声をかけられた昭島さんは少し驚いた顔で振り向いた。


「ああ、月ノ下先輩でしたっけ?」

「あのさ、ケーキが無くなった金曜の朝の事でもう少し中神さんに聞きたいことがあるんだけど、呼んでもらえないかな」

「は、はい。かずちゃん! ちょっといい?」

「え、何?」


 中神さんがエプロンを脱ぎながらこちらを見る。


「月ノ下先輩がもう少し、かずちゃんに聞きたいことがあるんだって」

「わ、私に、ですか?」

「ほんの5分程度で済むから。いいかな?」

「は、はい」

「ここじゃなんだから、渡り廊下の方で」


 中神さんは黙ってうなずいたが、その目は僕を警戒しているようにも見えた。




 渡り廊下の横の校舎の壁で、僕は立ち止まる。中神さんも黙って僕の隣に並んで立ちつくす。


 校舎の壁の横で僕らは向かい合った。


「大したことじゃないんだ。ちょっとした確認だよ」

「確認、ですか」


 中神さんは緊張した顔でうつむきながらこちらをちらちらと上目使いで伺っている。


「中神さんが来た時、家庭科室の窓は閉まっていた? 鍵もかかっていた?」

「はい。かかっていました」

「ケーキにはラップがしてあったと思うけど、蒸れてケーキに水滴とかついていなかった?」

「え、ケーキに、水滴? それは……いや、そんなの知りませんよ。私が着いた時にはもうラップは剥がされてケーキは無くなっていたんですから」

「じゃあ、八時五分くらいに校内放送があったらしいんだけど、男の先生の声だったか女の先生の声だったか覚えているかな」

「わ、わかりませんよ。その時間は外にいたんですから」


 中神さんはおどおどしながらも、こちらの意図に気が付いたらしい。「この人は犯人なら知っているはずの情報をしゃべらせようとしているのだ」と。


「それじゃ、その時グランドでサッカー部が朝練をしていたらしいけど覚えているかな」

「わかりませんから」

「用事があって実習棟横の倉庫の方に行っていたのに? あそこならグランドも見えるよね?」


 中神さんは狼狽して必死に取り繕った。


「いえ、そういえばサッカーをしている人がいましたね。な、何人ぐらいかは覚えてないですけど……」

「サッカーなんて誰もしていなかったよ」

「え」

「さっきのは、ただの嘘だ。あの日はサッカー部の朝練なんてなかった」


 星原のアドバイスは、「まずを連続でしてみること。でも、そこで知らない、わからないと続けるようなら、今度は逆にに切り替えること」だった。


 つまり、犯人なら知っているはずの質問を続けるつもりだと思わせて、今度は「知らない」「わからない」と答えてはいけない質問を唐突にする。そうすることで動揺させて嘘をついていることを証明できるんじゃないかという考えだ。


「あ、あの」

「君は、サッカーをしている人なんていなかったのに、僕に合わせてサッカーをしている人がいた、といったね。外で用事を済ませていたはずなのに。本当はあの時、外にはいなかった、又はそれどころじゃない何かをしていた。だから確証が持てずに僕に同意した」

「……あ、あ」

「本当は、家庭科室にいたから」


 中神さんは怯えきった小動物のようにびくびくとしながら、潤んだ目でこちらの目を見てはそらすのを繰り返す。僕はそんな彼女をなだめるように穏やかに声をかける。


「ところで、中神さん。犯人はどうしてみんなで作ったケーキを盗むなんてことをしたんだと思う?」

「え?」

「中神さんの個人的な考えでいいんだ。聞かせてくれ。みんなに嫌がらせをしたかったのかな?」


 中神さんはうつむきながら、絞り出すような声で言った。


「……そんな、そんなつもりはなかったと思います。どうしても、事情があって、きっと」

「じゃあ、犯人はもう、二度とこんなことはしないと思う?」

「…………はい」


 目から涙をこぼしながら、中神さんはうなずいた。何だかいじめているみたいで罪悪感がチクチクと胸を刺した。僕は虹村みたいに嘘を見抜くことに自信があるわけじゃないが、少なくとも今の中神さんは嘘はついていないだろうとひとまず心の中で断定することにした。


「わかった。その言葉が聞きたかったんだ。まあ、その何だ。正直、今の言葉にしたって状況証拠だし、僕としては中神さんを責めるつもりはないんだ。ただ、その代わりにお願いが二つあるんだけどいいかな」

「……お、お願い? エッチな要求ですか?」

「いや、違うから」


 肩の力が抜けそうになる。顔を赤らめて何を言っているのか、この後輩は。


「僕は女の子の弱みをつかんでいやらしいことを強要する人間に見えるのかな?」

「いや、そのう、アキが『雲仙先輩に聞いたところによると月ノ下先輩はむっつりスケベらしいから気をつけなさい』と言っていたので、つい……」


 どうやら、後で明彦とじっくり話し合う必要がありそうだな。


 だが、とりあえず今は料理部の問題を何とかするのが先だ。僕は咳払いをして改めて中神さんに言った。


「お願いと言うのは、まず一つ目なんだけど、みんなの前で犯人になってほしいんだ」

「はい?」


 中神さんは大きく目を見開いた。

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