第ニ章【鬼神】

第22話

 あの林間学校の出来事の2日後の月曜日、一也は制服姿で志穂の家を訪れ、玄関の前で同じく制服姿の志穂と話をしていた。

 志穂の顔色を窺いながら一也が徐ろに口を開く。


「志穂。本当に大丈夫なのか? 一昨日の事もあるし。今日は休んだほうが良いんじゃないのか?」

「大丈夫だよ。もう完全に狐鈴ちゃんに治してもらったんだから!」

「俺が心配してるのは体じゃなくて心の方だ……」


 一也はにっこりと微笑む志穂に向かって目を細めながら言った。

 志穂は表情を曇らせると、静かに呟く。


「心か……確かに怖かったけど、私は一也の事を信じてたから」

「信じてたって言ってもなぁ……。痛みに対する恐怖心が忘れられるわけないだろ? ただでさえ立て続けに悪鬼に襲われたわけだしな……」


 一也は自己嫌悪から目を逸らしながらそう言った。

 だが、一也が自己嫌悪に陥っていたのは無理もない。

 本来なら、敵の対数を完全に把握してから仕掛けるべきだったのだ。


 しかし、一也は一時の感情に任せ、先制攻撃を成功させたものの。敵戦力を見誤り後に出てきた3体の悪鬼に志穂と玲奈を人質に取られた。


 気を失っていて本人は気付いていないとしても、結果として、自ら囮役を買って出てくれた志穂を2度も危険な目に合わせてしまった。


 もしも狐鈴が救援に来てくれなければ、間違いなく自分も志穂達もこの世には存在して居なかっただろう。そう考えると自分を責めずにはいられなかった。 


 浮かない顔をしながら志穂の顔を見つめている一也に志穂が口を開く。


「もう大丈夫! それより学校に行こっ!」

「いや、だから今日は休めって言ってんだろ? 仕方ないやつだなお前は……」

「大丈夫なの! それに、私今、勤賞狙ってるし……。それにもしもの時はまた一也が助けてくれるんでしょ?」


 志穂は上目遣いに一也を見て尋ねる。

 一也は大きくため息を着く。


「はぁ……分かった。でももし少しでもおかしいと思ったら、狐鈴を呼んで帰らせるからな!」

「うん。分かった!」


 そう言って嬉しそうに微笑む志穂に一也は呆れながら頭を抑えた。

 林間学校から帰ってきた夜、狐鈴に携帯を買い与えていた。


 最初は空間の裂け目の中に隠れてもらおうと思ったのだが、それだと自分の事が何も出来ないと狐鈴からの苦情を飲んだ結果。すぐに呼び出せる携帯電話が有効だと判断したからだ。


 今頃狐鈴は家でおみあげに買った大きなぬいぐるみ――お稲荷キツネと戯れている事だろう……。


 学校までの道中、道端の塀の上をブカブカの服を着た帽子を被った子供が、まるでかかしのような格好で必死にバランスをとりながら渡っているのが見えたが"急に話し掛けたら危ないから"と志穂が言うので、一也はその子をスルーして足早に学校まで急ぐ。


 教室に着くと、何やら教室の中が騒がしい。


「なんだ? うるせぇーなぁー」

「うん、そうだね。一也は待ってて! 私、ちょっと聞いてくるから!」

「あいよ」


 不良だと思われている一也が話し掛けたところで結果が見えているので、志穂が代わりに皆に尋ねにいった。


 一也は志穂の背中を見送ると、自分の席に鞄を乱雑に放り投げ、イヤホンをして机の上に足を投げ出して座る。


 しばらくして志穂がにこにこしながら一也の元に駆け寄ってきた。

 イヤホンを外した一也が志穂に尋ねる。


「どうだ? 何か分かったのか?」


 志穂は一也の顔を覗き込むと興奮気味に答えた。


「うん! 聞いて! 今日このクラスに転校生が来るんだって! それでね、なんか東北の人らしいよ!」

「へぇー。そりゃすごいなぁー」


 生返事を返してイヤホンをもう一度耳に入れた一也に、志穂が不満そうにそのイヤホンを引き抜く。


「もう! クラスメイトが増えるんだよ? もっとわくわくしないの!?」

「しねぇーよ! だいち俺と仲良く出来る人間が、この世に居るわけねぇーだろうが!」

「最初からそう決めてかかる一也がいけないんでしょ! そんなことじゃ友達なんか出来ないよ!?」


 志穂は一也を指差してそう言い放つ。


「いつ俺が友達がほしいって言ったよ」

「……もういい!」


 志穂はそう言って自分の席に戻っていった。一也そんな彼女にため息をついた。

 その直後、教室の前の扉から担任の教師と長い青髪の転校生が入ってきた。


「それじゃ、ホームルームを始めるぞー。藍本、黒板に名前を書いて自己紹介をしてくれ」


 教師は教卓に立つと、転校生の方を向いてそう言った。

 青髪の少女は頷くと、スラスラと黒板に自分の名前を書いて身を翻す。


「私の名前は藍本 月詠です。東北地方から一身上の都合でこちらの学校に転校してきました。よろしくお願いします」


 そう短く自己紹介を終えるとペコリと深く頭を下げる。


 その彼女の髪型は長く青い髪の両サイドを結んだツーサイドアップという髪型で、それだけを見ると個性的なのだが、その性格は大人し目であまり目立つタイプの子には見えない。


 更にその青い瞳からは狂気にも似た何かを感じて、一也はその月詠という少女にただならぬ違和感を覚えていた。


 月詠は自己紹介を終えると、一也の方にゆっくりと歩いて来る。

 すると、月詠が一也の目の前でピタリと止まった。


 自分の事をじっと見つめている月詠を一也が睨んだ。


「何だよ?」

「…………」


 無言のまま、一也の顔の前に自分の顔を近づけてきたと思うと突然、一也の頬にキスをしてきた。その予想外の行動に驚き、目を丸くする。 

 それは一也だけではなく……。


「なっ……な、な、なに!?」


 志穂は驚いたように目を丸くさせてあんぐりと口を開けている。

 驚きのあまり何も言い返せない一也の耳元で月詠がささやく。


「……私はあなたと同じ」

「俺と同じ……だと?」

「そう……鬼神であり。鬼斬よ」

「……なんだとッ!?」


 一也が更に驚いた様子で目を見開くと、月詠はにっこりと微笑んだ。

 その後、月詠は何事も無かったように一也のすぐ後ろの席に腰を下ろす。


 一也はその月詠が言った意味が理解出来ずに混乱する頭を必死に整理しながら、気が付いたら放課後になっていた――。


 一也は屋上で空を見上げていると、下校を知らせるチャイムが鳴り響く。


「はぁ……もう下校時刻か……。にしてももう一人鬼神が現れるなんて、なんて日だ。狐鈴になんて説明するか……」


 そう呟いて流れる雲を見て途方に暮れていたその時、屋上の入り口から志穂の声が聞こえてきた。

 その声は何やら怒りを含んでいる。


「ちょっと! 一也はどうしてここに居るのよ! 部室にベッドがあるんだし。昼寝ならそこですればいいじゃん!」

「あっ? 別に良いだろ。ここが落ち着くんだよ。それに今考え事してるんだ」


 眉間にしわを寄せている志穂に一也が告げる。

 志穂は腰に手を当てて「もう!」っと不機嫌そうに言うと、ため息を漏らした。


「一也は今日転校して来た子をどう思ってるの!?」

「どうって、なんだよ?」

「好きか嫌いかって事! 幼馴染の私が知らない女の子の知り合いが居るなんて信じらんない!」


 志穂は瞳を真っ赤にしながら一也に叫んだ。

 一也は慌ててそれに弁解する。


「だから、あいつの事なんて俺は知らないって!」

「知らない人とキスするなんてあるわけない! 私に対する当てつけなら他でやってよ! 一也のバカ、もう知らない!」


 そう捨て台詞を吐くと、顔を右腕で覆い隠しながら走り去っていった。


「ちょ! ちょっと待て! 誤解だ!!」


 叫んで、その後を一也が慌てて追いかける。

 帰り道を足早に歩いて行く志穂の後を、小走りで追いかけながら声をかけ続ける。


「どうして不機嫌なんだよ! 今日のお前はやっぱりおかしいぞ?」

「……おかしくないし。不機嫌でもない!」

「だから、なにカリカリしてんだよ!」

「一也、あれ見て……」


 志穂はそう言ってある一点を指差した。

 そこには今朝見た帽子を被った小学生が道端に倒れていた。

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