第17話

 その夜、作ったカレーを食べながらキャンプファイアーを眺めていた一也と志穂の前に、昼間助けた小学生の女の子達がやって来た。


 4人はもじもじしていて落ち着かないようすだったが、1人の女の子の「せーの」という掛け声とともに一也の前で一斉に頭を下げた。


 一也と志穂は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。


「そんなお礼を言うようなことしてないよ。ねっ、一也!」

「ああ、そうだな。本来なら俺達がしっかり見ておかないといけなかったんだ。礼はいらねぇーよ。それより、挫いた足は大丈夫か?」


 志穂と一也のその言葉を聞いて、女の子達は驚いたように顔を見合わせると、にっこりと笑って一也の手を取った。

 驚いている一也に黒髪の子が言った。


「あの、私達お兄さんに何かお礼がしたくて!」

「一緒にお菓子食べようよ! お姉さんも!」


 そう言って隣にいた短い茶髪に髪留めをした子が、志穂の手を引いた。

 志穂は「私も良いの?」っと首を傾げると、大人しそうな三つ編みの子が口を開いた。


「他の方もどうぞ。たくさん持ってきたので……」

「ほんと!? なら皆も呼んでくるね!」


 志穂はそう言って散歩に行った他のメンバーを探しに向かった。

 一也は女の子達に囲まれながら困った様子で頭を掻いた。


 それからしばらく生徒達と待っていると、志穂が皆を連れて戻ってきた。満面の笑みで手を振っている志穂を見て、待っている間、質問攻めにされていた一也は安堵感から息を漏らした。


「ごめんね。皆、待ったでしょ?」

「はぁ~。本当だよ……大変だったぞ、どうやって熊を倒したのか、彼女はいるのかってよ」

「ふ~ん。それで彼女はいるの?」


 志穂がそう聞き返すと「いるわけねぇーだろ!」っと声を荒げて言った。

 そんな2人に玲奈が声を掛けてくる。


「お話は会長からお聞きしましたわ。もしよろしければわたくしのトレーラーに来ませんか? ジュースもお菓子もたくさんありますし」

『やったー!』


 それを聞いて女の子達が一斉に歓喜の声を上げる。


 そんな女の子達に微笑みながら、玲奈が彼女達をトレーラーまで案内していく。

 女の子達はトレーラーを見上げ、思わず言葉を失う。


 それは当然だろう。誰でも自分の想像を超えたものを目にすればそういう反応にならざるを得ない――。


「どうしたの? 早く行きましょう」

「……はい!」


 玲奈に促されてそう返事をした黒髪の女の子が緊張しながら中に入る。それに続くように次々と中へ入っていく。


 緊張した様子でソファーのような座席に腰を下ろしながら、テーブルの一点を見つめている彼女達の前に、玲奈がオレンジジュースとケーキを置く。


「さあ、遠慮なさらず。好きなだけ食べて下さいね!」

『は、はい……』


 小さく返事をすると、各々コップを手に持ってオレンジジュースを少しだけ飲む。その様子から察するに、彼女達は相当緊張しているようだ。


 場を和ませようと、志穂が声を掛けた。


「そうだ! この後の予定だと、確か肝試しがあるんだよね!」

「おお、そんなもんがあるのか? 意外と色々やるんだな。林間学校って」

「もう! 一也には聞いてないよ。少しは空気を読んでよね!」

「……す、すいません」


 まさかの一也の乱入に、志穂が不機嫌そうに一也の脇を腹を肘で突く。


 これって……俺へのお礼が目的じゃねぇーのかよ!


 不満を心の中でぼやきながら、一也は目の前に置かれたコーヒーに口を付けた。

 その直後、一也に1つ明暗が浮かぶ。


 困った様子で黙り込んでいる4人の女の子達を見つめている玲奈に、一也が耳打ちする。


「――玲奈。このトレーラーにトランプとか無いのか?」

「えっ? ああ、なるほど、そういうことですわね!」


 玲奈はその言葉の意味を逸早く理解すると、収納スペースからトランプを取り出した。


「皆さん。せっかくですし、ババ抜きとかどうでしょうか?」

「おぉー。北橋さんそれ良いね!」

「そうだね! うちもトランプやりたい!」


 その言葉にノリノリで志穂と恵梨香が声を上げた。

 そんな中一也は『ババ抜き』という提案に異を唱える。


「いや、トランプって言ったら神経衰弱だろ? 神経衰弱やろうぜ!」

「絶対に嫌! 一也、記憶力良いから絶対に一也の一人勝ちになるじゃん! 絶対の絶対に無理!!」


 一也がそう提案すると、志穂が全力で拒否した。

 結局、神経衰弱はあっさり拒否されて玲奈の言ったババ抜きが採用された。一也は悔しそうにしながらも目の前に配られるカードを手に持って眺める。


 くっ! ババ持ちスタートかよ!


 カードを眺め心の中で呟くと、横に座っている志穂を見つめてニヤリと笑みを浮かべた。


 志穂は顔に出やすいからな。こいつから取っても取られても俺に負けはねぇー。よは勝ちゃ良いのさ……どんな手を使ってもな!


 一也が不敵な笑みを浮かべていると、横に座っている玲奈が口を開いた。


「それではこの席順のまま時計回りで始めましょう」

「うん。早くしないと肝試しが始まっちゃうし」


 玲奈と志穂がそう言うと周りのメンバーも頷く。

 次々とカードを引いていく中、やっと一也の番が回ってくる。


「はい。一也の番だよ?」


 目の前でカードを突き出しながら志穂が微笑む。

 一也は直感で引いた。


 今の状況では一也がババを持っているので無警戒で大丈夫だ。

 ババ抜きの本当の恐ろしさはババを相手に渡してから始まる……。


 一也の手からババが離れるのは左程遅くはなかった。3巡目にして遂に手の中で眠っていたババが解き放たれる。


 遂にババが行ったか……少しタイミングは早いが、志穂からカード取るというこの状況を考えれば俺に負けはありえない


 一也は心の中でそう呟くと、口元に微かな笑みを浮かべた。


 ババ抜きというゲームはまさに究極の心理戦と言っていい、誰しも初手でババが来てしまい嫌な思いをすることがあるだろう。が、それは違う。危険な物は手元にある間が一番安全なわけで、初手でババを持っているプレイヤーは逆に優位な状況と言えるだろう。


 それは自分の目でこのゲームの敗北を決定付けるカードを持っているという事はどのカードを引いても良いということで精神的に他のプレイヤーよりも楽しんでプレーが出来る。


 3巡目にして小学生メンバーから1人。生徒会の八島が抜け、残るプレイヤーは7人――。


 ここで重要なのはババを持っている人間を確実に見極めておくことだ。

 よく、ババが抜けた嬉しさのあまり、声を出す人間がいる。だがそれは稀な事で、殆どは表情に現れる。しかもそれが顕著に現れるのはババを引いた直後の眉間の辺りに表れやすい。


 何故ならば、人は五感の中で最も視覚に頼る割合が大きいからだ――だからこそ目の周りに変化が表れやすい。


 一也は順番を待つ間。眉間の辺りを注意深く観察していると、恵梨香の眉が一瞬ぴくりと動いた。


 それを見て一也の瞳が鋭く光る。


 ……ババを引いたな……


 そう心の中で一也が呟く。


 恵梨香は志穂の隣――っということは、次に志穂がババを引けば、自分の所にババが返り咲いてくるということだ……。


 一也は『絶対に引くなよ!』っと心の中で呟いていた。

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