第15話

 志穂は表情1つ変えずに肉を串に刺している。一也に向かって微笑んだ。


「分かった。なら私が行ってくるね!」

「……はっ? お前火なんて起こしたことあるのか?」

「無いけど、なんとかなるよっ!」


 そう言って身を男性教師の方に走っていく志穂の背中を見つめながら、一也は大


きくため息をついて声を上げた。


「ちょっと待て! 俺がやる!」


 男性教師と志穂はその声に驚いたように目を丸くしている。

 一也は徐ろに2人の元に歩み寄る。


「こいつ。素人なんで、やったことある俺が行く方が力になれると思います」

「おぉー、心強い。実は昨年までやってくれてた先生が他の学校に移動してしまっ


て、僕も火起こしはあまり得意な方じゃないから――」

「――ああ、そういうの良いんで、早く行きましょう」


 一也がそう言うと、男性教師は少し不機嫌そうに眉をひそめながらも、一也をそ


の場所に連れて行った。


 炊事場から少し離れた場所で男性教師数人が丸くなって、ああでもないこうでも


ないと議論している。


 その時、隣に居た男性教師が「経験者を連れてきたぞー!」っと高らかに宣言し


た。


 その場に居た者達は一斉に歓喜の声を上げて一也を歓迎する。

 一也は軽く頭を下げる程度で、直ぐ様。その近くに置かれている薪を手で触れて


みる。


 よし。薪が湿っているわけではなさそうだ。だとしたら……


 横目で、四足のバーベキューコンロを見た。そこには薪と燃えカスの新聞紙が乱


雑に入っている。


 あれじゃ火は起こらねぇーわな……

 そう心の中でぼやいて徐ろに立ち上がると、一也は近くに居た口元に髭を生やし


た男性教師に話を聞いた。


「何か点火剤になる物とかないんすか?」

「いや、去年の残りがあると思っていたんだが、切れてたみたいで……面目ない」

「……そうっすか、なら新聞紙を貰えます?」


 そう素っ気なく言った一也に対して男性教師がむっとしながら、まとめて置いて


ある新聞紙を指差した。


 一也は「どうも」っと小さく言って、徐ろに新聞紙を棒状になるように丸めだす


 それを見て、小太りな男性教師が口を挟んできた。


「雑巾絞るように丸めると、火が付きにくい上に勢いが落ちて逆効果じゃないの?


「……とりあえず。見ててもらって良いっすか?」


 一也がそう吐き捨てるように言うと、彼は怒ったようにその場を離れながら呟く



「ちっ! 生意気な高校生だな……こっちは善意で言ってやってるのに……失敗し


て恥をかけばいいんだ」


 そんな皮肉を聞き流しながら一也は棒状にした新聞紙を四角く区切り、複数個重


ねて櫓を組み上げる。


 そこに、今度は木を新聞紙に立て掛けるようにして配置し。最後に棒状に丸めた


新聞紙の先に火を点けて、新聞紙で作った櫓の中央に挿してやった。


 すると、しばらくしてみるみるうちに火は燃え上がり、数分で辺りの木にも火が


付き始める。


 それを見て、周りの教師達が「おぉー」っと一斉に声を上げて喜んでいる。

 そんな彼等とは裏腹に一也は冷めたような口調で言い放つ。 


「一瞬の火力より。少しでも長持ちするようにしないと、新聞紙は燃えても、周り


の木は燃えてくれないっすよ? あとは風の通り道を作る事。これを守っていれば


火を点けるのなんて簡単っすから……それじゃ」


 そう吐き捨てるように言って一也は志穂達の元へと戻っていった。

 炊事場に戻った一也を見て、驚いた様子で志穂が駆け寄ってくる。


「どうしたの!? 喧嘩した?」

「ばか、終わったんだよ」

「えっ!? まだそんなに経ってないけど……」


 志穂が首を傾げていると、そこに突然、恵梨香が口を挟んできた。


「さっすがー。東郷大明神様は仕事が早いねぇ~」

「ちょっと、恵梨香!」

「だって本当の事じゃん。中学の時、皆言ってたよ? あいつは化け物かなんかだ


ーって――むぐっ!」

「恵梨香!!」


 志穂は慌てて恵梨香の口を塞ぐと、一也に苦笑いを見せた。


「大丈夫。皆本気で言ってたわけじゃないよ。それに、一也の事。何でも出来て凄


いって私はいつも頼もしく思ってるよ?」

「ああ、別に良い気にしてねぇーし。良いよそういうの……ちょっと風に当たって


くるわっ」


 そう言い残してその場を去って行った。それを心配そうに見つめる志穂。

 一也が木陰に寝転んでいると、しばらくして志穂が呼びに来た。

 徐ろに起き上がった一也が、志穂に付いて行くと、小学生達の楽しそうな笑い声


が聞こえてくる。


 その声を聞いて一也もほっとしたのか、顔を綻ばせた。そこに玲奈が2人を呼び


にきた。


「生徒会長、一也さん。もうお肉が焼けてますよ。早く行きましょう? 無くなっ


てしまいますわ!」

「お、おう」


 そう返事をすると、玲奈に手を引かれて一也も走り出す。

 その光景に志穂は悶々としながらその後に続く。


 昼食を食べ終えると、その後は班で森の中を散策するらしく。一也達も教職員に


混ざって森の中の見回りをする。


 だが、見回りと言ってもそれほど重要なものでもなく。複数のコースを選択して


生徒達が選択し、一也達はそのチェックポイント付近を周り、ちゃんとリストに載


った生徒達の班が通過してるか確認する程度の事だ――。


 一也含む生徒会メンバーが任されたのはCコースの見回りを担当する事になった


 生徒会メンバーが前を歩き、一也はその後ろを歩きながら辺りを満遍なく見渡し


ていた。


「特に何か問題はなさそうですね。会長」

「そうね。そうだ、八島さん!」

「はい、何ですか? 会長」

「八島さんはいつも本読んですけど、どんなの読んでるの?」


 志穂は前を歩く八島にそう尋ねた。彼女は緑色のポニーテールを揺らしながら振


り返る。


「主に伝記ですね。後は、宇宙人とか歴史なんかも興味があります」

「へぇ~、意外……。八島さんってもっとファンタジー物とか読んでると思ってた


のに」


 驚きながら口を抑えてそう言った志穂に八島が言葉を続けた。


「子供の頃はファンタジーも良いなと思ってましたけど……私、気付いたいんです


。この、私達が今いる世界も不思議な事で溢れてるって。だから……今、私の中は


探究心でいっぱいなんです」

「なるほどね。そういう考えも素敵だよね!」

「はい」


 志穂と八島は楽しそうに話ているのを一也はじっと見つめ呟く。


「なんだ、上手くやってるじゃねぇーか。志穂のやつ……」


 そう言うと微かに笑みを浮かべている。

 一也は幼馴染として、志穂の事を大事に思っていた。志穂は子供の頃は人見知り


で、引っ込み思案な性格だった。


 いつも一也の背中を追いかけ、隠れているような女の子で、今のように積極的な


感じになったのは中学に入ってからのことだ。

 だが、その真意は一也には分からない――。


 その時、一也達の元に女の子数人の悲鳴が聞こえてきた。


「な、なに今の声ッ!?」

「大人の人を呼んできた方が、よろしいでしょうか?」


 志穂と玲奈がその声を聞いてそう言い合うと、一也の表情が一変してその声のす


る方に駆け出す。

 志穂がそれに続こうとすると、横目でそれを確認した一也が叫んだ。


「志穂! お前達は先生を呼びに行け! 生徒は俺に任せろ!」

「ちょっと、東郷くん! 勝手に行くとかマジありえないし!」

「いいよ恵梨香。一也にもきっと考えがあるんだろしさ、私達は先生達を呼びに行


こ!」

「そうですわね。わたくし達では何も出来ませんから……」


 生徒会メンバーは皆頷くと、森の中を走り施設の方へと向かった。

 悲鳴の方へと走りながら、頭の中で不安が過る。

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