§6-4
「ほんっとガラじゃない……ッ!!」
どうして堕天使の自分が〝
眼下に座り伏す〈メフィストフェレス〉の姿を認めながら、ルーシィは舌打ち交じりに苛立ちを吐き出す。
機体の修復を終えたのと同時に、すぐさま〈メフィストフェレス〉を引き連れて基地を飛び立ったルーシィは、この廃ダムがある地点まで一直線に飛び込んできた。
文楽に乗られることを頑なに拒んだ手前、彼にもしものことがあれば自分も後味が悪い。フェレスを連れてきてあげたのは彼女なりの義理立てのつもりだった。
「まったく、ほんと世話の焼ける妹よね」
両手に握った〈
蝙蝠の羽根に備え付けられた幾つもの推進器は、稼働を繰り返しながらあらゆる方向へ推進力を与え、尋常ならざる機動を可能とする。繰り返される縦横無尽な急加速の繰り返しは、中に人間が乗っていればあっという間に挽肉にしてしまうことだろう。
この特殊な形状の推進器は、人を乗せないことを〝欠陥〟でなく〝特徴〟と見なすことにした人類が彼女に与えた自由の証だ。
「コラそこっ! うちの生徒に何してんのよ!!」
ゲーティアに汚染された
まるで猟犬を獲物に差し向けるかのように、右手の人差し指で方向を指し示して、周囲を滞空させていた〈
四本の剣が
同時に〈ルシフェル〉の動きがが、ゼンマイの切れた人形のようにぴたりと停止する。
機操人形は
単純な機構の〈
だが操縦者を持たないという〝特徴〟を持つルーシィにとって、この決定的な隙は彼女が持つ唯一にして絶対の構造的欠陥なのだ。
そんな〈ルシフェル〉に対し、ゲーティアたちは次々と重火器を向け、内部に炸薬が詰められた榴弾を次々と浴びせかけた。
黒色をした装甲の表面に、血しぶきのような赤い炎が散る。
『先生! 大丈夫ですか!?』
ルーシィによって窮地を救われた訓練機から、慌てふためいた訓練生の声が上がる。
爆炎と噴煙の中から、嘲り笑うような声が厳かに響いた。
「馬鹿ね。こんな粗末な炎で、
黒煙の蓑を引き裂いて、二本の〈
同時に、装甲を焼かれた〈ルシフェル〉が巨大な推進器の翼を広げ、纏わり付く噴煙を吹き飛ばし姿を現す。まるで蛹から羽化した、黒い揚羽蝶を思わせる艶姿だ。
自分へ砲火を浴びせた敵へ急加速で接近したルーシィは、突き刺さった〈
機械油の返り血を浴びて戦場の空に君臨するルーシィは、墜落していく敵へ向けて微笑むような声色で言い放った。
「私を火あぶりにしたいんなら、あと一千万ギガジュールは足りてないわね!!」
『あの、先生……それ、核弾頭とかの威力ですよね?』
「そうだけど、何か文句ある?」
ルーシィに救われた訓練機から、感嘆とも呆れともつかない気の抜けた声が上がる。
声を聞いて、ふと気が付く。この生徒は確か、以前訓練中に文楽へ私闘を挑んで返り討ちにあった三人の不良生徒たちの一人だ。
気付いたと同時に、残りの二人が操る二体の僚機が彼の元へ集まる。彼らが作戦に参加していたのは意外だが、この混戦の中で未だ無事で居たこともそれ以上に予想外だった。
「残ってるのはあんた達だけ?」
『墜とされないのに必死で他がどうなったかまでは……』
「仕方ないわね。あんた達は撤退支援、後はこっちで引き受けるわ」
指示を受けた三体の訓練機は、互いに距離を取って編隊を組みながらルーシィの元を離れる。彼らはああして三人で連携を取ることで、訓練生ながらこの混戦を上手く生き延びることができたのだろう。
もし彼らが誰かと戦う為にあの連携を磨いていたのだとしたら――自分も中々教育者として上手くやった方かも知れない。
ほくそ笑むルーシィの元に、地上を飛び立った〈メフィストフェレス〉が近づいてくる。
何やら長いこと時間が掛かったみたいだが、文楽はどうやら機体へ乗り込んだようだ。
『すまない、ルーシィ。遅くなった』
「この私を待たせるなんて良い度胸ね、このポンコツ有機体!! 私情のもつれを戦場に持ち込むんじゃないわよ!!」
『いや。謝りはするが……お前は何か多大な誤解をしている』
『ありがとうございました、ルーシィさん。おかげで文楽さんと仲直りできました』
「良かったわね、フェレス。でも
束の間の会話を繰り広げる二体と一人の間に、放たれた榴弾が突如割り込む。
〈ルシフェル〉と〈メフィストフェレス〉は互いに距離を取り、敵の攻撃に身構える。敵の攻撃は、損傷を負ったルーシィの方へ特に集中しているようだ。
ゲーティアに支配された兵器は一貫した原理によって統制されている。それは敵の中で最も撃墜しやすい機体を優先して狙い、戦力の減衰を図るというもの。
その目標を選択する基準はごく単純で、例えば損傷を負っている機体や、被弾率が高く攻撃が当たりやすそうな機体が優先される。
つまりこの場合、既に被弾しているルーシィの方が優先的に狙われることになる。
彼女はそうなると分かっていて、わざと攻撃を受けてダメージを負ってみせたのだ。
「ザコはこっちで拾ってあげる……けど、あんたに撃てるの?」
『あいつは俺の蛇だ。けじめは、俺自身の手でつける』
「ふーん。ちょっとはマシな直り方してきたわね」
ルーシィは感嘆の声を漏らす。
言葉から、迷いが消え去っていると気付いたからだ。
「何か
『戦う理由を思い出した。それだけだ』
「理由? それって――」
一体、何を思い出したというのか。
尋ねようとしたときにはもう、文楽たちは飛び去ってしまっていた。
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