§4-6
厳かな声が、戦場に響き渡る。
『〈
頭上に広がる分厚い雲を貫いて、二本の巨大な剣が一直線に降り注ぐ。
二本の剣はまさに放たれる瞬間だった〈
「この
頭上を覆う雲に空いた大きな穴から注ぐ光が太陽の光が、スポットライトのようにその姿を明るく照らし出している。
その光景はまるで、宗教画に描かれる、天から降り立つ
『情けないわね、自分の蛇に手を噛まれるなんて』
甲冑を思わせる銀色の装甲。
蝙蝠の羽根のような二対の巨大な多機能推進器。
天に向かってぴんと伸びる黒檀色の角。
与えられしは〝天より堕つ輝く者〟の名。
『救いを求めなさい。神に代わって、この私が助けてあげる』
第一の大罪――〝傲慢〟の〈ルシフェル〉。
人類が生んだ最初にして最強と言われる
『かっこよすぎですルーシィ先生!! あと助けてください!!』
相変わらず【雀蜂型】と攻防を繰り広げていた留理絵が、喜び勇んだ声を上げる。
よく見ると彼女を追いかける敵の数が何機か減っている。
どうやら彼女も見えないところで頑張っていたらしい。
『あら、留理絵も居たの?』
「問題ない。こいつは事情を知ってる……それより、来てくれて助かった」
『礼は要らないわよ。これはあなただけの問題じゃないんだから』
〈メフィストフェレス〉と〈リヴァイアサン〉の間に割り込んだ〈ルシフェル〉は、変わり果てた妹の姿を
『久しぶりね、レヴィア。ちょっと見ない間に随分と無様な姿になったじゃない』
『ルーシィ姉さんこそ、相変わらず美しくてイライラするよ』
『できることなら、喜べるような再会をしたかったわ』
『今からでも遅くないさ。姉さんにはこの喜びを分けて上げたいよ』
『私の幸福は私が決めるわ。そんなザマになることが、幸せだなんて思えない』
羽根のような形状をした〈ルシフェル〉の多機能推進器。その裏側に固定されていた四本の刀剣が、ふわりと独りでに浮き上がる。最初に降り注いだ二本と合わせて六本の剣が、〈ルシフェル〉の周りを円を描くように旋回を始める。
舞い踊る六本の刀剣――打突型機操人形〈
突き刺す。切り裂く。両断する。
〈
ただそれだけという単純明快さが、〈ルシフェル〉の不敗を支える強さの本質だ。
『文楽、あんたは留理絵とザコの掃除。レヴィアは私に任せなさい』
まるで掃除当番でも割り振るように言い放ち、ルーシィは機体を急加速させる。
文楽は急いで機体の状態をチェックし、留理絵を援護するために機体を旋回させた。
「フェレス、残弾はどの程度だ?」
「ほとんど残ってません。兵装を近接武装に切り替えます」
「それはいいが、使えるんだろうな?」
「大丈夫です!」
フェレスが力強く言い切ると、〈メフィストフェレス〉が機体の背部から棒状の武器を抜き取り、両手で捧げるように握り締める。
同時に立体映像のフェレスの手にも、同じ形状をした武器が握られた。
それは、湾曲した刀身を先端に備える巨大な鎌だった。
「これなら、箒の扱いで馴れています!!」
「……逆に不安になってきた」
死神が振るうような禍々しい形をした大鎌も、フェレスが握ると掃除道具の一種に見えてきてしまう。
「桂城、機体の動きが悪いならそれで構わない。弾幕を張って援護を頼む」
『おっけー親分! やっちまってください!!』
「調子良いなお前」
威勢良く叫んだ留理絵は機体を急速反転させ、自分を追いかけていた【雀蜂型】へと向けて射撃を開始する。
援護だけでいいと言ったはずなのに、いきなり一機の戦闘ヘリが留理絵の射撃によって蜂の巣にされた。つくづく気分で技術が上がり下がりする性質らしい。
留理絵が空けた陣形の穴に向けて、文楽は機体を滑り込ませる。戦闘ヘリは格闘戦能力を持たない。二体掛かりならば苦戦することもないだろう。
一方、文楽たちの遙か頭上では、
『邪魔しないでよ姉さん! マスターをあの人形にこれ以上乗せたくないんだ!!』
〈ルシフェル〉は〈
『あれだけ人間嫌いだったあんたが、そこまで固執するなんて……その隙をゲーティアにつけ込まれたわね』
『人間の道具に成り下がってる姉さんに言われる筋合いはないよ!!』
『なっ……言ったわね!? 一千万回謝っても許さない!!』
『喰らい尽くせ! 〈
『〈
四本の〈
対するレヴィアは巻き付くような軌道で〈
プラズマの壁に弾かれた剣が、次々と弾き飛ばされる。だが一本だけは壁の隙間を突いて〈リヴァイアサン〉の右腕に達し、彼女の握るライフルを弾き飛ばしていた。
急後退して距離を作りながら、レヴィアは苛立ちを露わにした声で叫ぶ。
『どうして受け入れてくれないんだ。姉さんにも、この声が聞こえてるはずだ』
『この雑音のこと? 耳障りなだけね。私には響かないわ』
『よく耳を傾けてみなよ。聡明な姉さんなら、分かるはずだ。ゲーティアの声は悪魔の呪詛なんかじゃない。
レヴィアの言葉を聞いて、文楽は背中にぞっとしたものを覚える。
自我を持つ人形たちにとって、ゲーティアとは一体何なのだろうか。
彼女の言葉は、今までずっと心の片隅にあった疑問に対する答えだった。
ゲーティアは人類の敵ではあるが、人形にとってもそうであるとは限らない。人形たちは自分の自我を持ちながら、人類の為に同族とも言える無人兵器と戦わされている
人形たちが変わらず人類の味方であるという確信は、一体どこからくるものなのか。
『レヴィア、解ってないのはあなたの方よ』
そんな彼の疑問に答えを与えたのは、今まさに妹同然に思っていた人形を相手に戦っている、ルーシィの言葉だった。
『私はか弱い人類を、自分の意思で守ってあげてるだけ。そもそも解放されるような鎖なんてどこにも無いのよ』
『そう思ってるのは姉さんだけだよ。今だって、便利な道具として利用されてるだけじゃないか!』
『だから神様の操り人形になって人類を殺せって? 冗談じゃないわね!!』
乱暴な口調で言い切ると、ルーシィは自機の周囲を旋回させていた〈
思わぬ攻撃に怯んだレヴィアへ一気に間合いを詰めると、ルーシィは再び〈
両手の剣を装甲の隙間へと突き刺し、すぐさま浮遊している別の剣へ持ち替える。次の刃が折れればまた次の剣を取る。まるで機関銃のように絶え間ない斬撃の乱舞だ。
『グぅっ……!?』
『人類抹殺? やるなら私一人の意思でやる! 誰の指図も受けない! それが神に背きし
舞い踊るような剣劇に合わせて、ルーシィは吼えるように言葉を叩き付けていく。
拡声機を通じた留理絵の声が、恐る恐る問いかえてくるのが聞こえる。
『な、なんかルーシィ先生、かなり物騒なこと言ってない……?』
「あれがあいつの仕様なんだ。残念なことに」
本当に彼女がやる気になったら、人類は7日もかからず滅亡するだろう。
口には出さず、心の中で黙示録の日を文楽はありありと思い描いてしまった。
そもそもルーシィだけでなく、全ての
【雀蜂型】最後の一体を、〈メフィストフェレス〉の大鎌によって両断した文楽は、頭上の〈ルシフェル〉へ向かって大声で呼びかける。
「無人機は片が着いた! あきらめろ、レヴィア!」
『おっと、さすがはボクのマスターだ。あれぐらいじゃ足止めにもならなかったね』
「ですから、文楽さんは私のマスターです!!」
フェレスが対抗心いっぱいに向かって声を上げる。
ふとレヴィアが機体の首を傾げながら、心の底から不思議そうに声を上げた。
『どうしてだ……どうしてお前には、この声が聞こえていない?』
「声、ですか?」
『そうか……ハハハハ!! ああ、分かったよ! なるほど、そういうことか!!』
レヴィアは何かの糸が切れたように大声で笑い始めると、機体を大きく後退させる。
壊れていると言えば、汚染された時点で壊れてしまったようなものだ――だが彼女の笑いには、どこか決定的な部分が外れてしまったような不気味さがあった。
『残念だよ、マスター。まさか君が、そんな*紛い物*に騙されるだなんて』
「あいつ、何を言って……?」
「文楽さん! レヴィアさんは混乱してるんです! 話なんて通じません!!」
レヴィアの声を遮るように、フェレスが大声で文楽を引き留める。
――こいつが、何の紛い物だというんだ。
乾いた笑いを上げるレヴィアは、くるりと機体を旋回させて文楽達に背中を向ける。
『今日は出直すことにするよ、マスター。次こそ君をその紛い物から奪い返してあげる』
そんな意味深な一言を残して、〈リヴァイアサン〉は遙か彼方の空へと飛び去っていく。
機体の姿が地平線の彼方へ消えて見えなくなった頃、フェレスがぽつりと呟いた。
「行ってしまいましたね……文楽さん、追いますか?」
「基地に戻って対策を立てよう。あいつはきっと、また戻ってくる。ルーシィ、お前はどうするつもりだ?」
『私も一度戻るわ。あの耳障りな音のせいで、あちこち調子が狂ったみたい』
「……ゲーティアの呪詛は、そんなに大きくなってきたのか?」
『ここ数年で急に波長が合ってきたわね。いくら
さしものルーシィであっても、呪詛の影響はそれなりに堪えるものがあったのだろう。機体の両腕で頭部の耳に当たる部分を押さえて痛がるような素振りを見せている。
頭の奥に、じわりとした痛みにも似た衝撃を文楽は感じる。
「フェレス……お前は、ゲーティアの呪詛が効いていないのか?」
「えっ? その、そういえば私もちょっと、調子が悪いような……」
「お前の性能が穴だらけなのは元からだ。良くも悪くもなっていない」
「うぅっ、頑張ったのにひどいです……」
まるで体中に回った毒が痛みへと変わっていくように、レヴィアの残していった言葉が、急速に一つの確信へと変わっていく。
留理絵の機体は
だがどうしてこの従順で我の弱い人形は、影響を受けてすらいないのか。
聞くべきではないと知りながらも、文楽は一つの問いを唇に恐る恐ると乗せる。
「呪詛というのは、例えばどんな音として聞こえるものなんだ?」
「えっと……呻き声たいな感じでした。呪詛という言葉の通りに」
「なるほど……そうか、よくわかった」
効いていないのではない――聞こえていないのだ。始めから。
文楽は苦々しい声で小さく答えて、じっとりと汗で濡れた手で操縦桿を握る。
〝虚飾〟の大罪――その本当の罪の重さに、文楽はようやく気が付くのだった。
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