第29話【心に舞う花2】
それから少しして、誠也は到着した。ナースに事情を聞いて来たらしく、大人しく部屋に入って来た。廊下には舞花の両親も来ていたが、2人は中に入るのを遠慮しているようだった。
「中に入らないんですか?」
誠也は廊下で両親に尋ねた。
「見守ってやってください。私達より舞花を支えてくれたと聞いています。今まで本当にありがとうございました。」
両親は誠也に深々と頭を下げた。誠也は、
「なんで、過去形なんだ?」
と、少々キレ気味で言った。その言葉が僕にも舞花にも聞こえた。
「誠也、来たみたいだな。」
僕は舞花に言った。舞花も頷いたが、待っても入って来ない。
「どうしたんだろう?」
僕は、気になっていたがその場から動けず、ただドアの方を見ていただけだった。そのうち、
「だから、何で過去形にしてんだ?って聞いてんだよっ!舞花、死んじまうみてぇじゃねぇかっ!お前らホントに親かよっ!親なら最後の最後まで望み捨ててんじゃねぇよっ!あいつは、毎日毎日必死に生きてんだよっ!これからも生き続けたいって思ってんだよ。それをなんだ?親が終わっちまったみたいな言い方してどうすんだよっ!そんな奴はここに入る資格なんかねぇよ!」
誠也の怒鳴り声が聞こえた後、誰かの泣き声が聞こえて来た。
僕は、
「何、泣かしてんだ?誠也は?」
と舞花に尋ねた。舞花はピンと来たらしく、
「・・・うちの・・・親だな・・・」
と少し微笑みながら言った。
「舞花の親?来てるなら何で入って来ないんだ?」
僕は何が何だかさっぱり分からなかった。
「入ってくんな・・・って言われてるよ。まぁ・・・その通りなんだけどね。」
舞花がそう言ったあと、誠也が部屋に入って来た。
「スマン!舞花の両親、泣かせちまった。アハハ」
そう言いながら入って来た手にはものすごい荷物だった。
「なんだ?その箱?」
僕は、舞花の手をそっと置き、とりあえず僕にも持てそうなかすみ草を受け取った。やっと両手でしっかりと箱が持てた誠也が、
「これ、あの喫茶店のマスターからだっ♪なんだと思う?」
と悪戯っぽく言った。さっき廊下で怒鳴ってたやつとは思えないほど無邪気に笑っていた。
舞花は、首だけ箱の方に向けると、
「なんだろ?・・・ツリーかな?」
と言った。
「おぉー!勘がいいねぇ♪・・・じゃあ正解な♪」
誠也はそう言うと舞花が見える位置に箱を置き、ゆっくりとその箱を開けた。縦長の箱だ。確かにツリーが入っているような大きさだった。
誠也はそぉ~っと箱を開けた瞬間、僕も舞花も驚きで言葉が出なくなった。
「すげぇだろ?実はぁ~、ホントは今日、あの喫茶店のあの席、俺たち3人でリザーブしてたんだぜ。タケルと2人でマスターを口説き落としたんだよな?」
誠也は得意そうに話した。
「んでよ、マスターも協力してくれて、今日はあそこでちょっとしたパーティーをやる予定だったんだ。けど、タケルの馬鹿が怪我しちまってさ、しょうがないからみんなが元気になったら仕切り直しって事にしたんだけどさ。今朝、マスターから電話があって、あのツリーをケーキで再現したから持って行ってくれって♪すげぇだろ?俺、感激しちまったよ♪」
誠也が子供みたいにはしゃいでいた。こんなはしゃいだ誠也を見たのは滅多にない。舞花も嬉しそうだった。うまく言葉に出来ないが、とにかく顔が嬉しさで溢れていた。
しばらくケーキを眺めていた僕たちだったけど、誠也が急に真面目に言った。
「今からマスターからの伝言を伝えるからよく聞けっ!・・・タケルもだぞ。マスターからの伝言!
”この世に不可能ってのは数えるほどしかない。たいていは不可能だと思い込んで諦めてしまうから不可能になるんだ。不可能を可能にしてる素晴らしい例が舞花だ。舞花なら不可能を可能に出来る。きっときっとまた3人でここに来てほしい。待ってる。”・・・以上!」
誠也の言葉に僕は我慢していた涙がとうとうあふれてしまった。ふと舞花を見ると、舞花も涙があふれていた。
「なんだよっ!なんで泣くんだよっ!俺は信じてるっ!舞花なら奇跡を起こせるって。俺たちが付いてるんだから出来るって!・・・なっ?」
誠也は必死に盛り上げようとしていた。その気持ちがひしひしと伝わる僕たちはもう涙を止める事なんて出来なくなっていた。
「泣くなよぉ~・・・」
誠也は段々弱々しくなって来た。そして、ついには3人で泣き出した。
3人がそれぞれ3人での思い出を思い出していただろう。
初めて出逢った頃から今日までの思い出がまるで今日一日で起きた出来事のように思い出された。
『舞花に逢えなかったら、僕はこんなに優しい気持ちを知らないでいた。これからもずっとそばにいてくれ!』
僕は何度も何度も心の中で叫んでした。
そんな時だった。
舞花が突然おとなしくなった。
僕と誠也は焦った。
「舞花っ?!」
思わず叫ぶと、舞花は優しい微笑みで、
「誠也・・・ありがとう。・・・タケル・・・ありがとう・・・私・・・行くわ・・・」
と弱々しい声で言った。僕は思わず、ナースコールを連打した。主治医とナースが部屋に入って来た。
主治医が舞花の様子を診ていると、舞花は、
「もう分かってるから・・・何もしないで・・・先生・・・ホントに長い間・・・ありがとう。」
と呟いた。医師は処置の手を止めた。
「先生っ!」
僕は、思わず叫んだ。
が、医師の顔はもうどうすることも出来ないと物語っていた。最期くらい舞花の希望を叶えようと言うのか?舞花からすべての器具が取り外された。舞花は嬉しそうに微笑んだ。ふと両親の方を見た舞花は軽く両手を挙げ、片方の手のひらを下にし水平に、もう片方をその手の甲から縦の状態でポンと上に弾いた。
それを見た両親は、部屋に入ることなく廊下で泣き崩れた。
僕は、舞花に聞いた。
「今何したの?」
舞花はニッコリ笑って、
「ここからじゃ・・・声が届か・・・ないから・・・手話で・・・ありがとう・・・って・・・」
放っておかれても両親は両親なのだ。きちんとお礼が言える舞花を僕は尊敬した。
「ねぇ、最期に聞かせて・・・1回だけ・・・聞かせてくれた・・・歌があったじゃん・・・タケ・・・ルも歌っててさ・・・」
舞花が僕たちの手を握り言った。僕と誠也は、たった一度だけ舞花の前で、舞花にだけ歌った歌がある。
それは、以前舞花が自分が3年生になれたらカバーしてほしい曲がある、3年生になるまで内緒♪と言っていた曲だった。あのあと、答えを教えてくれたから、一度だけ音なしで披露した事があった。今思えばあの時既に自分は3年になれないと予感してたのかもしれない。
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