贖罪の双魔剣王《ルシフェル》

夜神

第0話 「動き出す運命」

 高校2年生の冬休み。俺は生徒会の仕事で学校を訪れていた。

 何故ならば俺は生徒会に所属しているからだ。役職は会長……ではなく補佐役の副会長だが。

 だがそれも仕方あるまい。

 うちの会長職に就いている男は容姿端麗でスポーツ万能、加えて性格も良いというハイスペックな男なのだから。

 しかし、それが災いしてよく女子から引き止められたり、教師から仕事を任されることが多い。そのへんは同じ組織に所属する者として嫌に思う時もある。


「まったく……あいつはお人良し過ぎるんだよな」


 愚痴をこぼしながら生徒会室の前に立つ。

 普通ならば会長が真っ先に来て鍵を開けるのだが、俺達の代は会長は真っ直ぐ生徒会室に来れないことが多いこともあって俺が生徒会室を鍵開け当番になっている。

 まあ……部屋の開け閉めに関しては職員室に行って鍵を借りるだけだし、どうせ生徒会室には行くわけだからワンアクション増えたところで思うところは特にないんだが。

 加えて先生に仕事内容の確認もできる。立場的にそのへんのことはしっかりと把握しておかないといけないから都合が良いと言えば都合が良い。それ故にきっとこの体制のまま任期を終えることになるだろう。


「まあ無事に終えられるかどうか……あのバカがアホみたいな量の余計な仕事を持ってこなければだけど」


 生徒会がみんなの学校生活のために活動することは良いことだと思うが、さすがに優先すべき仕事があるときに安請け合いして新たな仕事を持ってこられるのは困る。

 その度に俺は小言を漏らしているのだが、正直何度言っても治らないので半ば諦めているのが現状だ。

 生徒会室の中に入るが中には誰も居ない。まあ鍵を開けた俺が1番乗りでなかった場合、それはそれで色々と問題が出てくるのだが。

 今日のやるべきことは集会の担当決めといった単独でできるものではないため、全員が揃うまで待とう窓側の席に腰を下ろす。

 窓から薄暗い空を眺めつつ、今日の段取りを考えていると扉が開く音が聞こえた。

 意識を向けてみると、入り口にはメガネをかけた黒髪の少女が。今期の会計を担当している同学年の涼風詩音だ。


「……おはよう」

「ああ」


 短い挨拶を終えると、詩音は普段使っている席に腰を下ろす。

 彼女との付き合いもそれなりになるが、お互い積極的に話すほうでもないのでいつも挨拶はこんな感じだ。それもあって沈黙の時間が流れても気まずさはない。


「……ねぇ」

「ん?」

「今日って何をするの?」

「聞いてるのは今度の集会の担当決めくらいだが……」

「あぁ了解。早く帰れるかどうかは、あのバカ次第ってことね」


 バカが指しているのは無論、我が校の生徒会長だ。

 生徒会長様をバカ呼ばわりとは……と思うかもしれないが、正直詩音よりも俺の方があいつのことをバカだと思っているので否定するつもりはない。むしろ誰かが否定したならば全力でそれを否定するだろう。

 数分ほど無言の時間が流れると、再び扉が開く音がした。直後、苛立ちを覚えてしまうほど元気な声が生徒会室に響き渡る。


「真紅先輩、詩音先輩、おはようございま~す!」

「……ああ」

「……おはよう」

「何だか機嫌が悪くないですか!? まさか……また会長が仕事を増やしたんですか!?」


 コロコロと表情を変える小動物のような少女の名前は愛澤麻子。書記を担当している1年生だ。ちなみに真紅というのは俺のことである。フルネームは黒崎真紅だ。


「もしそうだったら、あたしと真紅でバカに怒ってるから。今不機嫌なのはあんたがうるさいからよ」

「詩音先輩、それはあまりに直球過ぎます。わたしのハートはそんなに強くないんですよ。真紅先輩、副会長として詩音先輩に何か言ってください」

「詩音……まあ泣かせない程度にな」

「言われなくても分かってるわよ」

「何で許可出すんですか!? わたしはやめるように言ってほしかったんですけど!」


 いやだって、俺も詩音に近い感情を抱いてるから。

 などと言ってしまうわけにもいかないため、キャンキャン騒ぐ麻子のことはスルーすることにした。その行動に対して彼女はさらに騒いだものの詩音の怒声が響くと大人しくなる。

 さすがに怒鳴られてシュンとなる後輩を見ると可哀想だと思わなくもないが、まあいつものことなのでいつもどおりスルーすることにしよう。下手に構ってもまた騒ぎ出すだけだ。


「おはようみんな」

「皆さん、おはようございます」


 先に声を発して入ってきたのは、生徒会長である白河星也。

 爽やかな笑みに不快感は全くないが、この顔で仕事をもらってきたと言われた場合は苛立ちしか覚えない。全員が彼と同じスペックではないのだから。

 星也に続いて入ってきたのは、もうひとりの副会長である月島雅。

 大和撫子と呼べそうな容姿をしているため、生徒会の女子の中でも断トツで男子からの人気は高い。性格も良いため女子からの人気も高く、星也と同じように学校のアイドルと言える存在だろう。


「全員揃ったな……さっさと終わらせよう」

「あっ真紅、その前に少しいいかな?」

「ダメだ」

「ありが……僕、まだ何も言ってないのにダメなの!?」


 これまでの経験から言って、今のタイミングでこいつが言おうとしていることは厄介事の可能性が高い。いや、きっと余計な仕事をもらってきたはずなので厄介事でしかないだろう。


「ああ」

「ああって……普通はせめて話だけでも聞いてからダメって言わない?」

「いつ見ても思いますけど……真紅先輩と星也先輩って立場が逆に思えますね」

「人前に立つのはあのバカだけど、仕事量で言えばあいつのほうが上だろうから当然といえば当然でしょうね。雅もそう思うでしょ?」

「そうですね。ただ……現在のメンバーだと役職が違っていたとしても今のようになっていた気がします」


 何やら女子達が話しているようだが、星也がしつこく話しかけてくるため気にしていられない。

 本来ならば生徒会の仕事を優先したいところであるが、今のままだと話が進みそうにない。毎度のように思うが、何で星也はこういうときだけ子供っぽいというか譲ろうとしないのだろうか。


「分かった……先に話だけは聞いてやる」

「ありがとう真紅」

「……1回殴っていいか?」

「何で!?」


 むかついたからに決まっているだろう。

 そう返事をするのは簡単だったが、雅が「まあまあ真紅さん……」と制止に入ってきたこともあって、話を進めることにした。

 内心にある苛立ちをどうにか拡散させつつ自分の席に座ると、星也が机の上に1冊の本を置いた。表紙を見る限り、ファンタジーものの類だと思われる。


「何となく予想はついているが……それを何に使うつもりだ?」

「劇に使うんだよ」

「……何で劇をするんだ?」

「それはね、知り合いの子の妹さんが通ってる幼稚園で行われるはずだった劇が急に中止になったらしくてさ。だから僕達で代わりをできないかなって思って」

「それでやるって言ったわけか?」

「うん」


 子供のように頷く星也。そんな彼に俺は呆れてしまい、大きなため息をつくしかなかった。

 ――このお人好しの気持ちは分からんでもないが、俺達だけで劇というのは厳しいだろう。よくある昔話ならまだしも、目の前にある本のやつは小物だけでも準備に時間がかかるぞ。


「やるのはいつだ?」

「1ヶ月後くらいかな」

「さて、次の集会の担当でも決めるか」

「ちょっ真紅……!」


 食い下がってくる星也に俺は冷たい視線を返した。

 役者と道具係を俺達だけでやるとなると、1ヶ月で準備を終えるのは厳しい。その間にも生徒会の仕事はあるのだ。

 優先度で言えば、生徒会のほうが上。間に合わない可能性が高い。


「時間的に厳しすぎる。すぐにでも断って来い」

「でも……子供達は劇を楽しみにしてるんだよ」

「だから何だ? 俺達には俺達のすべきことがある」


 楽しみにしているということはそれだけ期待が大きいということだ。演劇部がやるならまだしも、俺達の劇ではがっかりさせてしまうだけだろう。


「中途半端なものをするくらいなら演劇部にでも頼みに行け」

「……真紅先輩って冷たいように見えて意外と優しいというか甘いですよね」

「そこがあの人の良いところですよ」

「というか、ああじゃなかったらこの生徒会は機能してないわよ」


 女子達は何をこそこそと話しているんだ。言いたいことがあるなら、はっきりと言えばいいものを。というか、彼女達は劇をやってもいいと思っているのか?


「あっ、言ってなかったけど演劇部には協力してもらえることになってるんだ。だから大丈夫だよ」

「こういうときは本当に手際が良いなこいつ……なら演劇部だけでやってもらえるように言って来い」

「いやさ、協力してくれる条件に僕達がこの本の主役をやってくれってのがあって」

「は? 何で演劇部に比べたら素人の俺達に主役をさせる?」


 俺の最もな質問に星也は、机の上にあった本を手にとってあるページを見開いた。

 そこに描かれていたのは二振りの剣を持っている黒衣の男と、聖剣らしきものを持っている白衣の男。話を読んでいないので正確性には欠けるだろうが、ふたりの関係性を表すならば魔王と勇者になりそうだ。


「その絵が何だって言うんだ?」

「僕も正直あれなんだけど、このふたりが僕と真紅にそっくりだって言われたんだ。だから主役を僕達でやってって」


 もう一度よく絵を見てみたが、そこまで似ているようには思えない。同じなのは髪色や瞳の色くらいではないだろうか。


「あのな……お前が主役をやるなら相手役は演劇部くらいじゃないと務まらないだろ」

「何で?」

「何でって……」


 そんなの俺と星也では能力差があるからに決まっている。これまでの経験からして、同じ時間稽古したとしても彼の方が上達するのだから。


「お前と俺にどれだけ差があると思ってるんだ」

「そうですか? わたしはむしろ真紅先輩しか務めらないと思いますよ」

「あたしも同意見ね。能力的に見れば星也のほうが全てにおいて上ではあるけど、あんたって身体能力や学力って学年でも上のほうだったでしょ」

「確かにテストとかの順位でも真紅さんが2番目とかにいるのは見ますね」

「雅……悪気はないんでしょうけど、それはあんまりよ」

「え……す、すみません」


 頭を下げてくる雅に身振りで別にいいからと返す。

 星也とはこのメンツの中でも古くからの付き合いだ。敵わないのは自分でも分かっているし認めている。そこを指摘されたからといって、怒るつもりはない。


「真紅さん……本当にすみません」

「別に怒ってないから。小動物が呼んでるみたいだからさっさと行ってやってくれ」


 雅は一瞬きょとんとしたものの、すぐに小さくだが笑い声を漏らした。彼女は、「あまりそういうこと言わない方がいいですよ」と言い残すと、本を覗き込んでいる麻子達のほうへと向かった。


「確かに先輩達に似てますね」

「まあ……そうね。役割は黒いのが真紅、白いのが星也ってことになるかしら」

「おふたりがケンカするのは見たくありませんね」

「……あのね雅、本気でケンカするわけじゃないから。あくまで演じるだけで」


 呆れたような詩音の返しに、雅は笑顔を浮かべた。きちんとしているようで、どこか抜けている。だから俺が余計に苦労しているのかもしれない。詩音がいなかったら……考えたくもない。

 感じる雰囲気からして、どうやら劇はやる方向になってしまったらしい。となれば俺だけが反対したとしても無駄なだけだろう。俺は降参だという意味合いを込めて、大きく息を吐きながら自分の席に座った。


「もう好きにしてくれ」

「真紅、それってやっても良いってこと?」

「ダメって言っても聞かないだろ。ただ子供達を落胆させるような結果になったといてもグダグダと言うなよ」

「うん!」


 劇をやることが決まったからか、星也のやる気は一段と増す。それもあってか、普段は俺の仕切りで進行するのだが星也が急いで生徒会の仕事を終わらせて本の内容を確認しようと言い出した。

 それ見た俺はげんなりとしてしまっていたが、女子達に生暖かい視線を向けられ続けるのも癪だったので気持ちを切り替える。

 その甲斐もあって今日行うはずだった生徒会の仕事はあっさりと終了。

 俺達は星也が持ってきた本を読み始める。出だしの内容はファンタジーものによくある現実世界から異世界に主人公が召喚されるというものだった。


「まあ予想はしていたけど……在り来たりな展開ね」

「在り来たりでいいんじゃないですか。事故に遭って転生とかよりも子供には分かりやすいでしょうし」

「そうですね。事故を演出するのは難しいでしょうし危ないです」

「……雅先輩って変に現実的ですよね」

「え、私……変ですか?」


 変といえば変だ。

 まあ雅の家はこのへんでも名が知られている名家なので大事に育てられた結果、世間知らずな部分があってもおかしくはない。ただ今のに関しては世間知らずと呼べるかは微妙だろう。


「今は読むことに集中しましょう……何で召喚モノなのに、自発的に異世界に行く場合の詠唱が小さく書いてあるのよ。見たところ、誰かの落書きみたいだけど……星也、あんた誰に借りたのよ」

「劇を行う予定だった人……からかな。これを使ってって渡されただけだし」

「あんたね……」

「まあまあ、カリカリすることでもないじゃない。落書きのことだって異世界に行きたいなんて夢があっていいじゃないか」

「そうですね。誰だって小さい頃は一度は異世界に行ってみたいって思いますし」

「異世界というのは、どのような景色が広がっているのでしょうね」


 無邪気な反応をする3人に詩音は呆れながら「現実に起こったら堪ったもんじゃないわよ」と呟いた。彼女の言葉は最もだ。剣や魔法のようなものが存在し、言葉が通じるかも分からない世界は危険だと言わざるを得ないのだから。


「試しに読んでみる?」

「は? あんた高校生でしょ」

「詩音先輩、高校生とか関係ないと思います。それに、たまには童心に帰るのも必要ですよ。劇を見せる相手だって小さな子供なわけですし」

「……勝手にすれば。あたしは死んでもやらないけど」


 麻子はまだしも、会長である星也までこれでは俺や詩音が苦労するわけだ。ある意味では大人と子供のバランスが取れているとも言えるかもしれないが。

 俺や詩音の呆れの混じった冷たい視線をよそに、星也達は本に書かれていた呪文らしき言葉を斉唱し始める。

 さっさと終わらないだろうか。

 と意識を窓の方へ向けた直後、突如床が発光し始めた。あまりに強い光であったため反射的に目を閉じてしまったが、魔法陣のようなものが見えた気がした。


「いったい……!?」


 何が起こっているんだ。

 と、続けようとした矢先に無重力になったのではないかと思うほどの強烈な浮遊感を覚えるのだった。



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