第31話 どうも犬君です。Gはついにざまぁ!! やった!!!
屑野郎はあの後、とんでもない失敗をしたようです。というのも、私が局に戻る際に、大騒ぎになっていたのです。
あの野郎、なんとまあ、と開いた口が塞がらないレベルのことをしやがったのです。
何をしたかって?
答えは簡単なものでした。皆さん箝口令と言う物はない状態のときに聞きまくったので、大変に口が滑らかだったのです。
「聞いてよ犬君! 光の君は恐れ多くも、東宮様の御后様候補のお方の所に、押し入ったそうなのよ!!」
「はあ!? ……失礼いたしました、あまりの事に取り乱し過ぎました。で、そのお方は一体どこの血筋のお方だったのでしょうか」
「聞けば貴方は大変な声で驚くと思うわ……藤壺様の妹様よ」
私はしばし沈黙しました。一生懸命に記憶の中の源氏物語の中の登場人物を引っ張り出します。
……いた、いました。そんな方。
非情に不遇なお方でしたね、このお方。何と登場したのはわずか数回、それも女三宮様の出自の紹介の際に出てきただけの方です。作中でしっかりと登場した事はまったくないと記憶しています。
このお方は、藤壺様の腹違いの妹様で、東宮様……つまりは朱雀帝様の御后として入内し、藤壺の壺ねを賜ったというのに、何という事でしょう、華やかで情熱的、そして何事も積極的で、世間の話題を一身に集める事になっていた、朧月夜様が尚侍として入ってきた結果、彼女の魅力と彼女の親の権威に押し出され、誰にも顧みられなかったお方なんです、はい。
このお方がどうして女三宮様を産む事が出来たかと言えば、それはまあ屑野郎が深くかかわった事件の結果です。
屑野郎が朧月夜様との密会を重ねた結果、それは露見しました。
朧月夜様はこの際に、入内は取り消しになりました。
この時にはすでに、原作では葵上様は死んでおり、右大臣は正妻としての結婚を申し出ますが、屑は責任を果たさず突っぱねました。
結果朧月夜様は、尚侍という屈辱の地位で朱雀帝の宮廷に上がるんです。
この事件だけでも、はっきり言えば弘徽殿のお方大激怒の世界なのですが、大激怒の中身はまだまだ続きます。
そして朧月夜様が尚侍になった後も、熱烈に密会を繰り返した事が、兄君朱雀帝にばれます。
その結果屑はあまりの事に須磨に流され、朧月夜様も実家に連れ戻されます。
弘徽殿のお方は、怒髪天を突く勢いだった事は想像に難くありません。
は? 私の妹に手を出して責任とらないって言ったくせに、なに浮気相手にしてんの? なめてんの? うちをどこの家だと思っているの! 帝を馬鹿にして!!!
なんて思ったに違いありません。
犬君は、原作を読んでいた時にはっきり思いました。
「うーわ、こいつ史上最悪の男だ。絶っ対許さねえ。手を出した女の子の父ちゃんが結婚してくれって言ったのは嫌って言ったくせに、またいいよって、女の子が自分のこと好きなのイイことに浮気してんの? お前この時若紫ちゃんに淫行罪しちゃった後だろうがよ。なにそれ。犯罪者以前の問題だわ、ふっざけやがって、モテ男としての素行マイナスすぎるわっ!!」
そして朧月夜様が、再び出仕し、朱雀帝に許されてまた、大事にされるまでの間に、ある程度の期間が生じています。
そう、その期間の間に、女三宮様の母君は、ご懐妊したわけですよ。
しかし待望の男児でなくて女児。
このお方の失望はかなりのものでしたし、色々気苦労が重なった結果なのか何なのか、呆気なくこの世を去っているんです。
そして産んだ可愛い姫君は……朱雀帝に溺愛され過ぎた結果、歳よりも子供っぽい精神に育ち、悲劇である柏木との密通事件が起きてしまうといった有様。
そう、藤壺様の異母妹様は、そんな悲劇を生み出してしまう運命の、破滅の女性なわけですよ。
「藤壺様の妹様の所に押し入ったって……皆さま、それってもしかして、藤壺様への変な執着拗らせた結果とかじゃ」
「今皆でそんなことを話していたのよ、藤壺様がある時からきっぱりと、光君様を突っぱねるようになったので、もしかして気持ちの悪い言動でもされたからじゃないかって」
「私たちがいるから、間違いなんか絶対に起きていないし、犬君のあの大騒動が起きた後は、藤壺様はあなたを守るって言っていっそう、光君様を近づけさせなかったもの」
「……私藤壺様の乳母子だから、いうんだけど……」
不意に、近くでしんどそうにしていた女性が、口を開きます。
彼女は確か原作の中で、藤壺様のすべてのスケジュールを知っていた女性、乳母の子供ですね。
「あの方、すごく粘着質な事を言い出すから、気味が悪くなった事があったの、まさか藤壺様に汚らわしい欲望を抱いていたなんて……ああ、あの時近寄りたいといったのを突っぱねてよかった」
「そんな買収まがいがあったの?」
皆様聞きます。彼女は疲れ果てた声で言います。
「私に甘い言葉を並べて、近寄りたいといったのだけれど……とても嫌な予感がしたから、踏みとどまったの」
「えらいわ貴方! 間違いが起きる前に、藤壺様をお守りできたんだから!!」
「ええ……ごめんなさい、これから衝撃を受けていらっしゃる藤壺様の所に行かなくては……犬君は、姫様のもとに行くんでしょう、自分の義理のおば様が、そんな目に遭ってしまったのだもの、姫様も今夜はゆっくり眠れないわ……」
「ええ、参りますよ」
それはこの話を聞いた時点で行うべき行動です。私はすぐさま衣類を整えて、姫様のもとにはせ参じました。
姫様は几帳台の上で震えていらっしゃいます。
周りには犬君をはるかに上回るものを持ったお方たちがいましたが、彼女たちは私を見てほっとした顔になります。
「ああ、犬君、早く来られてよかったわ、あなたの局が渡殿の方だから、皆の合間を縫っては来られないと思っていたの」
「姫様が、誰も寄せないでというから、お慰めもできなくて」
「どうしたらいいかしら……」
「申し訳ないのですが、どなたか、白湯を持ってきてもらえませんか?」
「白湯を?」
「怖気のあまりはらわたまで冷え切ってしまっているのかもしれません、そういう時ははらわたを温める、白湯を」
「ええ、分かったわ。あなたなら、姫様も近寄っても怒らないでしょうし」
そんな会話の後、私は姫様の前に行きました。
「姫様、姫様。犬君が参りましたよ。入ってもよろしいでしょうか?」
「……犬君? ああ、犬君……!!」
私が近寄ると、姫様は私の衣類を掴みました。そしてがたがたと震えた声で言います。
「なんておそろしいの、なんてことなの、なんてきもちわるいの!! 光君は、お母様の親族の女性は、皆お母様の鏡やお人形のように思っているのだわ! 皆、お母様を映したものだと! でなければ、お母様に言い寄って、わたくしと語り合おうとして、挙句の果てによっぱらって入内が決まっている伯母様を襲いに行くなんて出来っこないわ!!!!」
手も恐ろしさのあまりでしょう、冷え切っております。だから私はその手をさすって、抱きしめて、言います。
「汚らわしい欲望です。あんな男の元に行く事にならなくって本当に良かった。おばあ様の決断は正しいものでしたね、あの時にうんと言わなかったのですから。言っていたら、全ての欲望は姫様に押し付けられていたに違いありません」
「ああ、犬君、あなたが夢のお告げを信じて、ここに連れて来てくれて本当に良かった!!」
姫様が泣いております。安堵の涙であるといいのですが。
「今回の事は、あまりのことだからお父様も激怒なさっているの。ただ伯母様にしつこいだけなら大目に見られたけれども、入内の決まった姫君に対してあまりにも無礼だと。日嗣の皇子への反逆の意思があると」
そりゃあいい事です。さすがの馬鹿で屑野郎も、馬鹿さ加減に気付くでしょう。
どっかに島流しにでもなってしまえ……と私は内心で思いました。
翌日、超特急で光君への処罰が決まり、何と奴は葵上さまと離縁、そして須磨に流される事になりました。
やろう、そこで一生田舎暮らししてろ。婿入りして重圧たっぷりな明石入道を舅にして、一生都に戻れないのに都に戻る夢を見てろ……と犬君は真剣に願いました。
恨んで怨霊だの生霊になられても困るので、夢を見ているくらいがちょうどいいわけでありますよ、あはは。
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