どうも犬君です、知らない間に起きていた出来事に驚天動地です。
本日の宴は帝主催ですが、おおむね藤壺様の殿舎メインです。
そしていつも、桐壺帝に愛されているが故に彼女が気に食わない、と噂の弘徽殿の女御様も、姉妹を連れて宴にご出席なのです。
そこで朱雀君と姪の対面があるとかないとか……と言う噂も、あっという間に広まってます、もはや公式のご対面なんじゃ、と思う私はおかしくない。
みやびやかな歌のやり取りだったり、競争だったりが繰り広げられております。
そこで蛍帥宮様が、歌の評価を辛口気味にしておりました。
流石私のお師匠様です。こう言った時に活躍する、そのセンスの良さが非常にいい!
皆さんも、
「さすが蛍帥宮様だわ……素敵」
と口々に言っております。蛍帥宮様がそう言う株をあげていくのは、私、姫様が褒められる事の次位に気分がよくなります。
歌が壊滅的だった私を、まともになるまで導いてくれた人なのですから。
「それにしても、今日も蛍帥宮様のご衣裳は素敵だわ」
「評判のいい女房達がいるとのことよ」
「色の具合がとっても華やかなのに、品がよくって、あれこそ宮様って感じだわ」
「それを言ったら、光君も負けていませんよ! 光君のご衣裳もとても調和しあっていて」
「あれこそ葵上さまの裁量と言うところでしょう? あんな素敵な物を考えてくれる妻をどうしてないがしろにしたのかしら!」
よし、計画通りです。犬君は心の中でこぶしを握り締めました。
だってですね、数日前に宴の事を聞かされてから、手紙を葵上様に送っていたんです。
中身は簡単。
「光君のご衣裳を整えると、葵上さまのすばらしさが世間にさらに広まります!」
と言う中身です。なぜそうなるのか、と言う理由もちゃんと書きました。
「葵上さまは宴には参加しないので、夫の光君だけが世間に見られがちです。しかし衣装は妻の裁量次第! 光君の衣装で、おそらく左大臣家の色々なものが邪推されます! という事は、光君に一番似合う最高のものを用意すれば、左大臣家のすばらしさも広まります!」
と言う中身です。この時代夫の衣類は基本として、妻が用意します。通いどころがない屑野郎の衣装のあては、亡くなったおばあさまの家の女房もしくは、葵上さまの所のみ。
ここで奴が貧相な物を着たら、さっそく左大臣家が嘲笑われ、葵上さまも笑いものにされます。
しかしそれを逆手に取り、素晴らしいものを用意する事で、葵上さまの方のすばらしさ、夫を全然ないがしろにしていませんよ、と言う主張が出来るわけなんです!
そして葵上さまの株が上がれば上がるほど、
「こんな素敵な出来た妻をないがしろにした、光君(笑)」
という感じにできるんです。犬君の遠回しなボコり方ですね。ついでに言えば、左大臣家に傷は一つもつきません。
……まあ、結婚を斡旋した桐壺帝の、浅慮と言う奴は言われましょうね。しかし桐壺帝も、最近は屑の所業を調べて、残念さにため息もつくそうですから。
溺愛だけで盲目になっていたところも、目が覚めていくでしょう!
「ああそれにしても、本当に華やかですわ」
女房の先輩の方が言います。ちょっとお酒をお飲みなので、うっすら顔が赤くなっていて、色っぽいです。
この美人っぷりが、御簾ごしに気付かれていないかはらはらします。
「犬君、こっちでお酌」
「はいはい」
「犬君、こっちで少し風を通して」
「はあい」
「犬君、少しばかり仰いでくれないかしら」
「皆さま便利に使いますね!」
「だって犬君だもの」
「若紫様の遊び相手だったけど、裳着の時の腰結いは桐壺帝さまだったけど」
「あなた人の世話を甲斐甲斐しくするの、好きみたいなのだもの」
「だって皆さまが美人でいらっしゃるから! 美人のお世話なんて楽しいじゃありませんか。それに皆様の御心もいいですし、犬君は姫様を、なんていいところに連れてこられたんでしょう!」
「誰か誰か、犬君がお酒飲んでないのに酔っぱらったわ」
「匂いかしら。犬君、そこでお酌しながら倒れないでね」
女房の皆さまのやり取りを、藤壺様が嬉しそうに見ております。
そろそろ、姫様と髭黒中将の対面があるんです、御簾越しですけど。歌のやり取りの取次ぎを、私はしなければなりませんし。
酔っぱらっている暇はない!
と思っていた時です。
「おやおや、楽しんでいるご様子。……っ」
御簾の向こうから声をかけてきたのは、屑です。さっき朱雀君のお願いで、舞を舞って大評判してた野郎です。
何の用事だと、少し距離を置きながら様子を伺いましょう。
「そちらにおはしますのは、日の宮様?」
「いいえ、わたくしはお母様ではありませんわ」
御簾の向こうでも、マザコンズアイが、何かをキャッチした模様です。日々いっそう美しくなっている姫様が、柔らかくおっとりとした声で答えます。
本当は女房の誰かが取り次ぐのですが……いきなり近くに現れたヤツにきゃあきゃあして、答えなかったのです。
私はと言えば、藤壺様の前世の娘、なんて事を言えば確実に興味をひくとわかっていたので、答えが一瞬出てこなかったのです、不覚!
「とても……日の宮様によく似ていらっしゃるお声だ」
「まあ、お母様に似ているなんて。おじさまは幼い頃のお母様をご存知?」
これは痛烈な皮肉になったでしょう。犬君が普段から姫様に、
「若い顔をしていても、年を取っている人はおじさまですからね。見た目だけに騙されてはなりませんよ」
と教え込んだ成果です。若くていつまでも麗しい、と絶賛されている奴にとって、これはとんでもない侮辱に当たりますが、ここでは姫様の方が格上なんです! 怒鳴り散らすような真似は出来ません。押し入るならば、犬君が掴みかかって仕留めます。
案の定、言われた事のない言葉に、奴は目を白黒させています。
姫様はにこにことしていらっしゃいます。が、目が笑っておりません。あれ、姫様……?
「思い出したわ、犬君に無礼な求婚をして、振られた殿方ですわね」
ごっふっ、と誰か近くの公達が噎せました。よく聞こえます。屑は更に硬直しております。
「わたくしの家族のような犬君に失礼な振る舞いをした殿方なんて、お喋りしたくありませんわ」
さらっと犬君に対しての殺し文句みたいな事を言った姫様は、それっきり、屑が何を言っても話しませんでした。
というか、完璧な無視をしました。女房達とご機嫌でおしゃべりしたり、歌の感想を言ったりしているのに、屑の話し声だけ無視。
主がそのノリなので、我々もその流れをくむ形で、屑をスルー。
女房の皆さまも、これがだんだん楽しくなってきたご様子。だって相手はすがり掴んばかりにお喋りしたいらしいんです。
普段殿方の訪れを待つ側の皆さま、意趣返しと言わんばかりに無視を楽しんでいます。
しかし、面白いと野次馬が現れだし、野次馬の中に女房のどなたかの恋人とかも現れ、もう混沌です。
混沌すぎて、帝の近くにいる藤壺様は、様子を見るばかり。やりすぎれば、止めに入ってくれるでしょう。だから大丈夫です。
彼女は、私の屑嫌いをよく分かっているので、簡単には私を止めたりもしません。
そんな中、とうとう本日の大事な殿方が現れました。
直衣がとても様になる、背筋のぴしいっとした方です。匂いも程よい感じにしてあって、厭味ったらしくないです。
「姫様、髭黒様がいらっしゃいました」
先ぶれの童が声をかけ、姫様がにっこりと微笑みます。童はその笑顔に真っ赤です。
「先ほどの御歌の方ね」
髭黒様は御簾の前、屑の隣に座り……衝撃が走ったような顔をしています。
姫様も、目を見開いております。
そして私を近くに寄せて呟きました。
「犬君、わたくしの初恋の人にそっくりだわ……」
「いつ初恋なんて」
「雀の子を見たいと言ったら、取ってきてくれた方がいたの、いつも皆に内緒でおしゃべりしてて……祈祷の効果があって病気が治ったから、都に帰ると言って、大きくなってもここにいるようでしたら、今度はもっと珍しい生き物を持ってきますよって」
「しかしそれでは相手の反応の理由が分かりません、こちらの顔は見えないのですから」
こそこそと言いつつ、犬君は信じられないと思いました。だって姫様が、私の知らない間に初恋を済ませていたなんて!
「子ども扱いしてほしくないから、歌を詠んだのに、女の子らしくておませな子だ、もっと素敵な方のために歌は取っておきなさいっていった年上の方……」
ちなみに、女の人の方から歌を贈ると、それだけで直球のラブレターです。体をゆだねてもいいという発言になります。
姫様なんて言う危険な事を……! って、あんな美少女にそんな事されたのに、大人の余裕と理性で対応したその初恋の殿方、ステキ! と思います。
理性なく幼女誘拐拉致監禁とか、するやつとえらい違いです。
やり取りをする間に、もうし、と声がかけられます。
「ここは大変に華やかで天女の様な方々がいらっしゃいますね」
髭黒様が、感心したように言います。そりゃあ藤壺様の女房達ですから。
姫様の女房と公にしているのは、犬君だけですけど。
「楽しんでいますか」
髭黒様が柔らかい言葉で聞いてきます。つまらなくありませんか、と優しい声で。
「(咲くのに飽きてしまえば散ってしまう花の木、どうか今だけでいいから色あせないでくださいな)」
こういう時に、ぽんっと歌で、つまらないと顔を曇らせないでくださいね、と言って、一気に場を盛り上げる髭黒様。
屑が歌の一句も読まずに、何とか姫様と会話しようとしたのとは違います。
「ええ、皆さま歌がとても素晴らしくて素敵です。あなたの歌も聞いていましたが、私ならこう返しますわ」
ちなみにこの発言は私が代役をしております。まずは代役が喋るのです。平安の基本、代役。
しかし姫様は、すっかり警戒心を解いたご様子です。初恋の人そっくりの、さらに大人びた素敵な人ともなれば、分かりますね。
さらにこの人との縁談が進んでいると、聞いたわけですし。
「(花が散っても色あせない物もいろいろありましょう。遠い昔だって、色あせないまま胸の中で燃えているのです)」
ちなみにかっこの中が歌です。姫様のお年頃らしい情熱的な歌の、やや謎かけめいたミステリアスさ。ほかの女房の皆さまもびっくりして姫様を見ていますし、あちこちで
「さすが藤壺様の御娘君」
「歌の才覚も素晴らしい……」
「前世のご縁という事だが、これだけのことができる娘君と言うのも鼻が高い」
というように、賞賛が聞こえてきます。
「(遠い昔から燃えているという花、その花のように育つのはいつのことでしょうね)」
これを好機と屑が割って入りますが、姫様は完全に無視してます。さすがにここまで露骨だと、周りもくすくす笑います。
あ、ちょっとやな予感がしてきました。
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