第二章 レール上をひた走り 3-4
3-4
「とんでもない人でなしだな、俺は」
御影奏多はホログラムウィンドウを消去した腕をだらりと下げると、自嘲の笑みを浮かべた。
エボニー・アレインの性格は、御影も嫌というほど知っている。ノゾムを助けたことをアピールすれば、お人好しな彼女がその後の嘘を見抜けないであろうことはわかっていた。いきなり検問の担当場所を聞いても警戒するだろうから、最初にわかりやすい間違いを自信満々のようにみせかけて提示するところまで、全て計算づくだった。
学生警備が環状高速道路の検問を担当し、さらにその場所が第一高校に一番近い西側であることも予想していたが、その確証が欲しかった。細かい位置は現地で確認するしかないだろうが、今はこれで十分だ。
御影側に手段を選んでいる暇はない。だからこそ、あの学生警備を利用することも辞さなかったわけだが……このような詐欺まがいの行為を初めてやったにしては、あまりにも自然に振る舞えていた自分の人間性を疑いたくはなってくる。
「……さて。次どうするか」
中央エリアに侵入する策は、あるにはある。だが、どれもこれも現実的とは言い難い。さらに言えば、御影が敵に姿を見られることなく侵入するのは少々理想論過ぎる。ルークに増援を頼むという選択肢もまた存在しない。そんなことができるのなら、最初から御影の力を頼ろうとはしていないだろう。
侵入の経路は決まった。敵の目をどうごまかすのかについても算段がついた。だが、あと一つ。あと一つ、計画を完成させるためのピースが足りない。
「……やっぱ無謀だったかな、こりゃ」
これで保護対象が、もう少しわかりやすく不幸な美少女だったらまだやる気がでたのだが、現実はそう甘くはなく、実際は奇天烈な発言を繰り返す、壊れたラジオの如き問題児ときている。やる気が出るどころか、恐ろしい勢いで生気を吸い取られているような気がしてならない。
今もまた、何故かサイドカーの中で猫のように丸まり、すっぽりとおさまっているノゾムに、御影はげんなりとした顔をしながらバイクの方へと歩いて行った。
隠れているつもりなのか知らないが、御影が近づいても彼女はぴくりとも動こうとしなかった。御影は残業続きの四十代サラリーマンの如き盛大なため息を吐くと、ノゾムに背を向けるようにしてバイクのシートに横から腰をかけた。
「おい。もう少しシャキッとしろ、クソアマ。お前の遊びに付き合っている暇はない」
御影は苦笑をこぼしながら、右手を額にあてがうと、ギャーギャーやかましい抗議が帰ってくるのを予想して少し身構えた。
……が、返事はいつまで待っても帰ってこなかった。
御影はゆっくりと右手を下ろすと、首だけ回して、サイドカーの中を覗き込んだ。ノゾムは先ほどと同じく、中で丸まった状態のままだった。
鳶色の長い髪がベールとなり、彼女の表情を確認することができない。そこで御影奏多は、彼女が自宅で言っていたことを思い出し、背筋が凍り付くような悪寒を覚えた。
『――食事の後に、薬はいつも飲まされていたけど』
「……クッソ!」
なぜこの可能性を考えなかったのかという自責の念に、御影は噛みしめた歯の間からうめき声を漏らした。治安維持隊がノゾムを逃がす可能性を考えていなかったわけがない。その対策として、覚せい剤のようなものを彼女に与え続けるか、あるいは……。
そんなことを考えたところで、もうどうしようもない。御影はサイドカーの方へと回り込むと、両手でノゾムの肩を掴み、強く揺らした。
「おい! 目え開けろ、馬鹿! 助ける前に死なれたら、元も子もねえんだよ!」
「……」
「聞いてんのか! おい! ノ――」
「……うるさい……なあ。……ほっといてよお」
……死体が喋った。
ゾンビか? いや、そんなわけがない。……なんだ、この妙なデジャブ。
御影は無言でサイドカーから身を離すと、一度大きく深呼吸をして、右手でノゾムの首根っこを掴んでネコか何かのように持ち上げた。とろんとした目でこちらを見つめてきたが、まずまちがいなくこいつの視界に御影は映っていない。口の端から唾液まで垂らしている。
端的に言えば、ものすごく眠たそうにしていた。
「……なんか……急に眠たくなっちゃったから……おやすみ……な……さ……」
そして寝た。
……考えてみれば、もしノゾムが何らかの薬を必要とする体だとしても、そんな護衛に支障をきたしかねない情報をルークが御影に隠すメリットが無かった。
御影が手を離すと、ノゾムはそのまま崩れ落ちて、後頭部をサイドカーの縁の部分で強打した。それでもなお、ノゾムは憎たらしいほどに幸せそうな表情のまま眠っていた。
御影の右手がゆっくりと持ち上げられ、ノゾムの額を思いっきり叩いた。かなり痛そうな音がしたが、それでもノゾムは眠ったまま反応することがなかった。
「クソ……クッソ! どうして俺が、こんな奴のために命かけなきゃいけねえんだよ!」
理由は、ルークの依頼を引き受けてしまったから。さらに言えば、ルークの提案に興に乗ってしまったからだ。またさらに駄目だしすることもできるが、キリがないのでやめておく。
完全に自業自得。自縄自縛。現状への不平不満は、そのまま自分自身への糾弾に繋がる。どこまで行っても不毛だ。そんなことをするくらいなら、現状打破の方策を練るほうがよっぽど建設的だ。……その選択が、この女のせいで建設的に思えないのが問題なのだが。
「いや、こうなったのは俺だけのせいじゃない。何が悪いって……悪いって……」
そこまで呟いたところで、御影は脳内に電流を流されたかのような衝撃を覚えて一度口をつぐんだ。
普段だったら笑い飛ばしてしまうような突拍子のない考えが、それこそ天啓かなにかのように降ってわいてくる。どう考えても現実的ではなく、馬鹿らしいと笑われてもおかしくないようなアイディアが。だがこれで、計画の最後のピースが埋まる。それがたとえ夢物語のようなものなのだとしても、実現してしまえばこっちのものだ。
となると、これから問題になるのは……。
「……時間。そして、俺自身の人間性と、演技力」
戦況は圧倒的に向こうの有利。敵の戦力は治安維持隊の半数だが、実質全員。対するこちらの戦力は、超能力者である自分ただ一人。こちらに利するは、居場所が向こうにはわからないという一点。現状は絶望的とすら言える。
だがその大前提こそが、勝利を掴むためのもう一枚のカードとなりうる。
目下、今回の事件における最大のジョーカーである御影奏多。彼は、その事実を自覚したうえで、唯一の協力者である男にホログラムによる通信を繋げた。
「御影だ。ルーク、お前にしてもらいたいことがある……」
世界を巻き込んだ、たった一人の少女の争奪戦。それが、ついに本格化しようとしていた。
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