第一章 名もなき舞台の上で 1-1
1-1
窓から差し込む光に、御影奏多はゆっくりと目を開けた。
横になっていたソファの上から体を起こすと、ぼんやりとした頭を覚醒すべく首を勢いよく振った。
不安定な場所に横になっていたせいか、体の節々が痛い。思えばベッド以外の場所で寝るのは久しぶりだなと苦笑しつつ、御影は周囲へと視線を向けた。
そして、そのままの姿勢で凍り付いた。
少し話は変わるが、御影奏多は一人ぐらしだ。といっても、一人暮らしそれ自体は珍しい話ではない。超能力者は全国から選出され、そして能力者となった者は首都トウキョウにある超能力者専用の学校に行くことになる。地方出身者は当然のことながら実家から離れなければならず、御影だけでなく同郷のエボニーもまた学生寮で生活していた。
だが、御影はその中でも少し特殊だ。まず、住む場所は確かにトウキョウ内部ではあるのだが、学校のある中央エリアからはかなり離れた、いわゆる郊外に居を構えていた。
さらに、家は邸宅と呼んでも過言ではないぐらいに広い。二階建ての幅がある、かつて西洋に存在したのを模倣したデザインのその建物は、御影一人が住むにはあまりにも大きすぎた。家だけではなく庭もかなりのもので、総面積は一平方キロメートル以上と、通常の家を百棟建ててもまだおつりがくる。死人の出ている物件であることを考えても、とても一高校生が購入できるような代物ではないはずだったが、望む望まないに関係なく、超能力者には政府から莫大な『補助金』が出されるため、資金に困ることはなかった。
当然デッドスペースも山ほどあるが、自分の部屋と書斎、風呂場に台所、客間ぐらいはきちんと整備してある。掃除の方も万全のはずだった。
それなのに、御影のいる部屋は、強盗か何かに入られたかのように、荒れに荒れていた。
昨夜、二階自室のベッドの方はあの少女に譲り、掛布団を着ていたパーカーで代用して一階客間のソファに横になっていたのだが、寝ている間に何者かが客間を詮索したらしい。
テーブルの上に置かれていた花瓶は倒され、その中に生けておいたマーガレットの花は赤い絨毯の上に無残にもばらまかれている。棚という棚全てが開かれていて、中に入っていた小物類はドミノか何かのように床に並べてあった。前の主人の持ち物である川を描いた油絵は、何故か壁から御影の向かい側のソファの上に移動していて、そしてそこにあったはずのクッションは開きっぱなしのドアの横にうっちゃられていた。
御影は無言で伸ばしていた手を下ろすと、ソファの上のパーカーを羽織り、クッションの横を通り過ぎて廊下へと出た。
どこも客間と同じような惨状だった。物置部屋にいたっては、御影が持ち込んでいた子供時代の懐かしのおもちゃまで床にとっ散らかっていた。少しそれで遊んだ形跡まである。トランプのカードが明らかにスピードをやった後のそれだったのには、流石に吹き出しそうになった。
台所に行くと、冷蔵庫の中身を何者かが食い散らかした痕跡が残されていた。だが注目すべきは御影自身も使用していなかった部屋で、何もないことは一目見ればわかるはずなのに、備え付けのクローゼット等も全て開けっ放しの状態となっていた。
どうやらこの家を荒らした何者かは、物取り等を目的とせずに、ただただ己の好奇心をみたすために徘徊したようだ。
「……さーて」
正面玄関のある大広間にたどり着いたところで、御影は腕組みをすると、何やら一世紀以上解かれていない数学の問題を前にした数学者のような、険しい顔つきになった。
「誰かなあ。一体全体誰なのかなあ、俺の家をこんなにした犯人は。どうしようか。さっぱり見当がつかないねえ。まいったなあ、まいったなあ。アッハッハッハッハ!」
ちなみに鍵を閉めていたはずの、御影の背丈の二倍はある、正面玄関の両開きの扉も片側が開いた状態だった。最悪、文字通り名の知れぬ犯人は既に御影家の敷地外へと逃亡している可能性があったが、しかしそのときはそのときだ。素直に諦めるとしよう。
「でも、まだ家の中に残っているようなら、どうしてやろうかね」
一応治安維持隊配下の人間で、いわゆる『正義の味方』であるはずの御影奏多は、表情を犯罪者のそれへと豹変させると、正面玄関へと近づき、両開きの扉を閉めようとした。
が、何かがつっかえたような鈍い音がして、扉は最後まで閉まらなかった。
「……ん?」
扉の横を確認すると、ドアノブを回すと出入りする突起が『固定』されたまま動いていなかった。
御影の家の鍵は、ホログラム同様一般能力を応用したもので、ノブをタップすることでホログラムウィンドウを出し、扉をロックすればドアノブが人には動かせなくなるものだ。つまり、御影がこの扉が『開かない』ように設定すれば、ラッチコイルは動かなくなる。
御影が扉のホログラムウィンドウを出現させると、画面に『LOCKED』と表示された。どうやらきちんと扉を閉めないまま鍵をかけてしまったようだ。我ながら馬鹿なことをしてしまったと反省しつつ、御影は扉を完全に締めると、大広間中央にある階段へと目を向けた。
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