戦國高校生〜ある日突然高校生が飛ばされたのは、戦乱の世でした。〜
こまめ
序章 いざ、あの素晴らしき世へ。
プロローグ 未来を託した男
その日、雲一つない暁の空の下で、男は《はじまりの地》に赴いていた。
相当飛ばして来たせいか、後方に人影はない。それを確認した男は何も言うことなく馬から降りる。甲冑のずしりとした重さが不思議と心地よく感じる。大きく息を吸った彼は天を仰ぐ様に目を細め、実感するのだ。
ああ、俺はまだ生きているのだ。と。
そして、これからのことを。
「おっ、お待ちくだされ!父上!」
遠くから青年の声を聞く。男は彼の到着と同時に、彼の許(もと)へ歩み寄った。
「遅いぞ!
急ぎ支度せよと申したはずであろう」
「父上が早すぎるのです、皆の支度が済む頃には既に出立しておったではないですか......」
男は目をそらす。まさか一度も休まず、三十里という距離を移動できるとは思っていなかった。自分に非があるのは十二分に理解しているが、一刻も早く此処に来たかったのは事実だ。二人の間に沈黙が続いたが、青年は男の腹の中にある言葉を汲み取ったのか、それ以上は何も言わなかった。
「他の者は一度馬を休ませた後、
我らの許へ向かう様です」
男はそうかと頷く。他の人々を振り落として、暴走とも言える行動をした身からは、流石に休むなとは言えなかった。
「父上、何故この地を選んだのですか?」
青年の言葉を聞き、男は表情を変え、歩き出す。
その場所は、眺めがいい。他の者の領地までもが一望できる。それが理由の一つだと、青年もそれくらいは理解している筈だろう。しかし青年が男に尋ねたのは、ここを選んだ理由がそれだけではないということを知っていたからである。
その地を〈我が陣として選んだ〉のは、男にとってそこが、特別な場所であっだからだ。
男は立ち止まり、くっと見上げる。
そこには古びた神社。あることが理由で、木がぼろぼろに朽ち果ててしまっている。
「こりゃひどいな、全く」
男は笑った。此処で起った様々なことが、男の脳内で次々に現れては消えてゆく。
このふざけた世界に誘われた、
あの日から。
(いずれ言う時が来ると思っていたが
それが今だな)
男は本殿の柱を手でなぞる。黒くなった部分がぽろぽろと削れる。持ってあと半年だろうか。
「此処は、我らのはじまりの地だ
ここから我らの全てが始まったのだ」
男は振り返り、青年を見る。
「ならば、儂のさいごには専ら相応しいであろう。」
「さいご......?」
青年は男の発言に目を見開く。
「ちちうえっ!?」
青年は父の元へ駆け寄る。彼の目は男の顔をしっかりと捉えている。
「何をお考えですか!?
なりませぬ!!なりませぬ父上!!」
その眼は血走っている。それに対し男は優しい笑みを浮かべながら、青年を見ていた。
「頼みを聞いてくれ、虎丸」
虎丸と呼ばれた青年は、目に涙を浮かべる。彼の真意に気づいた、いや、気づいてしまった彼は、その場を動かずにはいられなかったのだ。
「この戦が終わる頃には、恐らく儂はこの世に居らぬであろう。これが最期の頼みだ。虎丸、お主は儂の首を持ち、この地に埋めるのだ。頼む」
男は深く頭を下げる。この男は、本気だ。
父上は、この戦で死ぬ気だ。
「......嫌にございます」
「虎丸」
「父上は何も分かってはおられぬっ!!」
突然、虎丸は叫ぶ。
「この世にはまだ父上を必要としてくださる者がおるのです!!その者たちの恩を仇で返すおつもりですか!?よくお考えくだされっ!!死んではなりませぬ!生きてくだされ!!父上!!」
「とらまるっ!!」
男は虎丸の肩を掴む。我を失いかけた虎丸は息を切らしている。必死だった。虎丸の感情を嫌という程理解している男にとって、それはひどく辛い言葉だった。
「......そうだ
〈今〉だからこそ、そう言えるのだ」
虎丸は見た。自分の前で一度も涙を見せなかった男の目に、涙が浮かんでいるのを。
「我が息子にそう言ってもらえる、儂は誠の幸せ者じゃ」
男は再び頬を緩ませ、優しい笑みを浮かべる。もう、きっと父(かれ)の心は変わらない。虎丸の目からぽろぽろと涙が流れる。
「よいか、虎丸。これより二百六十年と続く太平の世がやってくる。戦のない、誰も血を流すことのないであろう平和な世が訪れるのだ。その太平の世で、お前は儂の分まで 、精一杯生き抜いて欲しい。いかなる者にも誇れるような、そのような生き方をして欲しい。だから死ぬな。死んではならぬ。それが儂の、最後の願いじゃ」
〈最後の願い〉に、青年は俯く。
「......何故そんなことが言い切れるのですか......」
「儂を信じろ」
青年はくっと拳(こぶし)を握る
「父上はいつも、いつも無責任です……」
その言葉を聞いた男は、青年をぎゅっと抱きしめる。
「すまぬな......無責任な父親で」
青年はその言葉に泣き叫び、男の身体を拳で何度も叩く。彼の気が済むまで、何度も、何度も。
男は当然の報いだと、それを受け入れた。止めることは無かった。
《どんなに残酷な世界にも、希望はある。
それを教えてくれたのは、虎丸、お前だっ
たんだよ。》
涙も枯れてしまった虎丸は疲れ果て、遂に拳を下ろす。それを確認した男は、抱きしめていた手を放す。もう、青年は迷わなかった。
青年は男の目を見た。赤く腫れた目の奥にある〈覚悟〉を見出した男は、安堵した様に青年の肩を叩く。
夜明けが迫る。昇りゆく朝日の中に照らされた二人は、互いに向かい合う。
「頼んだぞ、虎丸」
《未来を託した男》は、彼の頭をくしゃくしゃと撫で、笑ったのだった。
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