第23話 VS化け猫②
「こんな
「あー」
「まァ、だからこそって感じの話だけど。人に化ける妖怪、ねぇ」
「あーあー」
「でも”でいどろ”ってさ、何で……」
「あーあーあー! キコエナイ。アー!」
「お前もう帰れえええ!!」
先ほどから両耳を塞ぎ、一向に話を聞こうとしない坂本に、櫻子は手元にあった枕を投げつけた。
□□□
朝食が終わると、其々が自由行動となった。
長男の吉継さんは麓のスーパーに買い出しに出かけた。恒雄さんは不機嫌そうな顔でタバコを咥えながらふらりと何処かへ消えていき、彼方さんは使い終わった食器や調理用具を片付け始めた。櫻子が手伝いを申し込むと、ゆっくりしてて、と柔らかな笑顔でやんわりと断られた。彼らは二人に、「あと二、三日はここに居て構わないから」と言ってくれた。
だがあまり長居するのも申し訳ない。遅くとも今日の昼食後には旅立とうと、坂本と櫻子は二階の客間に戻り帰り支度を始めていた。
「ん……?」
意地でも耳から指を離そうとしない坂本に、さらに手元の毛布を投げつけようとした櫻子だったが、ふと視界の端に
窓の向こうにはキャンプ地が一望できる空間が広がっていて、緩やかな平地に、深緑や水色など色とりどりのテントが張ってあるのが見えた。さらにその向こう側、ブナの広がる森の入り口で、誰かがふらふらと歩いているのが櫻子の目に飛び込んできた。彼女は目を凝らした。
あれは、次男の恒雄さんだろうか。
今日はキャンプ場は定休日で、利用客は自分たち以外いないと言っていたから、そうに違いない。
「…………」
櫻子は窓ガラスの向こうで、森の中へと消えていく男性の後ろ姿をじっと眺めた。ブナ林の奥は崖が多いから立ち入らないように、と昨日吉継さんに言われたばかりだった。立ち入り禁止であるはずの森の中に、一体何の用事だろうか?
「アーアー……あれ? どこいくの?」
坂本が寝袋の中から首をかしげた。とうとう片付けを放棄し、一眠りしようとする探偵を無視して、櫻子は赤いジャージ姿のまま部屋を飛び出した。
□□□
「あら? お出かけ?」
「ちょっと散歩に……」
櫻子が階段を駆け下りると、彼方さんがリビングで紅茶を飲みながら、テレビ番組をのんびりと眺めているところだった。洗い物がひと段落したのだろう。花壇に咲く
その途端、刺すような日差しが櫻子の肌を焼いた。だが空気が冷えているので、それほど暑くは感じない。不審な動きを見せた恒雄さんの目的を確かめるべく、櫻子は急いでブナ林の方角へと向かった。
恒雄さんは、案外呆気なく見つかった。
ブナの森を半分ほど進んだところで、櫻子は恒雄さんの背中を捉えた。なるほどブナの生い茂る森の中は四方八方に同じような景色が広がり、何も知らない一般人が入ったら迷子になってしまいそうだ。立ち入り禁止にする理由も分かる。だが天狗少女である櫻子にとって、元々山の中はホームグラウンドのようなものだ。恒雄さんに気づかれないように、櫻子はブナの木を駆け上り、枝から枝へと音もなく飛び移り彼を尾行した。奥に進むに連れ、さらに冷んやりとした空気が櫻子に纏わりついた。恒雄さんは櫻子に気づく素振りも見せず、何やらブツブツと独り言を呟いていた。
「まさか、な……。だけど、あの化け猫、もしかしたら本当に……」
「……?」
「あり得ない……ちゃんと殺したはずなんだ……」
木の上から見下ろす恒雄さんの表情は、どこか切羽詰まっているように見えた。苦々しげに唇を噛み締め、肩を怒らせ歩くその姿は、先ほどの朝食とは違い明らかに苛立っている。
”ちゃんと殺したはず”……。
彼の口からポロリと転がり落ちたその言葉に、櫻子は木陰に身を隠しつつ思わず舌なめずりした。大当たりだ。間違いない、この男は何かやっている。それも、こんな森の中で人目を憚るような良からぬ何かを、だ。もしかしたら、例の妖怪・でいどろに何か関係があるのだろうか。同じ妖怪仲間である櫻子も、でいどろには少なからず興味が湧いていたところだった。
「一体……脅しのつもりか……?」
恒雄さんは尚もブツブツと呟きながら、それでも淀むことなく森の奥深くへと歩き続けていた。どこか目的地があるのだろうか。この先は崖になっているはずだが……櫻子は木の葉で隠れた青い空を見上げた。彼女がさらに木の上に登り、行く手を確かめようとした、その時だった。
「うわああああ!!」
「!」
突然足元から恒雄さんの叫び声が聞こえ、櫻子は驚いてブナの木を駆け下りた。一瞬、自分の姿が見られたのかと心臓を跳ね上がらせた櫻子だったが、恒雄さんは驚愕の表情で口をあんぐりと開け、彼女とは別の方角を見上げていた。すると
どさり。
と鈍い音がして、”何か”を見上げていた恒雄さんの目の前に、上から何やら重たそうな”もの”が降ってきた。
「うわあああああああ!!」
恒雄さんはそれを見て、再び大声を上げるとその場で腰を抜かした。彼の後ろから、櫻子は慎重に首を伸ばし、落ちてきた”もの”を確認した。
”それ”は、死体だった。
まるで飴細工のように手足が捻じ曲げられ、無理やり団子のように丸められた、人間の死体。
それが人間だと分かったのは、球体の表面に顔らしきものがついていたからだった。
その顔に、櫻子は見覚えがあった。
その顔は……つい先ほどまでコテージで紅茶を飲んでいた、長女の山之上彼方さんの顔だった。
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