ep4-9

「大変失礼を致しました、ツガル殿」

 牢から連れ出されたツガルを出迎えたのは薄気味悪い笑顔を張り付かせた白いカイゼル髭の男、魔導軍のベルモント大佐だった。

「いやはや、貴方がソニア姫を魔物の手から救い出して下さいましたとは。ご無礼をお許しください」

 ツガルはこの男を知っていた。ツガルがこの国の姫の体だった頃、大きな式典で見かけた程度だが。しかし噂話は聞き及んでいる。武力による圧制を善しとする野心家だとか。

 そしてその薄ら笑いを浮かべるベルモントの後ろから、ツガルがよく知る人物が顔をのぞかせた。

「お主がツガルか。ソニアから話は聞いておる。娘を魔物使いから救い出したそうじゃの。くるしゅうない、褒美を取らそう」

 現れただけでこの場の空気が濃厚な魔力に支配されるような圧倒的な存在感。東国からは魔王と呼ばれるメイルシュトローム国王であった。

 本人は至って朴訥としているが、周りの者は冷や汗をかくばかりで身動きも満足に取れないようだった。

 成る程、ベルモント大佐が作り笑顔で体裁を整えていたのは国王の御前だったからという訳だ。

 ツガルは納得する。力による支配を推す者はまた力によって支配されるのだと。

 そんな怪しげな中、ツガルは威圧感をサラリと受け流して平然としている。当然だ。目の前の王は自分の元の体の父親なのだから。幼い頃から王の魔力に慣れていた彼女にとっては、平時の漏出魔力など特段身構えるほどの事ではなかった。

 そんなツガルの様子に気付いてか、国王は一目でツガルを気に入ったようだった。

「いやはや、流石は勇猛な東国の騎士殿じゃの。お主が何故我が領土に偶然迷い込んだのかは……わしからは聞かんでおこう」

 メイルシュトローム国王は訳知り顔でツガルの目を覗き込む。

「知っているとは思うが我がメイルシュトローム国とお主の国は大変仲が悪くての。見たであろう、地下牢に捕らえられた老いた勇者を。勇者と魔王の戦いがどれほどの古から続いておるのかは知らぬが……天下太平の世となった今や、宿命のままに他国に忍び込み暗殺を企てるなど時代錯誤も甚だしい事よ。そうは思わんか。ん?」

「仰せの通りかと存じますわ」

 国王は暗に、ツガルも国王を暗殺に来たのだろうということをほのめかしている。

 王女であるソニア姫を救い出した恩義が無ければ処刑されていてもおかしくない状況であることはツガルも重々承知していた。

 ソニアが父たる国王を説得してくれたのだと思うとツガルは胸が熱くなるのを感じた。

「…(あぁ、ソニア。私のためにそこまでしてくださったのですね)」

 そしてツガルは感動のあまり口を滑らせてしまうのだった。

「ところでお父様。ソニアは今どちらに?」

「お、お義父様じゃとォ!?」

 ザワザワザワ……

 場の魔力濃度が急激に上がっていく。温厚そうなメイルシュトローム国王が闇の衣に包まれて魔王の片鱗を見せ始めた。

「しかも……わしのソニアを呼び捨てとな? そうか、貴様がわしの大事なソニアにあの卑猥な下着を付けさせたのじゃったな……しかも、2人きりで旅じゃと?」

 ゴゴゴゴゴ

 濃縮された魔力が具現化し、漆黒の翼となって魔王の怒りを体現する。

「……(ああ、ソニア。色々全て包み隠さず言ってしまわれたのですね。お父様はこうなるともう、手の付け様が)」

 さすがのツガルも、魔力の塊となった国王にはたじろぐ。

 そしてその場で処罰が下される事となった。

「覚悟は出来ておろうな? 命だけは助けろとソニアから言われておるでの、だがしかし腹に据えかねる。貴様は国外追放じゃ! 二度とソニアに近づく事まかりならん!」

 なんと国王の手から放たれた黒い魔力の塊は次元の扉となり、辺りの空間諸共ツガルを飲み込むのだった。

「……あぁ、どうかご無事で! ソニアーーッ!!」

 ツガルの絶叫も次元の扉に吸い込まれていった。

 その場に残された者は皆、魔王メイルシュトロームの恐ろしさを脳裏に焼き付けられるのだった。

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