resist fate-転義の刻-

岩原みお

resist fate-転義の刻-

プロローグ

憧憬

 将来の夢  高坂こうさか達規たつき


 ぼくは、正義のヒーローになりたいです。幼稚園のころからずっとヒーローになりたくて、でもお父さんが「良い行いは見せびらかすものではない」と言っていたので、影から誰かを助けられるような、そんな正義のヒーローになりたいと思っています。以下略。


――そんなことを小学校の卒業文集に書いた達規は、もちろん友達から思いっきり馬鹿にされた。


 人を助けて、名乗る名などないと言って何も明かさず颯爽さっそうと立ち去る、正義のヒーロー。あんなふうになれたらと、ずっと思っていた。あれ以来馬鹿にされたくなくて誰にも言うことはなかったけれど。ましてや高校二年生となった今では尚更だ。

 でも、その夢は今でもひっそりと、自分のなかで息づいている。




「そろそろ帰ろうかな……」


 四月の半ばを過ぎ、温かい風に気が緩んでしまいそうな休日。ひとり買い物をして過ごしていた達規は、買ったものを確認しながら足を止めた。明るく染めた肩までのウルフカットの髪を後ろでくくった見た目は、よくナンパでもしていそうだと言われる。


「あ、予習用のノートがもうすぐなくなるんだった」


 しかし中身は妙に真面目なところがある達規に、ナンパなどする勇気があるはずもなく。一緒に遊ぶ予定だった友人に急用が入ったとなっては、一人で暇をつぶすしかなかった。

 小さくひとり言を口にしていた達規は手に下げた買い物袋から視線を外すと、文房具屋へと向かうために再び歩き出した――そのとき。


「きゃあっ! ……誰か!」

「へ?」


 突如後ろのほうで響いた悲鳴。周囲の人々と共に振り返る。

 左右に分かれた通行人の間を突っ切って走ってきたのは、その見た目には似つかわしくない女物の鞄を脇にかかえた男。後ろから追いかけてきている女性の鞄をひったくったのだろう。

 周囲の人々は突然の出来事に対応できていないのか、ひったくり犯を止めようとはしない。


(これは……)


 もしかしなくても、チャンスではないだろうか。

 たかがひったくり。掴みかかれば足止めくらいはできるだろうし、日本人らしい考えではあるが一人が動けば誰かしら協力してくれるだろう。

 幼い頃から憧れてきたヒーロー像を思い浮かべる。今ここで捕まえたら、きっとなれる。絶対かっこいい。


「おい、止まっ――」


 道を塞ぐように飛び出した達規は、決意と共にひったくり犯を見据えた。が、その男が懐から取り出したものを見た瞬間、ヒーローになるという決意は一気に砕けてしまった。

 男は刃渡り十五センチはありそうなサバイバルナイフを達規へと向け、叫んだ。


「どけガキ!」

「は、はいっ」


 命には代えられず、飛び出したときよりも素早い動きで道を開けた。凶器を見た通行人の誰かが短く悲鳴をあげ、騒ぎが広がっていく。

 周囲へと威嚇を続けながら達規の横を通り抜けた男を視線だけで追いかけて振り返ると、その先で騒ぎを気にしていないらしい少女がこちらに背中をむけて歩いていた。


「おらっ、てめぇもどけ!」

「危な……っ」


 男が少女の背中へとナイフを向ける。しかし、その切っ先が少女へと届くことはなかった。

 振り向いた動きに合わせて、グレーアッシュの長髪が舞う。少女は素早く足を振り上げ、ナイフを持つ男の手を蹴り上げた。男の手から離れたナイフを素早く奪いながら身体をひねり、飛ぶようにして男の顎へと見事な回し蹴りを入れる。脳震盪を起こしたのかそのまま倒れた男の顔のすぐ横の地面に、とどめとばかりに少女がナイフを突き立てた。


 一瞬の出来事だった。

 静まり返った周囲の人々から一気に歓声が沸き起こり、少女はその歓声に困ったように苦笑いを浮かべる。警笛の音が響いて、近くの交番から駆け付けたであろう警察官が走ってきた。


「すごい……」


 やがて興味を失った人々がその場を離れていく中で、達規はその場にずっと立ちつくしていた。ひったくりに遭った女性がお礼を言うのを適当にあしらい、状況説明を求める警察官に名刺のようなものを渡してすぐに立ち去ってしまった少女の背中から、目が離せなかった。


 自分が情けないとかそんなことではなくて、ただ、その少女が達規の目には理想のヒーローとして映っていた。

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