第84話精霊化
「ハァハァ……。です」
シンシアはダガーナイフを手に息を切らしている。
それに向かい合うように一人の人物が息を切らしている。
剣を地面に突き刺し、片膝をついているのはレックスだ。
二人は激しい運動を行った直後で見た目からして疲労しているのが見える。
「ようやく出来るようになったわね。それが【精霊化】よ」
そんな二人に対して声を掛けたのは一人の女性だった。
見た目こそ若々しい姿をしているがその正体は千年を生きるハイエルフだ。
「……やっと出来た。です」
疲労困憊ながらもシンシアは両手の拳をグッと握りしめ喜びを表現する。
「しょ、正直人間の動きを超えてましたよ。俺じゃ無きゃこんな訓練付き合えなかったです」
そんなシンシアとは対照的にレックスはげんなりとした顔をしていた。
「文句言うんじゃないわよ。あんたが弟子にして欲しいって言うからこうして面倒見てるんだからね」
さて、何故このメンバーがここに居るかと言うと、ユーリから戦い方を教わっているからだ。
「それにしても一ヶ月で精霊化出来るなんてね。シンシア。あんた才能あるわよ」
滅多に褒めてくれないユーリから褒められたシンシアは耳を赤くするのだが…………。
「まだ全然。です」
三人の顔を思い浮かべたシンシアは唇をキュッと結んだ。
今から一ヶ月前。ユーリに完膚なきまでに倒されたシンシアは絶望の淵にいた。
それは直哉やエレーヌ。亜理紗と自分の戦闘力の差を感じて劣等感に苛まれたからだ。
絶望の中、シンシアは帰宅した。
そして後日になり再びユーリの元を訪れると戦い方を教えて欲しいと懇願したのだ。
ユーリはハイエルフ。試験で見せた大精霊の他にも様々な技術を習得しており、その力はエレーヌや亜理紗より。もしかすると直哉より上では無いかとシンシアは考えた。
そしてそんなユーリに教わる事で、差が開いている三人との距離を縮められるのではないかと思ったのだ。
「今のあなたは風の精霊と一体化しているから自由自在に動けるのよ」
シンシアは現在、風の中級精霊と一体化している。
これはエルフやハイエルフの高位の精霊使いが扱う高等技術の【精霊化】という技だ。
自身が使役する精霊と合体する事で、使役するときの何倍にもなる戦闘力を獲得する事が出来るのだ。
現在のシンシアの姿は精霊化にともない成長している。年齢で言うと二十歳前後ぐらいで風の精霊の薄布の衣装を身に纏っているのでスリットから白い生足が見えた状態だ。
「これ、凄く疲れる……です」
だが、精霊化は良いことばかりではない。エルフの肉体に入り込み何倍もの力を与える。その反動として著しく体力を消耗するのだ。
「私の見立てだと、今のシンシアが中級精霊と一体化するのは30分が限界ね」
ユーリは経験を踏まえた観察眼でシンシアの限界を目測する。
「それを超えたらどうなるんですか?」
息が整ってきたのか、好奇心でレックスが会話に参加する。
「限界を超えて精霊化し続けるとまず意識が精霊に奪われるわ。そして融合が始まると最終的には元に戻れなくなるのよ」
その言葉にシンシアとレックスが息を飲む。
「……怖い力ですね」
「…………です」
人の身体を失い精霊として生きなければならなくなる。それはある意味死ぬよりも恐ろしい事だと考えた。
「力というのは制御できなければ何だって危険なのよ。若い連中の中にははでな力こそが強い力だと思いがちだけど、本当に優れた力って言うのは最小の労力で最大の効果を上げられる事を指すのよ」
無理をして精霊になってしまうのは己の限界を知らずに力を振り絞る必要があるからだ。
ならば単純に地力を上げて強くなれ。ユーリは二人にそう言って締めくくった。
☆
「あの……シンシア」
「はい。です」
夕食を食べていると直哉がシンシアに話しかけた。
「良かったらこの島の観光地に行ってみないか?」
直哉の言葉にシンシアは首を傾げる。
そういえば最近、ユーリとの修業に専念していたので直哉と会話をした記憶がほとんど無かったのだ。
「何故。です?」
その質問に直哉は表情を歪めると。
「いや。無理にじゃないんだ。シンシアさえよければ偶には一緒に遊びに行きたいと思っただけだから」
『遊ぶ』
その言葉がシンシアの心を反芻する。自分には遊ぶ暇はあるのだろうか?
シンシアがこうしてぬくぬくと屋敷で食事を摂っている間にもエレーヌや亜理紗はダンジョンへと赴いて直哉が欲している道具を持ってくるのだ。
直哉の表情を伺いみる。
シンシアの返事を待つ間、真剣な表情で見つめてくる。プロポーズされてからと言うもの、シンシアは直哉の顔をあまり直視できないでいる。
そんな直哉と二人きりになる。それは、訓練の時間を裂いてやるべきではないという判断の前に気まずさが残る。
「残念ですが…………」
シンシアは否定の言葉を口にしようとして直哉の顔を見る。それは子供にそっぽを向かれた父親のように落ち込んでいた。
「あっ、明後日ならなんとか……」
流石にそこまで落ち込ませてしまっては断れない。シンシアは胸がチクチク痛むとつい了承してしまうのだった。
「は? 明日は休みたい?」
翌日。シンシアはいつものように訓練をしていたのだが、急遽休みの申請をした。
「なになに。何かあるの?」
伊達に年は取っていない。普段のシンシアの様子と違うのを感じ取ったユーリは、からかいの表情をシンシアに向けた。
「べ、別に大したことじゃない。です」
その言葉を完全に嘘だとユーリは決めつける。何故なら今日のシンシアは心ここにあらずといった感じでそわそわしているのだ。
「ふーん。じゃあ駄目」
「えっ?」
何を言われたか解らない様子のシンシアに。
「だって、あなたが教えて欲しいというから今まで教えてあげてきたのによ。そっちは大事な事を秘密にするんだもんねー」
ユーリの大人げない台詞に。
「うっ……です」
「あーあ。残念だわ。折角弟子と打ち解けてきたと思ったのになー」
わざとらしいユーリの反応にもシンシアは「あわあわ」と慌てると。
「トードさんと出掛けるだけ。です」
「ちょ、ちょっと待って! それってデートじゃないのかっ!?」
何故か焦る様子でレックスが話に入ってきた。どうやら会話を盗み聞きしていたようだ。
「デート違う。です。観光地見に行くだけ。です」
「……それをデートと言うんじゃ……ぐはっ」
まだ何かを言おうとしているレックスの首をひっつかんで投げ飛ばしたユーリ。
「もちろんオッケーよ。そんな面白そうな事なら」
先程までの演技を止めたユーリは今では目をキラキラさせている。
「ありがと。です」
シンシアは素直にお礼を言うと頭を下げた。
その視界の向こう側で邪悪な笑みを浮かべる人間が居ると気付くことなく……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます