第39話スタンピード③
「ば…………馬鹿なっ! 全滅だとっ!」
魔王軍四天王のひとり【謀略のブラックマンデー】は取り乱した。
無理も無い。三万にも届くモンスターの大群がほんの瞬きほどの間に消滅してしまったのだ。
「一体何が…………」
部下が水晶を穴が開くほど見つめる。
「わからぬ。だが、この一撃。魔王様の左腕…………いや、下手をするとそれすらも凌ぐ威力。まさか奴の妨害なのか?」
魔王軍とて一枚岩ではない。ブラックマンデーが手柄を挙げる事をよく思わない派閥も存在する。
「上級魔族を確認に向かわせては如何ですか?」
部下が提案する。
「いや。奴らにはモンスターの扇動をした後は引くように言ってある。今頃は戻っている頃だろうよ」
手柄を独り占めにしたかったので、作戦の詳細は伝えずに多少の割の良い報酬で誤魔かしたのがここにきて響く。
「こうなったら仕方ない。自ら確認するしかあるまい」
「そんな。危険では無いのですか?」
あれほどの威力の魔法だ。たとえ四天王だとしても無傷ではすまない。
「逆にあれほどの威力の魔法を放ったのだ。今頃はMPが尽きているだろう。もし仮に魔王様の左腕だったとして、この場で始末してしまえば文句はあるまい」
何せ人の作戦を邪魔してくれたのだ。弱っているのなら倒せないことも無いだろう。
「なあに。まだ中級モンスターに加えて上級モンスターも残っている。いざとなれば奴らを盾にして離脱するだけだ」
何せ自分は謀略に長けている。こんな所で終わるわけが無い。
それでも尚、心配そうな顔をする部下にブラックマンデーは。
「この作戦が片付いたら飲みに行くか? お前が熱を上げているサキュバスのフーカちゃん。口説いてやるよ」
その言葉を聞いて部下の顔から険がとれる。
「ご冗談を。戻られたらどっちが彼女と結婚できるか勝負ですからね。絶対戻ってきてくださいよ」
そう言葉を交わすとブラックマンデーは出て行った――。
☆
「エレーヌは馬鹿なの? きっちり倒しきる程度に威力調整すればいいのに。城壁まで届かなかったから良かったものの…………。僕のこの後の作戦が失敗したらどうするんだ」
わざわざ変装してまで人前に姿を現して、そしてモンスターを殲滅している意味が無くなる。
この後の事を考えると悪評が立つのは不味いのだ。
あくまで被害をゼロでこの事態を乗り切る必要があるのだから。
「むぅ。ちょっと威力が高かっただけだし。トード君とシンシアちゃんのバリアがここまで脆いと思って無かったんだよ」
「むっ…………。です」
エレーヌの挑発にシンシアが頬を膨らませる。
「そういう事言うなら僕から離れて貰える? ここから落ちたらどうなるか解らないけどさ」
上空に浮かぶ僕ら。エレーヌはMPを消費しきって飛べないと主張している。
「まあ良いじゃない。敵は全滅させたんだし。とっとと戻って休もうよ」
そう言ってぎゅっと抱きついてくる。風呂上りのエレーヌからは良い香りがする。背中にムニュっと押し付けられる胸の感触が僕を幸福にしてくれる。なんだこの満ち足りた感情は?
「まだ…………。です。シンシアは…………中級モンスターも…………目撃した。です」
「ほへ? そーなの?」
エレーヌが聞き返す。
「お前なぁ。そういうのはきちんと認識しておけよ。そんなんだから無駄にMP使いきるんだよ」
「えへへ。トード君に任せた」
「ごめん…………。です」
謝るシンシアに対してエレーヌの反省が弱い。
「シンシアは構わない。だが、エレーヌ。今日の宿は一人だけ別だからな」
反省しない奴にはペナルティだ。
「えぇっ! 折角久しぶりに会えたのにっ!?」
エレーヌの抗議を適当にスルーする。耳元でやかましいな。
そのまま暫く待って目を凝らすと――。
「きた…………。です」
肉眼で確認できる範囲に中級モンスター達が登場した。
・ ・ ・ ・
・ ・ ・
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・
「さてどうするの? やれと言われたらやるけど?」
耳元でエレーヌが呟く。お前。MP無いんじゃないのかよ?
やたらと余裕を見せるエレーヌをよそに。聞いてみる。
「シンシアはどうだ?」
「少し…………厳しい。です」
あれから少ししか時間が経っていないのでMPが全く回復していないシンシアは若干辛そうだった。
「シンシアちゃんも辛いならトード君に抱きついちゃえ」
エレーヌがなにやら妄言をのたまう。どう見ても余裕そうだよなお前。
「名案…………。です」
シンシアはそう言うと、ススーと空を滑って僕の胸の中にすっぽりと納まった。なんだこれ?
「駄目…………。です?」
至近距離から見つめられる。エレーヌが取り憑いているのにシンシアだけ拒否するのは不公平だ。僕は平等主義なのだ。
「落ちないようにしがみついておいて」
結局前後を二人の師匠にサンドイッチされる形になってしまった。
「じゃあ。中級モンスターをとっとと片付けて帰るとするか」
キリマンに対するアピールとして十分だろう。
そうこうしている間に中級モンスター達が差し迫っていた。
オークにオーガにグリズリー。森から出てきただけあってインプなどの悪魔族は見当たらない。
「じゃあ。精霊たちにやらせるか」
自分で殲滅しても良いのだが、滅多に無い、レベル上げのチャンスだ。
精霊たちに出番を譲ったほうが良いだろう。
『ミズキ シルフィー サーラ ノムさん スピカ フロスト オーラン ヤミ ジョーカー ネルネル チョコ バニラ リーフ …………顕現しろ』
僕の周りに一斉に13体の精霊が現れる。その全てが上級精霊だ。
ミズキを除けば最近、上級精霊になったばかり。
上級精霊になる為の条件は精霊石を食わせる事なのだが、人間が限られた量の食事しかしないのと同様に、精霊も精霊石を一日に何個も吸収する事ができない。
僕は精霊たちがねだるのに任せて精霊石を与え続けていたのだが、それでもようやく最近になって上級精霊に進化させる事ができた。
ちなみに名前に関しては最初のほうは真剣につけていたのだが、途中から面倒くさくなってきたのでその場の思い付きだ。
愛情が無い? そんな事は無い。僕の好きな食べ物から取っているので愛情は果てしないとだけ言っておく。
『各自僕からMPを吸い上げたら目標に対して円を描くように展開しろ。展開が終わったら合図を出す。そしたら一斉攻撃で片付けるんだ』
「凄い…………。です」
シンシアが至近距離から熱に浮かれたような眼差しで見てくる。
僕はその視線を意識しないようにした。
折角良い風に見られてるのだからボロは出したくない。
精霊達がMPを吸い上げて離れていく。先程まで全体のMPの半分は残っていたが、現在は限りなく消費している。
後続があるのなら回復しておくべきだが、シンシアの話だと中級モンスターまでしか存在しないらしいので節約してしまっても問題無いだろう。万が一があっても余力があるから平気だし。
上級精霊は高位魔族にこそ敵わないが、中級モンスター程度なら殲滅できる程度の現象を操る事が可能だ。
『よし。敵を殲滅しろ!』
僕の合図で水が風が炎が土が雷が吹雪が光が闇が…………とにかく様々な自然現象が巻き起こり敵を殲滅していく。
まるで大災害のバーゲンセールのようだ。
全ての攻撃が止み。精霊達が戻っていくとそこは死屍累々の地獄絵図が広がっていた。
まともに生き残ったモンスターは恐らく居ないだろう。
僕は周囲を見渡して満足そうに頷くと。
「さて。仕事も終わったし帰ろう――」
「死ね! 人族!」
唐突に聞こえた声に振り向く。
突然眼前に攻撃が迫る。精霊たちは還してしまっていて存在しない。
腕の中にはシンシアがいて身動きが取れない。
敵を殲滅した直後の硬直。僕は自分に迫り来る攻撃を凝視する。仕込みは無い。このままでは完全にヒットする。
そんな考えが脳裏をよぎったその時。
「トード君危ないっ!!」
僕の背後からエレーヌが飛び出した。そして――。
「なんだとおおおおおおおおおおおおお!!」
僕に攻撃を仕掛けてきた魔族にカウンターの魔法をぶち込んだ。
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