第7話 ダメ出し腕枕
「う~ん、だめですね」
「えっ……」
小宮さんは、私が数日かけて寝ずに考えた新キャラの案をしばらく眺めてから、一言そう言った。自信作、とまではいかなくても、それなりにいいキャラができたと思っていたもんだから、私は面食らった。
「だ、だめ、とは」
「厳しいことを言いますが、キャラに魅力がないというか。タカヒロのライバルポジションになるわけですから、タカヒロとはまた違った個性を出さないといけないのに、設定も見た目も弱い。現時点でヒヨリはだいぶタカヒロに惹かれているわけですから、それをひっくり返すくらいのキャラじゃないと」
ちなみにヒヨリとタカヒロというのは今描いている漫画の登場人物のことだ。
「でも、一応、タカヒロにはない幼馴染設定がありますし……それに、魅力の点で言ったら、帰国子女で英語ペラペラってところとか!」
「その帰国子女って設定も、なんというか、とってつけた感じがして私はちょっと受け付けないです。その設定、本編で活きます?」
ぐうの音も出ない。私がなにも言えないでいると、小宮さんは他にも何点か問題点を指摘してくれた。それを必死になってメモを取る。うう、多いなぁ、改善点。
こういう仕事をしていると、ダメ出しされることがすごく多い。多いのだから、そんなことをいちいち気にしていたら仕方がないのだけど、やっぱりへこむ。それが正論だと、なおのこと。
「締め切りまでまだ余裕がありますから、ゆっくり考えてください。でも、幼馴染設定、私は好きですよ。幼馴染が主人公のもとに戻ってきて二人の関係を掻きまわすっていうのも、ベタですけどいいと思いますし」
「……小宮さんって、一言一言が鋭利ですよねぇ……」
「えっ? そうですか?」
無自覚なのね……。小宮さんは、猫のように愛らしいルックスをしているが、いつもきりっとしていてパンツスーツが似合う、仕事熱心で素敵な女性だ。彼女が猫背になっているのを見たことがない。彼女は、作品をよりいいものにしようとしてくれている。真摯に仕事に向き合う彼女の指摘だからこそ信用できるんだけど。
とほほ、と思いながら、広げた資料を片付ける。とにかく、キャラの練り直しだ。今日も寝れまい。
* * *
帰宅する。歩きながらポイポイと服を脱ぐ。出るときに脱いだスウェットを拾ってそのまま着る。これまた放り投げていたヘアバンドを拾って、前髪をあげる。
「アヤちゃん、おかえりなさい」
新キャラ、どうしよう。幼馴染設定は小宮さんもいいって言ってくれたし、問題は見た目と設定。タカヒロがシュッとした感じだから、それとは違う感じを意識して描いたけど、弱かったか。もっとかわいい系にシフトしようかな。タカヒロが黒髪ストレートだから、ライバルは茶髪でふわふわにしてみるとか。あとは、個性。タカヒロがクーデレ系だから、ライバルは素直なほうがいいかなって思ったんだけど……。それが逆に没個性だったんだよね。じゃあ、どうすればいいんだろ。主人公への好意を隠さないデレデレ男子にしてみるか? でも、そんな男に魅力を感じるか?
「アヤちゃん、……」
ああ、あと欠点があるほうが読者の共感を呼びやすいとも言われたな。確かに帰国子女で英語ペラペラってのは、ちょっとやりすぎか。強力なライバル感出そうとしてつけた設定だけど、とってつけたような感じで受け付けないとまで言われたしな……。実際、とってつけた設定だし。正論過ぎて、何も言えなかった。読者に愛されないキャラなんて嫌だし、その設定なくして、何かもうちょっと、人間味があって愛されそうな設定を考えなきゃ。でも、そんなの、ある? 思いつかない……。
ダメ出しなんて、あって当たり前だし、今までに何度もされているし、そもそも連載をこぎつける前なんてもっといろんな出版社の人からけちょんけちょんにされていたのに。されるたび、私ってやっぱり才能ないのかな、って思わされて、負の思考ループに陥ってしまう。描いても描いてもその思考は払拭されなくて。でもそれでも私は、描くしかなくて。ああもう、好きでやってることなのに、つらいなぁ。
「アヤちゃん」
ぼふ、と顔に何かが当たった。それがミカゲさんの胸板だと気付くのにも、少し時間がかかった。ああ、そうだ。ミカゲさん、ここ数日で荒れてた部屋を打ち合わせの間掃除しててくれたんだっけ……。
「あ……ミカゲさん、掃除、ありがとうございました」
「アヤちゃん」
「はい」
「寝ましょう」
「……はい? え、ちょっと、私、早くキャラ練り直さなきゃいけな……」
ぐい、と腕を引かれて、寝室へ連れていかれる。当然ながら、男の人の力にはかなわない。しかも、ここ数日でかなり体力が落ちている。机に向かいたい私の抵抗はむなしく、ミカゲさんにされるがまま、布団に座らされる。
「ミカゲさん! 私、しなきゃいけないことが……」
「酷いクマですよ」
ミカゲさんの大きな手が私の頬に触れ、親指が私の目元を撫でた。鏡、ちゃんと見てなかったけど。クマ、そんなに酷い? ミカゲさんに言われるほど?
トン、と軽い力で押されると、私の体はいとも簡単に布団に倒れた。ミカゲさんは私の隣に腰掛け、当然のようによいしょ、と隣に寝そべる。ハイ、と私側に投げ出された腕は腕枕用だ。条件反射のように頭を持ち上げると、その腕はすっと首元に入ってきた。そのままミカゲさんにぎゅと抱きしめられる。母親が子守唄を歌いながら子供を寝付かせるように、ぽん、ぽん、と一定のリズムで頭を撫でられる。でもその行為には、寝かしつける以外にも違う意味も込められていることに、私は気づいている。
「……私、頑張ってました」
「知ってますよ」
「これでも、一生懸命考えました」
「はい、知ってますよ」
気づいているから、全力でそれに乗っかる。ミカゲさんの手は、相変わらず優しい。安心からか、じわりと目に涙の膜が張るのがわかって、慌てて目を閉じた。すぅ、と息を吸うと、ミカゲさんの柔軟剤の匂いがして、これまた精神を落ち着かせる。しばらくそうしてもらっていると、数日の寝不足がたたってか、プツリと糸が切れるように、意識を失ってしまった。
* * *
「おお、いいじゃないですか!」
やっぱり睡眠って大事だ。小宮さんの反応を見て、そう思う。
ミカゲさんの腕枕は、本当によく眠れるのだ。ぐっすり寝たクリアな頭で考えたキャラ案は、やっぱり格段に良くなっていたらしく、ほっと胸を撫でおろした。
「思いっきりかわいい系にしましたね! ハヅキって名前もかわいいと思いますし、ヒヨリと並ぶくらいの低身長ってのが、タカヒロとはまた違っていいと思います」
「ほんとですか!?」
「はい、私、見た目だけだったらタカヒロより好きです。ショタっぽい子好きなので」
「え、そうだったんですか」
意外な小宮さんの好みを聞いてしまった。今後、ハヅキがタカヒロより優遇されなければいいけど。
「二面性ある小悪魔系ですねー。うんうん、いいんじゃないでしょうか。いい感じに物語に刺激を与えてくれそうですね。あ、帰国子女辞めたんですね。まぁ、いらなかったですしね!」
「う」
やっぱり鋭利だ……。
「プロットもこれで問題ないと思いますし、ハヅキ登場回ってことで、次はネームをお願いします」
「はい! ありがとうございます! 頑張ります!」
とはいえ、やっと、自分でも納得できるキャラができて、小宮さんにもOKをもらえた。よかった。ハヅキを出すことによって、もっと話が面白くなる。そんな自信がメキメキ湧いてきて、早く描きたくて仕方がない。ドタバタと帰り支度をして、急いで家に向かった。
「おかえりなさい、アヤちゃん」
「はい! ただいま帰りました!」
この間と同じように服を脱ぎ散らかす。ミカゲさんはそれを一つ一つ拾いあげて、洗濯機に入れてくれた。よーし、描くぞ。寝てなかったのに、頭が冴えてきている。
「……ふふ」
後ろから、ミカゲさんの笑い声がする。なぜ笑われたんだろう、と振り返る。
「ちゃんと立ち直れたようでよかったです」
「……というか、なんで私が落ち込んでるってわかったんですか」
尋ねると、ミカゲさんはこんなに綺麗なキョトン顔は見たことない、ってくらい、細い眼を丸くさせて私を見た。そんな反応されると思わなかったので、こちらも驚いてしまう。
「だって……」
「だって?」
「アヤちゃん、めちゃくちゃわかりやすいですし」
「えっ!?」
顔に出してなかったつもりだったのに!
「顔に出してなかったのに! って思ってます? それも顔に出てますよ」
「え!」
慌てて顔を隠す。嘘、そんなに私ってわかりやすかったのか。感情が筒抜けだなんて、相当恥ずかしいじゃないか。
「そして、今は描きたくて仕方ないって顔してるので、僕はさっさと帰りますね」
それもばれている。ちくしょう、二十八にもなって。表情筋仕事しろ。
ミカゲさんがさっさと帰ろうとするので、慌てて背中に声をかけた。
「あの! ……ありがとうございました」
何が、とは言わなかったけど、ミカゲさんには伝わったらしい。そんなにないくせに、二の腕の筋肉を盛り上がらせてまたふにゃりと笑う。
「いつでもお貸ししますよ」
そう言って、ミカゲさんは自分の部屋に帰って行った。
いつでも、ならダメ出し食らって落ち込んだ時以外でもいいんだよね。じゃあ今度は、ネーム仕上げた時にご褒美として借りよう。そう思ったら俄然やる気が出てきた。急いで机に向かって、無我夢中でネーム作りに取り組んだ。
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