第34話  ぷるぷる

 アルタナの街はとても魔法な街だった。


 お店のような建物がいくつか宙に浮かび、魔女たちが箒に乗って買い物を楽しんでいる。

 そんな街中にはふわふわとした色とりどりの光がたくさん漂い、街を幻想的な風景に染め上げていた。

 まるで夢の中へと誘い込まれたような、そんな感覚に襲われる。


 しかしこれがこの街の正常な風景なのだろう。

 街を歩く人たちがごくごく自然な笑顔で談笑したりしているのだ。

 それにしても、明るい表情の人たちばかり……。


 RPGたちは征服に失敗したのだろうか?

 それとも征服を開始する前にさななこさんが誘拐されてしまったのか。


 なんにせよ、まずはRPGたちと合流をしないことには何も始まらない。

 オレはスマホを取り出し、RPGと連絡を取った。

 待ち合わせをするにしても、どこに何があるかもわからない。


 そのため、マップがあるRPGに迎えに来てもらおうと思っていたのだが……。


 真昼間から、花火が打ち上がった。

 青空に大きく咲き誇る、炎の花。

 夜でなくてもこれはこれで綺麗だ。


『これの真下にいるから』


 とのことらしい。

 どうやら、こちらが向かうことになりそうだ。

 移動速度を考えたら、当然なのだが……。


 オレたちはこの街へとやって来たときと同じように移動する。

 全員が手を繋ぎ、


「せーの!」


 オレの掛け声に合わせて、全員がジャンプする。

 瞬時に、花火の残りカスである煙の近くへと移動した。しかし近くと言っても、数十メートルと離れている。

 あまりに近いと煙を吸い込んでしまう可能性があるからだ。

 それに移動先を視界に捉えてさえいれば、数十メートルずれようがなんの問題もない。

 この上空からならば地面は普通に見えており、RPGたちの姿も目に映った。


「わわ!」


 急に地面に移動したためか、倒れそうになる陽色ひいろちゃんの手をしっかりと掴んで支える。


「だいじょうぶか?」


 陽色ちゃんは着地がうまくできずに恥ずかしかったのか、少し頬を赤く染めながら、


「うん。あいと……」


 と小さく感謝を口にしていた。

 陽色ちゃんはオレが掴んでいないほうの手で、前髪をいじっている。

 どうやら少し恥かしいというレベルでは済まなそうだ。


 オレは陽色ちゃんの腕から手を離し、口を開く。


「とりあえず、捕まえたっていうま……」


「ねねねねねねねね!」


 オレの肩をべしべしと高速で叩く手があった。

 軟子なんこさんの手だ。

 全体的に柔らかそうな見た目の彼女の手は、叩こうとするたびにぷるぷるとしている。

 揺らすなら肩まで伸びた黒い髪の毛のほうだと思うのだが、軟子さんは違う。


「なに?」


 とにかく、大事な話を激しく中断してくるくらいなのだから、よほど急ぎの用があるのだろう。


「喉乾いたの図」


 軟子さんはそう言って、コップで何かを飲むジェスチャーをしている。

 なぜか目を瞑り、挙げた手がぷるぷるとしていた。


 しかし急ぎの用ではなく、むしろどうでもいい用だった。

 しかもなぜオレに言ってきたのかもわからない。


「RPGに貰えよ……。んで続きだけど……」


「ねねねねねねねねねね!」


 今度は、RPGの肩を高速で叩く軟子さん。

 今回も手はぷるぷるとしていた。

 そして、


「喉乾いたの図」


 さきほどと全く同じ行動を繰り返した。


「目の前で一回やってんだからまたやらなくてもいいだろ!」


 オレは声を張り上げた。

 しかし軟子さんは大袈裟なまでに首を横に振って否定する。

 たゆたゆなほっぺがぷるぷるとしていた。


「お願いするのは大事なことな図」


 軟子さんは神様を拝むように手をすり合わせ、天を見上げる。

 すりすりとしているためか、二の腕がぷるぷるとしていた。


「やれやれ……」


 RPGはストレージからペットボトルの水を取り出して、軟子さんに向かって投げた。

 しかしその軌道は少しだけ高い。恐らくRPGの意地悪だが、軟子さんはそのことに気付くようすもなく、


「あわわわわわわわわわ」


 手を伸ばし、かかとを上げて必死に背を伸ばす。

 伸ばした手がぷるぷるとしていて、つま先立ちになっている足がぷるぷるとしていた。

 そしてぷるぷるとしたかいもあって、ペットボトルは無事に手の内に収る。

 ペットボトル内の水もぷるぷるとしていた。


「じゃあ話を……」


「ふにー! ふにー!」


 軟子さんは奇声を上げている。

 喉がぷるぷるとしていた。


「うるさっ! 今度はなんだよ!」


「キャップが固くて開けられないの図」


 軟子さんはペットボトルをなぜか一回地面に置き、空になった手でペットボトルを空けるようなしぐさをしている。

 ただし開けられないを再現するためか、顔がぷるぷるとしていた。


 さきほどから全く話が進まない。

 もう我慢の限界だと判断したオレは、ペットボトルを手に取り、キャップを空け、


「ありがとばあああああああ」


 中身を軟子さんにぶっかけた。

 軟子さんは全身をぷるぷると震わせながら、両手を上げ、


「うるおいを全身で感じているの図」


 まるで数日ぶりの雨を喜ぶような表情をしていた。

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