第29章 風の元素騎士
「風の元素騎士が、既に決まっているだと?」
ベルゲルは隠すこともなく、怒りの表情を向ける。
「はい……その……」
なんと言って良いものか──ルクレツィアは困惑した。
会議の時間は既に過ぎているのだが、何故か今日は、ユーディンの姿が無く、会議はまだ始まっていない。
そんな中、兄が宰相に今朝の地下神殿の事態について報告して、イマココ。
元素騎士全員が、重臣会議をすっぽかす大失態をしたのが、一昨日の話。
昨日はなんとか誤魔化せたものの、今朝の騒動で、もはや隠しきれない話だろう。
「遅くなった」
ユーディンの声に、ざわついていた会議室が、しんと鎮まった。
カツコツと音を響かせ、歩くユーディンの姿に、ルクレツィアは、少し違和感を覚える。
「すまなかったな。少し、来客があったもので、な」
表情で理解した。
『修羅』の方──
「このような、早朝に、ですか?」
訝しむ宰相に、ユーディンは鋭い視線のまま、口だけで笑みを浮かべる。
「まあ、な。……もっとも、『神』相手に、時の概念を論じる方が愚かであろうが……」
は……? 一同──ベルゲルはもちろん、チェーザレやルクレツィア含め、ユーディンの言葉に、目が点になる。
「……今、何とおっしゃられましたか?」
とうとう、気でも狂ったか……とでも言いたげな宰相に、ニンマリとユーディンは笑う。
対して、ルクレツィアは嫌な予感しかしない。
「
ユーディンが手をあげると、締め切られた会議室内に、突風が吹き荒れた。
やっぱり……予感が現実になり、ルクレツィアは頭を抱える。
横目で兄を見ると、「その手があったか」と言いたげに、手を打っていた。
いや、ちょっと待って。感心しないで。兄上。
突風が収まると、一気に室内がざわついた。
ユーディンの側に、従うように跪く、無数の目と金の羽を持つ、長い髪の男。
顔の目はユーディンに対し、恭しく瞑っているが、体の目が、ぎょろりと見開いて、会議室に居る面目を、凝視するように見つめていた。
「紹介しよう。風の精霊機アレスフィードの化身にて、リーゼガリアスの守護神、エヘイエーである」
実際は、その二代目兼初代風の元素騎士の、アキシナイト=ヘリオドールなんだけど……と、事実を知っている元素騎士の面々は、内心苦笑を浮かべていた。
しかし、次のユーディンの言葉に、一同、面食らうことになる。
「
何か、異論がある者はいるか? 会議室の中で、ユーディンだけが、不敵な笑みを浮かべていた。
◆◇◆
「実に
会議がお開きになり、文官の皆様がお帰りになり……元素騎士とアックスが残る中、ユーディンはチェーザレに問い詰められた。
が、
そんな様子を、ルクレツィアは、ハラハラとした思いで、見守った。
「なぁに。そこなる羽目達磨が、命知らずな事に、余に
「ハネメ……ダルマ……」
ユーディンの何気ない一言に、思わずショックを受けるアックス。
早く
「いや、その、ねーちゃんに頼んだものの、やっぱり自分でもなんか対策せにゃー悪いかのぉと思って……」
いつものように、目の合間をぬって、アックスが頬をかいた。
「『風の元素騎士』の存在を表に出さにゃならんのは、時間の問題ではあるけれど、かといってワシがこのままの姿で表に出ては、『化物』として、余計混乱をきたしてしまう。……だったら、いっそのこと、ワシは『
ダメ元交渉したら、オッケーもらえたんで、いっそのこと派手にお披露目してみましたー! と、軽いアックスに、思わずルクレツィアは、ため息を吐いた。
ユーディンは、生まれながらに精霊の加護を持たない。
本来であれば、精霊機はもちろんのこと、
しかし、逆に言うならば、誰かと一緒に一つの機体に乗ったとしても──トラファルガー山へモルガと一緒に向かっていた時のような事にはならないということ。
(確かに、これ以上もない、適役ではあるけれど……)
ルクレツィアの心配を代弁するかのように、兄が口を開いた。
「元素騎士になれば、今以上に、死に直面する機会が増えます」
「誰に向かって言っている」
ユーディンは杖を一閃し、銀の刃をぴたりとチェーザレの鼻先に向けた。
「今更にも、程があるだろう。戦場だろうが玉座の上だろうが、余は
「そう……ですね……」
失礼、致しました。
冷たい色をした朱眼の皇帝に、チェーザレは深々と跪いた。
◆◇◆
時は、会議室の騒動が起こる、ほんの少し前の事。
会議室向かおうとしているユーディンの前に、アックスが不意に姿を現した。
「うわぁ! びっくりした!」
尻餅をつき、目をぱちくりとして、空中のアックスを見上げている。
「陛下陛下! ちょいと、お願いがあるんじゃけれど」
アックスはユーディンの手を引いて、彼の私室に戻った。
「単刀直入に言う。陛下、アレスフィードの、操者になる気はないかの?」
「へ?」
突然の申し出に、ユーディンは目を見開いて驚く。
自分の考えを彼に伝えたのだが……。
「え……えっと……でも……」
彼の視線が、不自然に泳いだ。
誰にも言えない、彼の秘密。
そう。エヘイエーと融合しなければ、アックスも一生、知りようが無かった事実。
「……そっか、やっぱり、解るんだ」
しょぼんと、目に見えて落ち込み──じんわりと涙ぐむユーディンに、アックスは慌てた。
「ワシが、ちゃんと陛下のフォローする! ……まぁ、そりゃ、ワシから見ても、我ながらちょっと難有りの機体じゃけど!」
お願い……。手を合わせ、頭を下げるアックスに、ユーディンは暗い表情で、「ちょっと待って」と、机の引き出しを開けた。
手に持ったのは、一本の銀色のナイフ。
それを、ユーディンは自ら握りしめた。
「な……」
彼の手から、血が滴り、机の上に一滴、二滴と落ちる。
「黙れ」
ドスッ! 突然、ユーディンに予想以上の速さで間合いを詰められたかと思うと、瞬時に懐に潜り込まれ、アックスの胸に、銀の刃が貫いた。
何が起こったかアックスが理解する前に、人が変わった皇帝は、顔に冷たい笑みを浮かべながら、アックスの耳元で、さえずるように囁いた。
「いいだろう。貴様の申し出、引き受けてやる」
だが……。冷たい瞳の皇帝は、刃の持つ手に力を入れ、アックスの心臓を、抉るように動かした。
「余が『人間』以上に、『精霊』や『神』なる者を
刃を引き抜き、服で血を拭う。
アックスの傷やその周辺が、ユーディンの意を受け、どす黒く染まった。
その様子を一瞥し、ユーディンは、冷たく言い放つ。
「会議の時間は過ぎている。……貴様が『神』を自称するなら、余が着替えている間に、今すぐとっとと治せ」
……できるであろう? 背筋が凍るような彼の微笑に、アックスは震えが止まらなかった。
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