第52話 最大の危機 2

 街一つを吹き飛ばすビームを撃つだって!ふざけるな!おそらく茉理だけなら、いくらビームを浴びてもやられることはないだろう。しかしその余波をうけて、この街は無事じゃすまない。


「でもそんなことしたら、あなただって無事じゃすまないでしょ。給料十年分がなくなるんだよ!」


 何とか思い止まらせようと叫ぶ茉理。だがそんな言葉は、今のシレーには届かない。


『それもこれも、全ては貴様への恨みを張らすためだ。貴様は心に傷を負う生き地獄、私は大借金を抱える極貧地獄、共に地獄に落ちようではないか』


 狂っている。自分の身すら省みない奴行動は、もはや作戦ではなくただの暴走だ。だがそれ故に止まることを知らない。その狂気に俺達は改めて戦慄する。


『ついでに言うならば、確かにビームを射つのにかかる費用は私の給料十年分だ。だがウワンと折半するならば、その負担は半分ですむ』

『えっ!』


 勝ち誇ったような言葉を聞いて、今度はウワンが声をあげた。


『お待ちください、私は折半など了承しておりません!そんな事をしたら家族が……』


 慌て食って掛かるウワンだが、無情にもシレーはそれを一喝する。


『黙れ!もはやお前も一蓮托生だ。きっちり半額払ってもらうからな!』


 何てやつだ。部下やその家族さえも犠牲にするなんて。その残虐性に怒りを覚える。だがシレーはそんな俺達を嘲笑うかのように、ビーム砲へと手をかける。


『今、エネルギーのチャージを開始した。止められるものなら止めてみろ。出来はしないだろうがな。ちなみに、どこか人のいない場所に移動しても無駄だぞ。貴様がどこへ行こうと、私はその街に向かってビームを放つ』


 ギリギリと歯を食い縛る。悔しいが奴の言う通り、俺達に打つ手はなかった。


「どうしよう。あいつらは今成層圏にいるんだよね。それじゃ攻撃のしようがないよ。こんなことなら、もっとかめはめ波を撃つ練習をしておけばよかった」


 茉理が、焦りと不安の入り交じった声で言う。茉理にかかれば、あんなビーム砲なんてすぐに破壊できるだろう。ただしそれは、攻撃の届く範囲にあればの話だ。殴る蹴るや金棒では、遥か上空にいるあいつらには届かない。

 もしこれが上下でなく横の移動なら、いくら離れていても瞬間移動のごとき脚力でなんとかなると言うのに。


「俺の魔法じゃダメか?それなら遠距離攻撃や、テレポートで茉理を運ぶことだってできる」


 一応提案してみるが、それが難しいというのは俺自身がよく分かっていた。


「いくら遠距離攻撃ができるといっても、あんな長距離は届かないニャ。テレポートならもしかしたらできるかもしれないけど、それにしたって正確な位置が分からなきゃ無理だニャ」


 やはりそうか。俺の使うテレポートの魔法は、事前に移動先の景色や座標といった情報をイメージすることで移動できる。だが奴らの居場所は成層圏という漠然としたことしか分からない。テレポートするにはもう少し正確な情報が必要だった。

 そんなことを考えている間にも、ビームのチャージは刻一刻と進んでいる。


『どうやら打つ手が無いようだな。アマゾネスが、あのアマゾネスが私の策に屈する。この瞬間をどれだけ待っていたことか』


 夜空に浮かぶシレーの憎たらしい顔を見つめながら、自分の無力さを噛み締める。だがその時俺は、あることに気づいた。


「なあ、ウワンのやつ、何やってるんだ?」


 シレーに気づかれないよう、茉理とバニラに向かって小声で囁く。ウワンはシレーの後ろで隠れるようにしながら、何かプラカードのようなものを持っていた。

 文字が書いてあるようだが、遠くて俺にはよく見えない。だが茉理は違った。茉理は視力もまた超人的なのだ。


「ええと、『ここの正確な位置が分かればテレポートできるのか?』あの人もしかして、私達の味方をしようとしてるんじゃ……」


 その言葉に俺達は顔を見合わせる。シンリャークの一員であるウワンは、もちろん俺達にとって敵だ。だがアイツはビームが発射されるのを望んではいない。莫大な借金を抱えてまで俺達を倒す気はないようだ。

 するとそんな俺達の心を読んだかのように、ウワンは新しいプラカードを掲げた。


「俺には家族がいる。アイツらを借金まみれにするわけにはいかない。頼む、ビームを止めてくれ」

「ウワン……」


 今まで地球侵略の片棒を担いでおいて都合のいい話だ。だが今は他に頼るものもなく、何よりあいつも、守りたいもののために必死なのだ。そう思うと、今だけは信じていいような気がした。


「ああーっ。正確な位置さえ分かれば、テレポートで移動できるのに!」


 覚悟を決め、ウワンに聞こえるように大声で叫ぶ。わざとらしかったかもしれないが、幸いシレーはその意図に気づいていなかった。


『ほーら、だんだんチャージが貯まってきたぞー。もうすぐ街が吹っ飛ぶぞー』


 もはや勝利を確信した様子でムカつく事を言ってくる。だがその後ろで、ウワンは俺の言葉を聞いて瞬時に新たなプラカードを掲げていた。

 それを、素早く茉理が読み上げる。


「我々のいる位置は……成層圏3丁目5-6!」

「どこだよ!」


 なんだそのふざけた位置情報は。アイツを信じた俺がバカだった。少なくとも俺はそう思ったが、バニラは違った。


「あれは位置情報を表す際の宇宙規格だニャ。地球人には馴染みがないかもしれないけど、ボクには分かるニャ」

「……宇宙はどうなっているんだ」


 言いたいことはいくつかあるが、ともかくこれで奴らの位置は特定できた。後はそこまでテレポートするだけだ。だがバニラは俺を見て心配そうに言った。


「でも、成層圏3丁目となると、ここから随分と離れているニャ。今の浩平くんの体力じゃ、うまく移動できるか分からないニャ」

「………っ!」


 ここに来て嫌な事を言ってくれる。だがそれは自分でも分かっていたことだった。

 テレポートは使う際にかなりの体力と集中力を使う。そのため戦闘中ではまず使えず、ほとんど現場への移動のみに限定されている。そして移動距離が大きければ大きいほど、心身への負担もより大きくなっていく。

 ましてや今の俺は戦い疲れてボロボロの状態。実を言うと体のあちこちが悲鳴をあげていた。バニラが不安がるのも無理はない。

 けれど…………


「それでも、やるしかないだろ」


 迷いも、ついでに言うとそんなものに費やす時間も無い。こうしている間にも、ビームの発射は迫ってきているんだ。


「いくぞ、茉理」

「うん」


 決意して差しだした手を、茉理が握り返す。テレポートさえ上手くいけば、後は茉理の力でどうとでもなる。

 だが二人の手が触れ合ったその時、自分のそれが震えているのに気づく。

 覚悟を決めたはずなのに、どうやら思った以上に緊張しているようだ。もし失敗したら、この街が無くなる。そんなプレッシャーに押し潰されそうになる。

 そんな様子を見た茉理は、不安そうに声を漏らした。


「浩平……」

「ごめんな。本当ならお前を守ってやるつもりだったのに、最後までこんなんで」


 魔獣の軍団を倒すこともできず、今もみっともなく震えている。そんな自分が情けない。

 だがそれを聞いた茉理はキョトンとした顔になった。


「守る?私は浩平に守ってもらいたいだなんて、一度も思ったことないよ」

「……………」


 ああ、そうかい。そうだろうな、俺なんかがお前を守るなんてできるわけないよな。

 こんな大事な時だと言うのに、悲しい気持ちが溢れてくる。だが茉理はそこからさらに続けた。


「守ってもらわなくてもいいけど、一緒にはいてほしいな」

「……そんなんでいいのかよ?」


 改めてそんなことを言われてた俺は少し驚いた。

 茉理と一緒にいる。それは俺にとっては当たり前で、なにも特別な事じゃない。もちろん茉理が「二度と近寄るな」なんて言ったらその限りじゃないが、もしそうなったら俺はショック死する自信がある。

 だが茉理は少し照れたように言う。


「そんなのがいいんだよ。幼稚園の時も、それから今までいつも、浩平が隣にいてくれてとっても嬉しいんだから」

「茉理……」


 我ながらなんて単純なんだろう。茉理の言葉を一つで、疲れも不安も全て消えていくような気がした。

 間もなくして、いつの間にか俺の肩にのっていたバニラが叫ぶ。


「テレポートするのに十分な魔力が貯まったニャ。これなら行けるニャ!」

「いくぞ……………ニャンコロリンのパッ!」


 呪文を唱えた瞬間、俺達の体は光に包まれ、気がつけば空中へと放り出されていた。

 重力に従い下降する俺達の眼下に、シンリャークの宇宙船が見えた。その甲板には、目を見開いてこっちを見るシレーがいる。


「なんだ⁉あいつらいったい、どうやってここまでテレポートしてきた?座標の割り出しなんて容易にできることではないぞ⁉」

「さ、さあー?どうしてでしょうねー?ピュー、ピュー……」


 驚いてるシレーと、白々しく口笛を吹いて誤魔化すウワン。そして肝心のビーム砲はと言うと……


「ビームのエネルギーチャージは、まだ終わってないみたいだニャ!」

「これなら行ける。やったよ浩平!」


 バニラと茉理のあげた歓喜の声が聞こえるが、今の俺にはそれがどこか遠くに感じた。どうやらこの距離のテレポートは想像していたよりもずっと体に負担がかかったようで、既に疲れきっていた俺の体は限界だったようだ。

 だがそんな状態であるにも関わらず、心は落ち着き、安堵している。だってそうだろ?この距離まで近づけたのなら、もう何も心配することはない。


「いっくよ―――っ!」


 ゆっくりと瞼が閉じられていく中最後に見たのは、ビーム砲に向かって金棒を降り下ろす茉理の姿だった。

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