第30話 誕生、魔法少女? 5

 そんなこんなで、避ける俺と耐える魔獣の戦いは長きにわたった。だがついにそれにも決着の時が来た。


「グォォ……」


 魔獣がこれまでとは違う低く短い唸り声をあげたかと思うと、明らかに動きが鈍くなるのがわかった。

 今まで何度も攻撃を受けても立ち上がってきた魔獣だが、それらは決して効いてなかったわけじゃない。ダメージは徐々に体の中へと蓄積されていき、それが今耐えうる限界を越えたんだ。


 だが満身創痍なのは俺も同じだ。絶えず集中し続けていたせいで精神的疲労が酷く、足元がふらつく。

 これ以上長引かせるわけにはいかない。だから次で最後にする。残る力の全てを使った一撃で、この戦いを終わりにする。

 幸い魔獣の動きが鈍ったお陰で、呪文を唱える隙は十分にあった。ならば今こそあの魔法を使う時だ。


「我が身に封印されし冥界の魔神よ……」


 それはバニラが最後に教えた魔法、中二病全開のあの魔法だ。長きに渡った戦いだが、この魔法だけは一度も発動することはなかった。やっぱり長すぎだろこの呪文。


「今こそ解放され暗黒の力にて森羅万象全てを虚無へと返せ……」


 だが最後だけはこれで決めたかった。俺の心の中の何かが、かつてどこかに置き忘れてきた衝動が、それを求めて止まなかった。

 そんな万感の思いを込めて、最後の魔法が放たれる。


「エターナルブラックホール!」


 詠唱を終えると共に、辺りには黒いオーラが立ち込める。それは凄い勢いで魔獣の方へと集まっていき、その体を呑み込んだ。

 そう言えばこれは闇のオーラで攻撃する魔法だって聞いたけど、オーラで攻撃って具体的にどういうものなのだろう?やっぱり痛いのかな?まあ倒せるなら何でもいいか。


「グォォォォォッ!!!」


 最後の咆哮が響く。集まったオーラはだんだんと収束していき、呑み込んだ魔獣の体を完全に消滅させた。

 勝利の瞬間を見届けた俺は、今まで魔獣のいたその場所にせを向けて言う。


「闇より深き深淵へと消えろ!」

「浩平くん、嫌がっていた割にノリノリだニャ」


 何となく言いたい気分だったんだ。

 ともかく魔獣を倒した俺は、次にシレーとウワンのいる方へと体を向けた。

 向こうもそれに応えるようにシレーが一歩前に出る。


「我々の魔獣を倒すとは、流石はアマゾネスの弟子と言ったところか。最後の呪文はなかなかカッコ良かったぞ。私もいつか言いたいものだな」


 そうか、こいつもかつての俺と同類か。今まで敵でしかなかったシレーに、初めてシンパシーを感じたような気がした。


「ボクはニャハリクニャハリタの方がいいニャ」


 何が通じあった俺達とは違ってバニラは不満そうだった。

 だがシレーはそれから不敵に笑ってこう続けた。


「今は束の間の勝利を喜ぶがいい」

「どう言う事だ……いえ、どういう事よ」


 一度返事をした後、慌てて口調を変える。魔獣との戦いで忘れかけていたが、今の俺は相変わらず女装したままだ。戦っている間も、呪文を唱えるのは全て裏声を使っていた。

 幸いシレーは口調の変化は怪しむことなく話を続けた。


「今まで幾度となくアマゾネス1号に敗れてきた我々が、何の策も無くやって来たとでも思ったか?」

「……………思った」

「ボクもニャ」


 だって今までもほとんど無策だったじゃないか。


「違う!今回の敗北は計画通りだったんだよ!負け惜しみじゃないぞ、ホントだぞ!」


 真っ赤になって怒るシレー。正直大した策などあるとは思わないが、まともに相手をするのも面倒になってきた。


「わかったわかった。で、策って何よ?」

「フハハハハ、それはまだ秘密だ」


 どう受け答えしようと面倒には変わり無いようだ。


「だがこれだけは言っておく。2号である貴様の登場は少々予定外だったが、そんなものは些細な事だ。いずれ貴様も1号も、我らシンリャークの真の恐ろしさを知る。そして闇より深き深淵へと消えるのだ。フハハハハハハハハハ!」


 ひときわ大きな高笑いをしたかと思うと、シレーとウワン姿がだんだんと薄れていく。どうやら今回はここで撤退するようだ。

 まもなくして、シレー達は笑い声の残響だけを残して完全に消え去った。


「闇より深き深淵って、あいつ俺の決めゼリフをパクりやがった」

「とりあえず、魔法少女の初仕事お疲れ様だニャ」


 ねぎらいの言葉をもらうと共に、今の自分が相当疲れていることに気づく。それほどまでにギリギリの戦いだったと言う事だ。


 今回は何とか勝てたものの、次も同じようにいくとは限らない。


「あいつらの策がどうこう言う前に、まずは確実に魔獣を倒せるくらい強くならないとな」


 だが辛勝とはいえ勝ちは勝ちだ。ホッとしたところで、不意に聞きなれた音が聞こえてきた。スマホの着信音だ。


「茉理からだ」


 スマホを取りだして履歴を見てみると、茉理からの連絡を知らせる通知がズラリと並んでいた。


「大丈夫だって言ったのに、随分と心配してたみたいだな」


 実際あれだけ苦戦したのだから、いらない心配とはとても言えないだろう。


「早く帰って茉理ちゃんを安心させるニャ」

「だな」


 頷きながら、だが俺は内心これから茉理と会うのに若干の不安を抱いていた。


(俺が魔法少女になった事、どうやってごまかそうか?)

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