第20話 さよなら魔法少女 2

「酷いよ!私だって人から怖いと思われたら傷つくんだよ。そりゃ魔獣を倒さないと被害が出るから戦ってたけど、周りの人やニュースで怖いって聞くのは嫌だったんだからね」


 取り乱したように叫ぶ茉理。まあ、確かに怖いと言う言葉はしょっちゅう聞くな。この前も、助けたはずの女の子が泣きながら逃げて行った。

 だが俺は、そんな茉理を見てなんだか引っ掛かるものがあった。昔これと似た表情を見た気がする。いつの事だっただろうか?

 しかし悩んでいる俺をよそに、茉理とバニラは話を続ける。


「今更何言ってるニャ。だいいちそんなの気してたなら、何で魔獣の顔の皮を無理矢理剥いだりしたんだニャ」


 ああ、あのテディベア魔獣の時か。あれには俺も少し引いた。

 いつも肉塊になるまで殴っているのは、魔獣を倒すためには仕方ないことだ。だがいくら何でも生きたまま皮を剥ぐというのはやりすぎなんじゃないかと思う。

 だが茉理にもちゃんと言い分があった。


「だってそうでもしないと、テディベアみたいな愛らしい子を殴る事になるじゃない。そしたらまた怖がられるかなって思って。それなのに、後でネットで調べてみたら、『今日の魔獣の死体は一段と惨かった。アマゾネス超こえー』なんて書かれてたんだよ」


 茉理が悪く言われるのには腹が立つ。腹が立つが、否定はできない。

「あれで気を使ったつもりだったのかよ。むしろよけい酷くなったぞ。」

「ええっ、そうなの!」


 良かれと思ってやったその行為のせいで余計怖くなった。だがそれに全く気づいていなかった茉理は、今更ながら後悔に打ちひしがれていた。


「そんな……少しでも怖がらせないようにって思ってやったのに、全くの無意味だったって言うの?」

「無意味と言うか逆効果だったニャ。幸いあの時の周りに人はいなかったけど、もしいたら間違いなくドン引きだったニャ」


 だからもう少し発言にデリカシーを持てよ。よほどショックだったのか、茉理はガックリと肩を落としてうなだれた。

 いや、怖くならないよう気を使うのは良い事だと思うぞ。方法は果てしなくズレていたけど。


「……やっぱりこのままじゃいけない。魔法少女を続けていたら、皆からずっと怖い人って思われる」


 くらい表情のままブツブツと呟く茉理。どうやら引退の意思はより強固になったみたいだ。


「そんな、どうしてそんなに意固地になるニャ。考え直すニャ!」


 バニラよ、言っておくがお前の言葉がトドメを刺したんだからな。だがバニラはそんなこと全く反省するはずもなく、今度は俺に話を振ってきた。


「浩平君も何か言うニャ。一緒に茉理ちゃんを説得するニャ」

「って言われてもなぁ……」


 さて、この場合俺はどうすれば良いのだろう?三人で続けていきたいと言うバニラの意見も分かるし、地球の平和を考えたら茉理に残ってもらった方が良いと思う。

 だがその一方で、珍しく我を張る茉理の姿を見る度に俺の心は騒いでいた。怖がられるのは嫌だという度に、何故か無性に守ってやりたくなる。理屈はどうか知らないが、少なくとも感情ではどうしようもなく茉理の味方をしてやりたかった。

 これが惚れた弱みと言うやつなのだろうか。そう思いもしたが、何かが違う気がする。


(あれ?これって……)


 ついさっき感じた引っ掛かりを、再び思い出す。そうだ、確かずっと昔にも、俺は似たような事を思ったんだ。


「なあ茉理。そんなに、怖がられるのは嫌なのか?」


 俺の問いかけに、それまで騒いでいた茉理は途端にシュンとする。

 その表情は申し訳なさで一杯になっていて、もしかしたら責められていると思ったのかもしれない。

 だけど、それでもやっぱり答えは変わらなかった。


「………嫌だよ」


 やっぱりな。それは予想した通りの答えだった。なら、次に俺が言うべき事は決まっている。


「そっか。じゃあ、無理して続けるべきじゃないな」

「えっ……?」


 その言葉が意外だったのか、茉理はキョトンとしながら俺を見た。


「いいの?」

「いいも何も、強制できるもんじゃないだろ。やりたくないなら、無理にやらせるもんじゃない」

「浩平……」


 茉理の表情が、次第に驚きから安堵へと変わっていくのが分かった。

 それを見て、今まで彼女が少なからず不安を抱えていたことに改めて気づく。重い決断になるのだから無理もない。

 そんな重荷を多少なりとも軽くできたのなら、俺はこの判断ができて良かったと思う。

 だがそれに納得のいかない者もいた。


「浩平くんまで何を言い出すニャ。そんなのダメだニャ」


 バニラはここにきてなお主張を変えようとはしない。こいつはこいつなりに真剣なのだろう。

 俺は一息つくと、穏やかな声でゆっくりとバニラに向かって言った。


「なあバニラ、茉理をよく見てみろ」

「えっ……」


 二人の視線の先で、茉理は懇願するように深々と頭を下げていた。

 無言のままそれを続けるのを見て、頑なに主張していたバニラも言葉を止める。


「茉理が本気で止めたがっているってのは、お前にも分かるよな?それなのに無理言って続けさせて、それがお前の目指していた魔法少女なのか?」

「それは……違うニャ」

「そうだろ。バニラの言う、続けたいって気持ちももちろん分かる。けどな、今一番大事なのは茉理の気持ちなんじゃないのか?」


 バニラは何も言わなかったが、俺の言っている事はちゃんと理解しているのだろう。話し合いを初めてからずっと騒いでいたのに、今は静かに聞いている。


「ごめんね。でも、お願いだから認めて欲しいの。私が魔法少女をやめることを」


 それが最後の一押しになったようだ。ずっと反対を続けてきたバニラもついに折れた。


「…………分かったニャ」


 まだ完全には納得できていないのだろう。ポツリと呟いた時の表情は固いままだ。

 だが、それでも確かに認めてくれた。


「勝手なこと言って本当にごめんね。それと、ありがとう」


 するとバニラは、まるで涙を拭うかのように目を擦り、言った。


「元々、魔法少女になってって言ったのはボクの勝手なお願いで、茉理ちゃんはそれを聞いてくれたニャ。だからこれでお相子ニャ」


 それを聞きながら、俺はようやく胸を撫で下ろせたような気がした。

 こうして本当に、茉理の魔法少女としての日々は終わりを迎えるのだった。






 話を終えた俺達は、茉理の家を後にし我が家へと向かう。その途中でバニラが言う。


「本音を言うと、今でもやっぱり残念だニャ。実はナイショにしてたんだけど、茉理ちゃん専用の魔法のステッキだって作ろうと思っていたんだニャ」


 認めたとはいえ、未練が無いわけじゃ無い。その気持ちは分かる。俺だってちょっと残念なんだ。


「でも、茉理ちゃんの事を思うと仕方ないニャ。次の魔法少女はこれから探すことにするニャ」

「そうか、偉いぞ。今夜のご飯は何がいい?」


 頑張って我慢したんだ。美味しいものを食べて、少しでも元気になってもらおう。


「じゃあ、大トロがいいニャ」

「……贅沢言うな」


 いくらなんでも限度と言うものがある。この図太さがあれば大丈夫そうだ。


「それにしても、茉理ちゃんが怖がられる事をあんなに嫌がっていたなんて、全然気づかなかったニャ」

「俺もだ。普段は人目を気にせず我が道を行くって感じだからな」


 実際、茉理はあまり人からどう見られるかなんて気にしない方だと思う。これまでの服や外見に対する無頓着がそれを物語っている。


「けど、思い返して見ればヒントはあったのかもな。魔法少女をやるって決めてすぐに、正体がバレるのは嫌だって言っただろ。今思うとそれも、恐怖の感情がアマゾネスって言う記号じゃなく、森野茉理本人に向けられないようにするためだったんだな」

「あれってそう言う事だったかニャ」

「多分な。さらに言うと、嫌がるようになった理由にも心当たりがある」


 実を言うと、俺は今までその理由を忘れていて、茉理の心の内に気づいてやれないでいた。だが話しているうちにそれを思い出し、魔法少女を止めたいと言う茉理の意思を尊重しようと決めたんだ。

 だがそんなことを知らないバニラは首を傾げた。


「理由って、何かあるのかニャ」

「ああ。あんまり面白くない話だけどな。聞きたいか?」

「聞きたいニャ」


 そうだろうな。なにせ今まで続けてきた魔法少女を止める理由だ。バニラにはちゃんと話しておいた方がいいかもしれない。


「少し長くなるかもしれないから、家に帰ってからにするぞ」

「分かったニャ」


 そうして俺は、家に帰りつくまでの間これから話そうとする内容を思い返す。

 今から少しだけ昔の話。俺や茉理が、まだ幼稚園に通っていた頃の話を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る