2.1 認識できるものだけが存在している

【ミキ@現実世界:学校】 

え?ユウコが死んだ?

ミキはその言葉の意味をまだ咀嚼できていなかった。

クラスメイトによると、ユウコはE-schoolの体育館(E-schoolでは仮想現実としてA高校そっくりの学校が再現されている。)で首を絞められて殺されていたそうだ。ユウコは学校には最近ほとんど来ていなかったが、E-schoolには時折顔を出していたし、この間クラスチャットでもレスポンスをしていたらしい。

ミキはほとんどE-schoolにはログインしない。その意味ではネット上の学校で「不登校」の状態と言えた。そのためユウコの事件もさっきクラスメイトに聞くまでは知らなかったのだ。

ミキにとって、ネット上の出来事は感知できない「他所事」であった。ニュースを見るほど世界に悲観的になるという話を聞いたことがある。ニュースでは戦争や殺人事件など悲しい話題ばかりを取り上げるため、まるでこの世界が悪いことだらけのように感じてしまうからだそうだ。しかしニュースを見ない人はそれらを知ることはなく、あたかもそのような悪いことは世界で起こっていないと思うだろう。要は認識できないことは自身にとって存在しないことと同じなのだ。

学校側はユウコがいじめられていたのではないかと疑っている。といってもユウコは「現実の」学校には来ていなかったので、あくまでE-school上でのいじめを指している。E-school上でのクラスチャットは教師が閲覧できるし、現実世界と同様にアバターを介して生徒を見張ることはできる。ある意味現実世界よりも監視は徹底しているということだ。


そんなの無意味だよ、とミキはつぶやく。結局それは「学校内での」いじめを見張れるだけで、現実であれネットであれ、学校外の生徒の動向なんて見張れるわけがない。そしてマスコミに対して「本校におけるいじめは確認できませんでした」「本校にいじめはありません」と平然と答えるのだろう。


いじめは認識できなかった。故にいじめは存在しなかった。Q.E.D.証明終わり。

学校側の「いじめはない」は「いじめを認識できなかった」と同義なのだ。認識できないものは存在していないのと同じだ。

それと同じで、E-school上の出来事を認識できないミキにとって、ユウコの死は存在していないも同然だった。自分で確かめていないんだから。本当かどうかなんてわからない。クラスメイトのみんなはそう言ってるけど、私はまだユウコの死を確認していない。


本当はユウコは死んでないんじゃないかな。ミキはそんなことを考えていた。



【リョウ@現実世界:学校】

クラスはユウコが死んだことで蜂の巣をつついたような騒ぎようだった。これがクラスチャットだったら大層炎上し得ていたことだろう。数日はこんな騒ぎが続くんだろうかと思うと憂鬱だった。

「なあ、ユウコは本当に死んだんだろうか?」何となくトモヤに聞いてみた。

「さあ、どっちでも同じじゃない?」トモヤが気のない返事をする。

どっちでも同じとは。そんなわけないじゃないか。死んだ、死なないの二択に決まってる。

「じゃあ聞くけど、リョウは今朝学校に来るまでユウコが死んだことを知らなかっただろ?それまでは「死んでいる」と認識してなかったじゃないか。ってことは「生きている」と思っていたんじゃないの?」

「それはそうだけど、今はもう死んだって知ってるよ」

「それは「シュレーディンガーの猫」と一緒だよ。ドアを開けるまで猫が死んでるか生きてるか分からないんだ。クジをひくまでそれが当たりかハズレかわからないだろ?結局ユウコが死んだってことも、実際に確認するまでは分からないんだ。哲学的に言えば「認識してはじめて存在する」かな。」

なんだか丸め込まれた感じだ。でも確かにそうかもしれない。実際にユウコが死んだのを確認していないんだから、自分の中ではユウコは死んでいる状態でも生きている状態でも両方あり得る。リョウはそのどちらなのか自分で確かめたい、と思っていた。

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