再燃ー2


  寝静まった居住区を抜け、闇夜に紛れながら火山へ向かって行く。

 火山までの道程には農耕地があったが次第に人工物は減っていき、足場も悪くなっていった。遠くに見える娯楽園は深夜でも輝き続け一際眩しく見えた。


「やあやあ少年少女達、待ってたぜ」

  麓に辿り着くと見覚えのある二人組が僕らを待っていた。

 気さくに話しかけてきたのはつい数時間前に神経衰弱で戦ったジェンマさんだった。傍らにはエルフの少女もいる。

「どうしてあなたがここに?」

「未来の英雄達に恩を売っておくのも悪くないかと思ってよ」

「言い訳。ジェンマ、賭けに負けたからお母さんの言いなりなだけ」

「余計な情報を言わなくてよろしい」

  この二人の掛け合いは軽快だ、仲の良さが窺える。

 わざわざ僕らを待ち構えていたということは彼らが祠の案内役なのだろう。

 不思議な縁だ。ついさっきまで戦っていた相手が今度は僕らを助けてくれるなんて。


「俺達が祠まで案内する。けど祠があるのは火山の深層部。危険な道中だ、命の保証はしかねるぜ。と一応前置きはしておくが君達は全員来るんだろ」

「もちろん」

 僕ら全員が迷わずに肯定の意志を示す。

「それでこそ英雄ご一行様だ。ところで有翼人のお姉ちゃんはいないのか?」

「彼女は今別行動です」

「そうか。あの姉ちゃんが居ればイージーモードかと思ったけど仕方ないか。スリリングな冒険といこうか」

  スリリングと表しながらもジェンマさんは楽しそうだ。ギャンブラーの性だろうか。


「ロゼ、頼んだ」

 ジェンマさんに促されたエルフの少女、ロゼさんは詠唱を始める。

『恵みの水よ、癒しの潤いで我らを包み守りたまえ』

  ロゼさんの魔法により出現した人数分の水の球体は大きく膨れ上がり、たちまち僕らの全身を包む。

 水の中に居るが息苦しくはなく、視界がぼやけたりもしない。

 感覚として変わった部分はほぼない。変化は程よい冷たさで心地良いという事くらいだ。

  光の反射で時折水面が揺らめくので、薄い膜に覆われているのが分かる。

 大きなしゃぼん玉の中に居る様な状態だ。

「火山の深層部はめちゃくちゃ熱い。生身で行こうもんなら灼熱地獄であの世行きだ。この魔法のおかげで新鮮な空気と温度が保たれている。だから俺達の寿命はこの水の玉が消え失せるまでだと思ってくれ。消えるまでに目的果たして火山を脱出する」

「水の加護は鉄壁じゃない、強い衝撃が加われば壊れる。気を付けて」

 ジェンマさんとロゼさんの説明を受け、僕らは頷く。




  ジェンマさんとロゼさんを先頭に火山の道中を慎重に進んで行く。

 整備などされていない、自然にできた道は歩き辛く不安定だ。

 心もとない進路に、下を流れる高熱のマグマ。道を踏み外し落ちてしまえば助からないだろう。

  うっかり転んだりして包み込んでくれている水の加護が壊れるのも怖い。

 神経がすり減りながらも深層部に向かって立ち止まることなく足を動かす。

 

  ひたすら歩くことに集中していると大きな揺れが足元から伝ってくる、地震だ。

 僕はマグマに落ちまいと下にばかり注意が向いていた。

 地震で崩れた岩石がいくつも上から転がってくるのに気づくのが遅れる。

 このままでは全員と衝突する。

「危ない!」

  フェイ君が稲妻のような素早さで駆けて来る。そのままの勢いで落下してきた岩石を次々砕いて行く。

 しかしこの高速移動でフェイ君の身体には電気が帯びていた。その電気が彼を包む水球を破いてしまった。

  落石の脅威は去ったものの猛烈な熱さがフェイ君を襲い、熱さに耐え切れずにしゃがみ込んでしまう。

 吹き出るように全身から汗が流れ始めるが、その汗もすぐに蒸発していく。


「もうこの魔法は使えないんですか!?」

「無理。火山の中だと水をゼロから生成することになる。とても私の魔力マナじゃできない」

  僕は慌ててロゼさんへ尋ねるが彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。

 そんなこのままじゃフェイ君が…!

「なら分け与えることは出来ますか?私の水球をフェイさんに分けられれば」

「この場所で分けるのは難しい…でも、共有することならできるかも。だけど、共有したらこれ以上奥に進むと地上に戻る加護が足りない」

「ここから二人で地上へ戻る分さえあれば十分です…すみませんが後は任せました」

  北里さんに迷いはない、すぐさまフェイ君を助ける方法を選択する。

 すぐにフェイ君の傍にしゃがみ、ロゼさんは北里さんを包む水球に手を触れる。

『守護する水よ、癒しの調べを広げよ』

  すると北里さんを包む水球が膨らみ、二人を包み込んだ。

 フェイ君の呼吸が徐々に落ち着きを取り戻す。


「…ごめん、鈴音」

「気にしないでください」

  北里さんの手を借りてフェイ君は立ち上がる。

 急激な温度変化のせいで身体への負担が辛かったはずだが、フェイ君は一人で立った。

「私がフェイさんを連れて地上へ戻ります。皆さんは先へ進んでください」

  あまりゆっくりしている時間は僕らにはない。

 二人が無事に地上へ戻ってくれることを信じ、先へと進む。



  赤く燃えているような視界の中を歩き続ける。まるで炎の中を歩かされているようだ。より深く地下へ潜って行くと視界の揺らめきが強くなる。

 辺りを占めるマグマの面積は広がり、生き物が通れるような場所が殆どない。

  こんな所に祠を作り上げるなんて。強力な魔力マナの結晶体を守るものなのだから用心する気持ちも分かるが、危険過ぎて譲り渡す気がないのではないかと思ってしまう。

  ジェンマさんとロゼさんの先導のおかげで迷わず来れているが、闇雲に探していたら見つけるのは困難だっただろう。

 探索して見つけるならばこのような危険な深層は避けていたかもしれない。


  やがて先導していた二人が立ち止まる。先にはマグマしかない、行き止まりだ。

 見渡す限り祠はおろか、人工物ひとつ見当たならない。

「どこに祠があるって言うんだ」

「祠はある。けど、とても人が近寄れるものじゃない」

  ロゼさんの指さす先は今にも蠢くマグマの渦に飲まれそうな中心地。

 目を凝らしてようやく見えた、小さいが確かに建造物がある。僅かな足の踏み場の上に祠は鎮座している。


「風魔法であなた達を向こう側へ運ぶ」

「有翼人の姉ちゃんが居れば転移魔法が使えて楽勝だったんだろうなー。ロゼはエルフにしては魔力マナが貧弱だからな」

「…ここは火の魔力マナが強力で水や光を媒体にする転移魔法は扱うのがとても難しい。そもそも転移魔法は移動先の強いイメージかマークする為の魔石がないと失敗する。難易度の高い上位魔法でエルフでも扱える者は多くない。けど、ジェンマの加護を壊して魔力マナの足しにする事もやぶさかじゃない」

  ロゼさんの淡々とした口調が少し早口だった。これは冗談ではなく本気だ。

 もしかしたら何度も似た説明をさせられているのかもしれない。

「ロゼちゃんは優秀な魔法使いだ!でもここは火山だから火属性以外の魔力マナが蓄えづらい、仕方ないね!」

  掌を返したように、わざとらしくジェンマさんは言い直した。

 最初から機嫌を損ねるようなこと言わなければ良いのに。


「これを持っていて。帰りはその魔石を目印にしてあなた達をここまで戻す」

  ロゼさんは僕ら三人に硬貨位の大きさの魔石をそれぞれ手渡してくれる。

「全員で行かないんですか?」

「…ごめんなさい。ジェンマの言う通り、私は魔法使いとしては落ちこぼれ。もう魔力マナがあまり残ってない」

  僕に魔石を手渡してくれるタイミングでロゼさんに問えば謝られた。

 よく見れば彼女の表情は青ざめていて、快適なはずの水の加護に包まれているのに汗をかいていた。

 心配になった途端、ロゼさんは少しふらついた。

「ま、俺達は祠に用はないしな。二人で大人しく待ってるよ」 

  素早くロゼさんを支えるようにジェンマさんが隣に立った。

 ジェンマさんはロゼさんの不調に気づいていたようだ。

「あなた達を置いて行ったりはしない。送迎は必ずする。それだけの魔力マナはちゃんとある。信じて」

  決して疑っている訳ではないのだけど、ロゼさんは先の賭け事で僕らを騙したという負い目があったのだろうか。

 僕らの不安を配慮してか毅然と言葉にしてくれた。

「信じています」

「……本当、あなたは純真な目をしているのね」


  ロゼさんは姿勢を正し、深く息を吸って神経を研ぎ澄ましていた。

 次第に彼女の身体が発光し出す。魔力マナが集約した証拠だ。

『翔る風よ、吹き抜ける流れを集め彼の者達を運ぶ船となれ』

  僕ら三人の足元に風が集まり密度は増し、たちまち足は地を離れ身体が浮いた。

 そして風の船は僕らを乗せて動き出し、マグマ渦の中心へ向かって行く。

 マグマの熱さのせいか祠を形作る石は赤みを帯び、まるで熱を持っているように見えた。


  祠の全体が視界に捉えられる距離に辿り着いた時、突如僕らの真横に火柱が上がる。噴火でもするかのようにマグマが噴出し火の粉を飛び散らす。

 威力の凄まじさから僕らを運ぶ風の船がガタガタと揺れる。気を抜けば落ちてしまいそうだ。

  ところがその火柱は一度で済まなかった。僕らの進路を妨害するように次々と上がり始めた。

 視界の端に驚き動揺している二人の顔が見えた。きっとこれは二人にとっても想定外の事態なのだろう。

  恐らくロゼさんは風の船を制御するので精一杯だ、助けは望めない。 

 僕らは動き回る事の出来ない狭い足場で飛び散る火の粉に注意を払いながら早く祠に着いてくれと願う。

「頼むよ、持ってくれ…!」

  出発時よりも密度の減った風の船は隙間が増え、真下のマグマの海が良く見える。

  生きているかのように火柱は狙いを定めて吹き出し続ける。

 まるで嵐の日に航海をしているような感覚だ。船の揺れは激しさを増し、今にも壊れてしまいそう。


  もう少しで祠に辿り着く、着地を見据えていた時だった。

「二人共跳べ!」

  レツさんの急な指示に僕は躊躇ってしまった。

 この距離から跳び出せば祠のある陸地には届かず落下する、そう思った。

 だが、そんな僕とは違い風祭先輩は船から勢いよく跳び出した。

  先輩の背が見えた時だった、力尽きたように風の船は飛散してしまう。

 呆然と立ち尽くしてしまい宙に放り出された僕の身体が重力を感じる。

  一瞬の判断を誤ったせいで僕はこのままマグマに飲まれてしまうのか。

 そう思った途端だった、強い力に引かれ僕とレツさんの位置が入れ替わる。

 レツさんが僕の服を片手で掴んで強引に引き上げた。

  引き上げた勢いのままレツさんは身体を反転させ、空いていた片手で構えていた魔銃を僕らに向かって撃ち放つ。銃口から勢いよく放たれた突風は僕と風祭先輩の身体を吹き飛ばす。僕らは転がり込む形で陸地へと辿り着く。

  僕らは立ち上がると振り返り、急いで陸の端まで走る。

 しかし僕らが辿った宙にも、マグマにも。どんなに見回してもレツさんの姿は無かった。跡形もなく、僕らの前から一瞬で姿が消えてしまった。

  弾丸を放った瞬間、水の弾ける音もした。

 きっとその音はレツさんを包んでいた水の加護が破裂したものだ。レツさんは生身でマグマの渦に飲まれた。助かる見込みは―――


「僕のせいだ…」

  あの時躊躇わずに跳び出せていれば、三人で辿り着けたかもしれないのに。

 僕を助ける為にレツさんが自らを犠牲にすることに…。

  一気に血の気は引き、理性が失せる。

 取り乱した僕はレツさんを助けようとマグマへ身を乗り出そうとした。

「しっかりしろ!」

  力強く腕を引かれ陸地に留まる。

 風祭先輩の叱咤に目が覚めるように意識を取り戻す。

「今は悲しむ時じゃない。自分の務めを忘れるな」

  命が失われたというのに冷たい人だと先輩に思った自分をすぐに恥じた。

 先輩の握る拳は震えていた。先輩は冷酷な人ではない、先輩だって動揺し悲しんでいる。

 それでも祠に至った目的や僕の為に冷静さを保とうとしてくれている。


  火山に入る時よりも僕らを包んでくれている水球が小さくなっている。

 ゆっくりと悼んでいる時間は僕らにはない。

  僕らがこの祠に居るであろう有翼人と接触し魔石を譲り受けなくては。

 託してくれた人達の思いを、僕を助けてくれたレツさんの思いを無下にすることになる。今は悔やんでいる時ではない。

「……はい!」

 溢れ出しそうな涙を堪え、焼けるように赤い祠へと向き合う。

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