怒濤の絶叫ー1

「御影博士、来てくれましたよ」

「…こんにちは」

  美奈子に連れられてやって来たエルフの少女は強張った顔をしていた。

 エルフが人間に協力的ではないのは分かっているし、俺もそこまで友好的な態度を示せない。己の振る舞いや顔つきが他者へ不快感を与えている自覚はある。

 だが、俺には到底世間の求める、にこやかというレベルまではできやしない。そもそも笑おうと思っても笑えない。

 俺はこういう人間だと割り切ってもらえると助かるが…子供にそれを求めるのは無理だろうか。果たして目の前の少女を"子供"と定義していいかも分からないが。

 例え子供の容姿をしていても50年以上を生きている可能性も充分にあり得るのがエルフという人種だ。


  エルフの少女、リリアに協力を依頼したのは彼女の扱う魔力マナ無効化魔法について調べたいからであった。

 ティオールの里の族長一家のみに相伝される秘術。エルフ同士でも扱える人物が限られているというのは興味深い違いだ。そんな大切な魔法を人間に話すなど断れるかと思ったが「エルフも人間も関係なく、皆の未来の為に使うとお約束してもらえるなら」とリリアは意外にも了承してくれた。

 人間の手によって両親も故郷も失った少女の言葉とは思えない真っすぐな目をしていたと交渉を行ってくれた美奈子は報告してくれた。

  魔力マナ無効化の魔法が応用できれば強力な魔法を繰り出す有翼人に対抗できるかもしれない。上手く行けば相手を無抵抗で抑え込める。血を流さずに済むかもしれない。


「よく来てくれたな」

 リリアは俺が怖いのか美奈子の背に隠れ、恐る恐るこちらを窺ってくる。

「悪いが笑顔は得意ではない。この顔は生まれつきだから慣れてくれ」

「…はい」

「顔は怖いけど、優しい人よ」

  美奈子は茶化すように言う。学生時代の美奈子はもっと堅苦しくて刺々しい印象だったが…それは晃司が傍に居たせいもあるか。

 記憶の中の印象だ。もう20年の時が経っている、変化があって当たり前か。

「…お前も言うようになったな」

「ふふふ、尊敬しているからこそですよ」

  俺のほうが年下だから敬語はいらないのだが、美奈子は律儀にずっと敬語を使ってくれる。俺達のやり取りを見て少し緊張が解れたのかリリアは笑った。

「へへ、分かりました。リリア、博士のお手伝い頑張りますね」

「よろしく頼む」

  個人でしか動けなかった俺がこうもすっと協力を願い出る言葉が出るとは。

 昔では信じられないな。


「あの…少しだけ千沙お姉ちゃんに会って来てもいいですか?」

「ええ、構わないわよ。いいですよね?」

「ああ。話が済んだらまたここに戻ってきてくれればいい」

「やった!ありがとうございます」

 するとリリアは嬉しそうに駆けて行った。

「一人で行けるー?」

「大丈夫でーす!」

  弾むみたいに走るリリアは、機嫌のいい時のレイチェルを彷彿とさせた。

 ティオールは閉鎖的な里だ、遺伝子が濃いのだろうか…。

「千沙ちゃん、随分懐かれてますね」

「そうみたいだな」

「……御影博士は千沙ちゃんと話しましたか?」

 美奈子は工藤博士の姿がないことを確認してから小さい声で尋ねてきた。


  工藤博士なら少し前に休憩室へと行った。

 俺が仮眠を勧めたのだが、最初露骨に嫌な顔をされた。憎悪の対象である俺に指図されたように感じて癪に触るのだろう。仕方がないので挑発まじりに「パフォーマンスが低下した状態では足手まといだ、それに倒れられたら迷惑になる」と告げれば、苛立ちながらも提案を受け入れてくれた。

  工藤博士の態度はそれこそ昔と変わらないのである意味安心する。今更友好関係を築こうとも許されようとも思わない。俺は彼から恨まれ、憎まれるのが当然なのだから。

  驚いたことに工藤博士は俺に引けもとらぬ勢いで起き続け、開発作業を行ってくれている。

 ヘスティアに依頼された時は協力的な姿勢を見せなかったので、あまり期待していなかったのだが、俺が防護壁の仮設計や有翼人の攻撃魔法の想定を話し出すと熱心に聞き入り、考察し独自で計算をした上で俺に反論したりしてきた。

 やはり開発者の性なのだろうか、興味惹かれる論点を見ると頭が動いてしまうのか。工藤博士は俺のプランに穴がないかを常にチェックし続け、良い案を思いつくと殴るみたいにぶつけてくる。

 工藤博士は有能だ。彼と討論を交わすといつも喧嘩腰になってしまうが防護壁の精度が上がるのが分かる。決して俺達と開発を共にはしないが、一人で黙々と作業し、開発グループ内の誰とも違う観点から物事を見てくれる。

 防護壁の完成目途はどうにか立ちそうではあった。あとは時間との勝負だ。


「特に話す必要もないだろ」

  旭の部屋の前に居た彼女と少し言葉を交わしたが、その時以外では姿すら見ていない。

 彼女の容態は人工魔石による悪化で気にかかりはするが、健康管理を兼任してくれている美奈子から都度報告は受けている。わざわざ俺から話しに行く理由もないだろう。

「本気で言ってます?」

「ああ…理由もなく他人に話しかけられても困るだろ」

「え!?私は御影博士が千沙ちゃんの父親なのかと」

「…俺は父親になった覚えはない」


  旭と共にアルフィードの地下研究室を抜け出し、逃亡途中ではぐれてから先日の第二次世界大戦まで俺は彼女と再会していない。

 二年前のカルツソッドとの防衛戦の時ですら、戦地を飛び回るNWAを旭が乗っているものだとばかり思っていた。まさか旭に子供が居て、娘も母親と同じ研究を課されているなど考えつかなかった。

  ただ、有翼人計画が頓挫していなかったことが衝撃だった。俺だけが解放され、まだ旭が囚われているなどあってはならないと。

 だから烈を利用してまでゼロプログラムを使わせた。結局、俺一人の力など無力で全て上手く行くことはなかったが。


「そうなんですか…じゃあ千沙ちゃんの父親って誰なんでしょう」

「…さあな」

  聞いたところでどうもならない。過去は変わりはしない。

 ただ、ほんの少しだけ。生涯で唯一自分の愛した人が、知らない誰かと子を授かったと思えば寂しくはある。不幸にばかりしている自分には寂しく思う資格すらないが。

 今は有翼人計画に関わらせてしまった者達を解放し、親子の未来を守るだけだ。

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