光の先駆者達ー4
クラウディアが迷いの森へ入りたいと言い出した時、何事かと思った。
聖域である迷いの森は管理する王族ですら立ち入りには女王の許可を要し、自由に行き来できるのは女王のみ。王族である彼女自身も継承の儀の時にしか入ったことはないだろう。
そんな場所に自らだけではなく、他国の者の立ち入りも許可して貰いたいなんて、相変わらずとんでもないことを口走る。
リーベ王女の女王即位に際し、珍しく聖騎士団の幹部が集まっているのをいいことに団長は意地悪な試練を彼らへ要求した。もっと他にも彼らの真意を探り、試す方法はあったろうに。
そもそも仮に試合で彼らが勝とうが、現時点で女王はいない。
リーベ様が即位し、彼女が許可して初めて森へと入れる。団長の一存では決められない。姉であるクラウディアが頼み込めばリーベ王女は許可をしてしまうかもしれないが、団長は彼らが森へ入りづらい状況を作り上げた。
団長の真意は何なのだろうか。
明らかに彼らへ不利な試合を持ちかけ、まるで追い返すような扱いだ。だが、追い返すだけのつもりなら試合などせずとも、クラウディアに取りあわず門前払いで充分だったはず。純粋な力ではない。何か別のものを見定めているのだろうか。
カチャンという食器を置く音が聞こえリーベ王女を見ると、彼女は手を止め窓越しに外を眺めていた。
ずっと浮かない顔をしたリーベ王女は出された夕食もまともに口をつけていない。
女王が亡くなられてからというもの、彼女は一人で食事をとることになってしまった。食事をとる部屋は少女一人には広すぎた。最近では寂しさからか自室で食事をとるようになった。
穏やかな夜の闇が城下町を包み、並ぶ家屋からは温かな光が溢れている。
彼女はその景色が好きだと言っていた。
光の中では家族が笑ったり、喧嘩したりしながらも皆が生活をしているのだと思うと心が落ち着くそうだ。
灯った光の数だけ多くの人々は生きていて、同じ時を共有している。
私達は奇跡みたいな中を生きている。そう純粋に語る少女はとても綺麗な目をしていた。
俺はありふれた日常の風景を見てもそんな感想を持つことなど一度もなかった。
他者の幸せを心から愛おしく思える。まだ若く、優しすぎる少女に女王の位は見合わないかもしれない。だけど、そんな人だからこそ民の幸せを心から願い、民に寄り添える女王であってほしいと願ってしまう。
「お口に合いませんでしたか?」
「いえ、あの、食事は今日も美味しいです…その、ただ…」
「姉君のことが気になりますか」
図星なのか小さな唇を噛み、視線が落ちる。
幼き頃から凛々しく気高い姉は自分の憧れであるとリーベ王女は常々口にしていた。強者や大人に囲まれようとも堂々としていて、頭も良く優秀な姉は成果を残し続けた。
自身の能力を決して驕らず、自分のような弱い人にも寄り添い、手を差し伸べてくれる。リーベ王女から言わせれば、クラウディアこそ女王に相応しい人物。
だからこそ継承の儀を成功させただけで次期女王に自分が決まってしまったことを今も思い悩んでいる。そんな姉の明確な敗北を目にし、彼女にも思うとこがあるのだろう。
「クラウディアは…お姉様はいつもご無理をなさいます。自身が傷つくのを厭わず先陣を切って進んで行くのです。お姉様は気高くお強い。大抵のことは器用に成し遂げていきます。ですが私はお姉様の身を案じてくださる方がいないことが心配なのです。きっと今も一人で気に病み、無茶をなさるのではないかと…」
リーベ様の仰ることは大いに共感できる。あれは、無茶をすることが呼吸するに等しいタイプだ。しかも殆ど一人で何とかできてしまうから余計に自身を追い込み、より高みを目指してしまう。そんな彼女のストイックさを加速させたのも継承の儀だろう。
クラウディアは自身の継承の儀が失敗に終わっている。
詳しい内容までは王族でない俺には分からないが、彼女は失敗により王位継承権を失った。
途端、母親である女王の期待もクラウディアから妹のリーベ様へと移った。
けれど、物分かりのいいクラウディアは反発したりもせずに立場を受け入れた。
そして自身の
国を愛する彼女は剣術で国へ仕える道を選択した。
女性でありながら武術を会得しようという試みは一般国民では稀に聞くがルイフォーリアム国ではあまり馴染みがない。それを王族である女性が極めようなんて事態は史上初めてであった。当時は随分と話題になったのを憶えている。
中には快く思わなかったり、女性に、それも王女様に稽古とはいえ手を上げるなど恐れ多くてできない。そう困り果てる聖騎士達が散見された。これには流石のクラウディアも参っていた。
そんな時の人がまさか剣の師として俺に目をつけるなんて思いもしなかった。
男のわりに身体の線が細い俺に教えを乞えば女である自分にも流用できるだろうと判断したそうだ。
もちろん当時の俺はまだまだ若かったし、人に教えるなんて面倒で嫌だった。
さらには王女様なんて。何か問題を起こせば俺は即刻立場を悪くしそうだ。
だけど、彼女の強い熱意に押され、教えると言うよりは稽古を共に積み、試合相手になった。
クラウディアは要領がいい。日々の鍛錬に抜かりはなく、俺の動きをしっかりと盗み見、少しの助言を与えると見る見る成長し、剣術もあっという間に抜きん出て聖騎士への道を志すこととなった。
けれど、クラウディアへの風当たりも強さを増していった。
多くの聖騎士達は彼女はすぐに根を上げ騎士の道を諦めると思っていたからだ。
聖騎士団は王族に仕えているとはいえ、非常時以外は団員達をまとめあげ指揮するのは団長をはじめとした幹部達だ。
そこへ王族に介入されれば、彼女の顔を立てねばならないし、彼女の指揮下に入らなければならないのかと危惧したからである。
もちろん彼女は聖騎士達に敬意を表しているし、自分が下の立場であることを自覚し他の者と変わらない対応をするよう求めている。
仮に位が上がろうと聖騎士団を支配しようとか、自分を王族として扱ってほしいなどと思っていない。
しかし誰もがそう受け入れてくれることもなく、彼女は"王族を抜きにした、ただの一騎士"として認めてもらえるよう今も日々努力している。本当に、彼女は楽な道を選ばない聖騎士だ。
俺なんかは親の勧めでルイフォーリアム学院に通ったものの目標もなく、与えられる課題や任務を淡々とこなしていただけだ。
授業も叱られない程度に力を抜き、なんとなくやり過ごしていた。
人の目を盗んでは木陰で昼寝をするのが趣味のつまらない人間だったはずなのに。
何事にも全力で取り組むクラウディアの熱意に当てられたのか、それとも強くなるクラウディアに負けたくなかったのか。
俺は彼女と出会い、初めてまともに剣術を磨くようになった。
それがこうして巡り巡ってリーベ王女の専属騎士にまでなってしまった。
リーベ様の心配を生み出してしまうならクラウディアに剣術など教えなければよかっただろうか。
けれど、俺が断り続けたところでクラウディアの強い意思は折れはしなかったか。
クラウディアはその信念の強さあってこそ今の強さを手にしているのだから。
そんな彼女が今、迷い立ち止まっている。
「たしかに今はちょっと悩んでるみたいですけど…昔の彼女とは違います。今の彼女なら大丈夫ですよ」
ずっと一人で戦い続けていた彼女に今は心強い仲間がいるみたいだ。
真っすぐ過ぎる彼女を孤独にしない、一緒に前を目指していける人が居る。
心配性なリーベ王女は「だとよいのですが…」と言葉を濁した。
誰よりも姉の力になりたいのに、自分にはその術がないとリーベ様は思い込んでいる。何よりもクラウディアの支えになれるのは妹であるあなただけなのに。きっと言葉にしても信じてもらえない。
この姉妹は、俺が知る限りどの兄弟よりも相手を思いやれる家族だというのにな。
「それじゃあ俺は屯所に戻りますね」
「はい。今日もお勤めご苦労様です。ありがとうございました」
リーベ王女は俺を従える立場なのだからもう少し偉そうでもいいのに。
いつも丁寧に頭を下げて礼を述べる。
専属騎士に成り立ての頃に何度か「もっと気楽でいい」と提案したが全て首を横に振られた。それが彼女の良さであり、クラウディアの守りたいものでもある。
かっしりとした騎士正装よりも緩い麻の服が好きだ。
リーベ王女の居室を後にし、首元まで留めてあるボタンを外して自分の中のスイッチを切り替える。
町勤めの一団員騎士、休みの日には昼寝してお酒を飲むくらいで俺は充分幸せなのだが。光栄なことにこんな上位騎士にまでなってしまった。
示しがつかないと身嗜みや行動はしっかりしろとオーディムさんにはすぐ咎められる。団長は笑って許してくれるけど。前団長なら怖い形相で説教もの確定だろう。
それだけ俺は聖騎士団の中では異端な人間だ。
「はあ…柄じゃないな」
呟きながらも足は寝床のある屯所に向かわずに城内を歩き回っている。
あいつの居る場所は昔と変わらないならあそこか。
見当をつけてルイフォーリアム城5階東部の見晴台に行けば城下町を見下ろすクラウディアは居た。
昔から考え事や一人になりたい時、彼女は高確率でここで静かに佇んでいる。
「昼間は暑いが、もう夜は冷えるよ」
「…アレイスさん」
「さっきの試合、君らしくなかったね」
「不注意で情けない姿を晒しました。まだまだ鍛錬不足です」
相変わらず真面目な性格だ。反省をし、慢心しない。向上心の塊だ。
とても俺には真似できない。
「何をそんな悩んでるんだ」
「悩んでなど…」
「皆心配してるよ。もちろんリーベ様も。君に元気がないとリーベ様も元気を失くす」
「…彼女には私のことは関係ありません」
「寂しいことを言うね、リーベ様にとって君はたった一人のお姉さんだろ」
「あの子は女王となります。実の姉よりも民を案じるべき人となります。私に構わず、国を動かし守る義務があります」
「でも、君もルイフォーリアムの民だ」
するとクラウディアにしては珍しく大きなため息をつき頭を抱えた。
堰を切ったように彼女は自分の思いを吐き出し始める。
「あの子は、優し過ぎます。引っ込み思案で自分の意見を強く通せないのに、誰よりも人の心配をします。だから私はあの子と距離をとらなくてはなりません。これから目を向けるべきは私ではないのだから」
「それは難しいんじゃないかな。リーベ様は君を心から尊敬している」
「私を慕ってくれているのは理解しています。ですが、彼女が目指すべきは私ではない。自分の良さをもっと生かして欲しいのに。誰かの後を追い続けるだけでは女王は務まらない」
「リーベ様は女王の器ではないかい?」
「いえ。民を慈しみ思いやる気持ちは誰よりも持ち合わせている。継承の儀も立派に果しました。次期女王に相応しいのは彼女です…私だって本当はあの子の傍に居て支えてやりたい。けれどいつまでも私の影を追っていてはなりません。私が傍に居てはあの子を駄目にしてしまう」
二人とも姉妹想いなものだ。
互いの想いを知ってしまっている身としては、二人とも自分の気持ちに素直になってしまえばいいのに。
なんて無責任なことを考えてしまう。距離感は難しい。
「ですから私はリーベ王女とは適切な距離をとらなくてはなりません。王女のことはアレイスさんに託します」
「俺は良い師にも相談役にもなれないけど」
「彼女が彼女らしくいられる場所があることが大切なのです。あなたは適任ですよ」
俺をリーベ王女の専属騎士へ推薦したのはクラウディアが発端だ。
団長から専属騎士の話をされた時は聖騎士成り立ての自分が指名されたとは信じ難かった。
本来、王族の専属騎士など聖騎士の経歴も長く、実力者であり、かつ聖騎士団と王族両方から信頼を得ている者が成り得る役職だ。
クラウディアとリーベ様共に面識があったとはいえ、簡単になれるものではない。
そんな異例にとんでもないことになったものだと思ったのが鮮明に蘇る。
ようやく笑ったクラウディアは、その面だけは安心しきっているようだった。
こんなテキトーな男を随分信頼してくれるものだ。
期待されるのは苦手だけど、信頼を裏切るのは心苦しい。
「まあ、やれるだけ頑張るよ」
「ええ。アレイスさんの"やれるだけ"は全力ですもの。それで充分です」
こうして笑っている姿は気品ある王女様なのに。
剣を手に取ればたちまち凛とした聖騎士だもんな。才能のある人ってのは恐ろしい。でもそんな彼女も悩み立ち止まる。
人は完全にはなれない。けど、だからこそ分かち合って生きていける。
相手を理解しきるのも難しい。こんなに優しい人同士ですら、すれ違うのだから。感情は底知れない。
「…お互い優しいのも考えものだね」
「え?」
「何でもない。とにかく悩みを抱えたままでは事は成せないよ。きちんと自分の答えを導き出しな」
俺はクラウディアと別れ、そのままライオネル団長の元へと向かった。
テキトー男な俺でもリーベ様の専属騎士でありクラウディアの師でもある。
説得とか得意ではないけど、二人には笑っていてもらいたい。
ちょっと頑張りますか。
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