天雷の咆哮ー6

「ここは魔力マナが濃いわ。祠が近いのかも」

  隣に居るヘスティアさんがそっと僕に呟いた。

 人間である僕には魔力マナの濃さの差などまるで感じなかったが、有翼人である彼女には明確に分かるようだ。

 そうだ、僕らは祠を探してここまで来た。祠の情報を集めなくては。

「翼持ちし者地上に降り立ちし時、等しく希望の架け橋が掛かることを願わん」

  レイランさんはフェイ君の頭上を指さした。

 指された方角をじっと見つめると高い位置にある祭壇をようやく視認する。

 遠目ではあるが様式がティオールの祠と酷似しているように見えた。

 だけどそこへ辿り着く為の階段や道は無く、小さな祠は断崖に孤立していた。

「今の言葉は祭壇に記されている一文。あなた方はあの祠を探しに来たのでしょう?」

「ええ、そうよ」


『光よ、汝の輝きを集束させ、天へと導く我の道となれ』

  レイランさんが空へ手を翳し唱えると祠へと続く光の階段が出現する。

 階段は太陽の光を浴び淡く輝いている。

 僕らはレイランさんを先頭に階段を上っていくと見覚えのある祭壇が出迎えた。

 ティオールの祠に比べ狭く、小さな洞穴のような物だった。

 祠の壁一面はびっしりと古代文字で埋め尽くされている。

「ここも魔力マナを使わずとも生活できる知識が書き込まれているわね」

  ヘスティアさんは壁を見渡しそう教えてくれる。

 どうやらティオールの祠と近い内容が記されているようだった。

  僕には古代文字が一目で理解できる知識はなかったが気にかかる一文があった。

 ティオールにもあって竜の谷にもある。共通の字面と絵。

 二か所とも天井に記され、五行の文面と翼のある人とない人とが手を取り合っている絵だ。どのような意味が込められているかまで分からないけれど、文字の形が違うことから同じ内容ではないことは分かる。

  けれど絵はどちらも同じだ。

 有翼人は分け与える魔力マナの結晶を各地の祠に遺している。

 各地を巡るであろう託される人物でなければ祠の共通点など気づかない。

 なら託される人物に伝えたいメッセージがあるのかも。


  滝の開かれる水音で下を見下ろすと僕らが通って来た道から長老様がやって来た。

 長老様の姿を見つけるなりフェイ君は階段を使わず飛び降り相対した。

「ジジイ、勝負だ!」

「お前も懲りぬ奴だな。もう外には出れぬと言うておるだろ」

「いいや、俺は勝って出る!」

 竜の谷で最も偉いはずの長老様に対しフェイ君の態度は挑戦的だった。

「簡単に負けたりしない。そう豪語した小童の間抜けを世界中に晒しおって、情けない。己がいかに未熟か学んだであろう」

「…っ」

「フェイ、お前は大人しく鍛錬を続ければよい」

「だってつまらない。ジジイの鍛錬は地味なやつばかりだ」

「お前がそのような性格だから忍耐を鍛えるものが多くなるのであろう」

「滝に打たれ続けるとか、石を叩き割るとか、精神統一だとかそんなんじゃ強くなれない!」

「お前は外に出たと言うのに変わらんな」

 長老様は笑みを零した。

「変わった!」

「ならば自らの力で証明してみせろ」

  長老様が戦いの構えをとると、フェイ君も同じように構える。

 まったく同じ型だ。フェイ君が長老様から武術を学んだことがよく分かる。

 二人のその様子にレイランさんは出現させた光の階段をそっと消した。

「止めなくていいんですか?」

「ええ。お二人の戦いはもう日常ですから」 

  僕らは上から二人の戦いを見守る形になる。

 お互い体術のみを使っているのに身体の動きから生じる音が崖上に居る僕らにまで届く。

 身軽で速い。僕は次第に二人の動きが追えなくなりそうになる。  

  フェイ君が長老様の攻撃を防ぐのに対し長老様はフェイ君の攻撃を全て避けていた。長老様のほうが動きが一段速いうえにフェイ君の手を読んでいる。

 フェイ君も致命的な一撃は食らっていないものの、長老様に攻撃が当てられていない。次第に体力やダメージの差は広がっていく。


  時間としては短いほんの数分の戦いだったが、僕には数え切れないほどの攻防が繰り広げられた。

 その勝負は長老様が低く屈みフェイ君の懐に入り込み拳による会心の一撃で止まった。もろに食らったフェイ君は膝を着き蹲る。

 呼吸を多少乱しただけの長老様はフェイ君を無感情に見下ろした。

「分かったろう。大人しく谷で修練に励め」

 フェイ君は拳を握り締め上体を起こし、息を整えながら言葉を発する。

「たしかに俺は弱い。けど、弱いからもっと強くなりたい。だからもっと色んな奴と戦いたいんだ!」

「多くの者と戦い何の意味がある」

「いろんな考え、性格の奴が居る。勝負を通して自分と違う世界が見えてワクワクするんだ。世界は広い!俺はもっと自分の知らない世界が見たい!」

 ただの負け惜しみではない。フェイ君は何かを必死に伝えようとしているように見えた。

「強さに好奇心などいらぬ」

「全力で戦うのは楽しい!それは相手が見えるからだ!なのにいつまでたってもジジイは全力でこない。それは俺が弱いからだ。だから俺が強くならないと、ジジイはずっと一人だ。だけど、もう俺は昔の俺じゃない。外に出て強くなった。まだまだ足りないけど、でも昔とは違う!俺を通してでいい。もっと世界を広げてくれよ。谷が全てじゃないんだ!」

「フェイ、お前…」

  立ち上がる際に少しふらついたが、彼はしっかりと自分の足で立ち上がり、再び力強く構えた。フェイ君の目はまだ闘志に満ちている。

「全力でかかってこいよ、俺はまだ負けてない。本気で俺にぶつかれよ!」 

「いいだろう」


  大きく息を吐き、目を閉じ集中した長老様から次第にバチバチと音を立て電流が迸る。自身の身体から電気が発生するなんて、やっぱり普通の人間ではない。

 小柄な長老様の姿がみるみると巨大化し人間の面影が無くなる。人間から別の生き物に変わっていく。巨体から生えた大きな翼が音を立てて広がり、牙を向いた口が開かれる。

「キュオオオオオオッ!」

 巨竜へと姿を変えた長老様が大きな雄叫びを上げれば全身がビリビリと震えた。

「これは一体…!?」

「竜化。人を捨て、大いなる力に身を委ね圧倒的力で人を捻じ伏せる力の象徴。この谷を守護する竜神様の正体は、代々受け継がれているこの秘術を使用する者に対する敬称です。かつて幻の生き物と詠われ戦場を翔けた竜は人だったのです」

 僕らの居る広間がやけに広く、天井も無く空へ通じている理由をようやく理解する。

  力を誇示するかのように竜は口から火炎を吐き出し地を容赦なく焦がしつける。

 爆炎の波に襲われそうになった所をヘスティアさんが自身の火魔法で火炎を相殺し、僕らを守ってくれる。

 竜は追撃するかのように僕ら目がけて鋭い爪を振り下ろした。

 引っ掻きの攻撃はレイランさんが魔法で光の障壁を生み出し無傷で済むが、障壁を外れた両側の岩壁は抉れ地震の如く足場が揺れる。

  無差別に襲い掛かってくる長老様はもう僕らのことは眼中にない。目に入る者全てが敵のようだ。


「フェイー!!」

  固まっていた僕らは助かったが、地面で竜と対峙していたフェイ君の安否は分からない。シエンちゃんの悲痛な叫びに答える声は聞こえない。

  彼女が今にも飛び出しそうになった時、炎の海が割かれるように飛散してく。

 中心ではフェイ君が矛を振り回し炎を回避していた。

  フェイ君は炎を全て受けきり矛を払うと竜を見上げ恐れるどころか笑みを浮かべていた。彼は体術だけではなく、矛の使い手でもあったのかと驚いたが感心している場合でもない。既に竜は追撃すべく口内に炎を蓄えている。

「こんな強力な生き物相手にフェイ君一人じゃ危険すぎる!」

「竜化は人を捨てる行為。もう私達の声は長老様には届きません。それに、これはお二人の真剣勝負です。私達が加勢しては意味がありません」

「そんな!」

  僕の訴えに冷静に返すレイランさん。

 でも彼女の瞳は決して冷たくない。真っすぐに彼の雄姿を見守り、信じている瞳だ。

「長老様は不用意に竜化をなさる方ではありません。フェイに戦う資格があるとお認めになったから…大丈夫、フェイは乗り越えられます」

  彼女が胸元に置いた拳は震えている。だけど瞳は二人から逸らさない。

 レイランさんも戦っているんだ。


  フェイ君は高く跳び上がり、最初の火炎を避ける。

 次に竜は火炎の量を減らし、火炎玉を次々に吐き出していく。威力と範囲よりも攻撃速度を重視したのだろう。その火炎玉も決して侮れない。当たれば致命的なダメージになるのが焼け跡から分かる。

  そんな連続攻撃を岩壁を走り抜けながらフェイ君は避けていく。

 猛攻を避けながら壁を伝って駆け上がり、とうとう竜の頭上を取る。

 頭から攻撃を仕掛けようとしたフェイ君を待ち構えたかのように竜は大きな口から強烈な火炎を吐き出す。

 火炎に正面から突撃したフェイ君は片手で矛を高速回転させ炎を受け流すが炎の射出量は衰えない。このままではフェイ君の矛を回す手が先に止まる。

  不安が過った途端、なんとフェイ君は矛から手を離した。 

 自滅行為に等しい選択に僕は悲観的な声を漏らしてしまう。

  だが、フェイ君は競り負けたわけでも勝負を投げたわけでもなかった。

 彼は手放した矛を踏み台にしてさらに跳び上がり、再び竜の頭上を制すと迷わずに頭部に渾身の蹴りを落とした。


「ギャオオオオオオオッ!」 

  急所に当たったのか竜は甲高い悲鳴を上げた。 

 叫び声が地鳴りのようで身じろぎができなくなりそうになるが、フェイ君は素早く着地すると地に落下した矛を拾い、好機とばかりに斬り込んでいく。

  痛みに耐えかねたように竜は全身を捻り長い尻尾を振り回した。

 ただの尻尾の動きが戦艦が突進してくるかのようなズズズズズッという重音を伴って空間いっぱいに襲い掛かる。

 暴れたうえでの動きだが立派な攻撃に成り立った尻尾がフェイ君に直撃し、身体が吹っ飛ばされ壁に打ち付けられる。

  意識を失ってしまったのかフェイ君の目は閉じており動き出す気配はない。

 竜もまた追撃を止めない。彼に向かって歩み、鋭い爪で切り裂こうと片手を大きく振り上げる。


  このままでは本当にフェイ君が…! 

 僕らがフェイ君に目がけて一歩踏み出した時、とうとう耐えかねたレイランさんが先に飛び出していた。彼女が竜となった長老様の前に立ちはだかり、僕らを集落へと連れて来てくれた鏡を向けた。

「止まりなさい!そなたの真の姿を思い出せ!」

  途端、鏡は強烈な光を放つ。

 光に当てられた竜は目が眩んで怯み、全身がたちまち鏡から放たれる光に覆われる。そして照らされた巨体は縮小していき、やがて小さな人の姿となる。

  人間に戻った長老様は気を失っていた。

 長老様は男としては身長が低い僕よりも低い。

 小さな体にあれだけ大きな力が秘められているのが今でも不思議に思えてしまう。

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