抱える想いー1

「いつまでも落ち込んでたってしょうがないでしょ」

「…そうなんだけど」

  理央ちゃんの何度目か覚えていない同じ言葉に慰めより呆れの割合が大きくなったのを感じる。

 自室のベッドの上で動けずにいる私は全てに歯切れの悪い返事しか出来ていない。

  四ヵ国学園対抗体育祭も今日で4日目。7日間かけて行われる体育祭の中日で代表選手達の休息日となっている。

 各校の生徒同士で競技となっているデジタルフロンティアやシューティングを競えるエキシビションを行ったりもしている。

 観光客はエキシビションを楽しんだり商業地を巡ったりしている人が大半だ。

  休息日とはいえ商業地や会場は今日もお祭り騒ぎを継続中。

 各校の代表選手達も今日はリラックスしたひと時を過ごしているだろう。

 そんな中、私は昨日の失態を引きずり楽しい気分にもなれずにいた。 

「先輩達は気にしなくていいって言ってくれたんでしょう?」

「…うん」

  昨日のW3Aのリレーレースの結果はどう見ても私が悪い。

 常陸先輩と風祭先輩は区間トップのタイムで完走している。

 それなのにゴール結果が最下位というのは私が原因だ。

 私がもっと上手く対処して速く飛べていれば。

 それでも先輩達三人は「あれは仕方がない」「気にしなくていい」「最終日で取り返そう」と誰も私を責めたりはしなかった。

 でも分かっている。そんなの先輩達の優しさで内心怒っているに違いないんだ。

  実際、観客や生徒の中には私を非難する声もある。

 判断ミスや行動の遅さを指摘されたり、純粋に期待できる結果を残せなかったことに対する怒り。

  私は自分のとった行動に後悔はない。

 何度だろうが私は試合結果より人命の安否を優先する。

 だけど迷いがあった。もっと迅速に動くことができたはずだ。

 これは自分の未熟さが招いた失敗。

「ふたつとも事故であって千沙さんのミスではないじゃありませんか」

「…でも私が早く動けていれば…あんなに大差はつかなかった」

「昨日の夜からこの調子。一晩経てば治るかと思ったら全然」

「それでずっとお饅頭さんなのですか」

  食欲も出なくてずっと自室の布団に籠っていたのだけど、そんな私を見かねてか理央ちゃんは愛美ちゃん、麻子さん、鈴音ちゃんの三人を部屋に呼び出したみたい。

 正直私としては一人になりたい気分だったのだけど、わざわざ集まってくれた皆の好意は嬉しくもあった。     

「これは重症ですね」

「千沙ちゃんてメンタル強いのか弱いのか時々分からなくなるね」

「試合みたいに何でも単細胞でいてくれればいいのにさ」

「もー!励ましてくれてるの?それとも馬鹿にしてるの!?」

  布団から顔を出して反論すると今日も穏やかな笑顔を浮かべる麻子さんが私の頭を撫でた。

「励ましに決まっているじゃありませんか。試合に関しては強くて頼もしい千沙さんもこうしていると普通の女の子ですね、可愛らしいですわ」

「私はいつも普通だもん…」

「それはない。無鉄砲、馬鹿力、臆病。この三点セット持ってる女子はそうそういない」

「理央ちゃんの馬鹿ー!」

「千沙より断然テストの成績いいわよ」

「そんなの知ってるよ!どうせ私が一番馬鹿なんだから!」

  座学のテストは皆の中で私が最も成績が悪い。

 そして理央ちゃんは最も良い成績だ。

 もともと勉強なんて得意ではない。

 代表選手に選ばれなければ体育祭期間中も試験勉強をしていたかったくらいなのだから。

「気晴らしにご飯食べに行こうよ!今日は練習もお休みで自由なんでしょ?」

「…ごめんね、そんな気分にはなれない」

  愛美ちゃんの誘いを断り私は再び布団に潜り込む。

 すると愛美ちゃんは布団を勢いよく引っぺがした。

「そんな気分じゃないところを変える為に遊びに行くんでしょ!麻子さんも鈴音ちゃんも手伝って!」

「はい、喜んで」

「分かりました」

「ちょ、ちょっとー!!」

 私の防壁だった布団は奪われベッドから降ろされると外出支度を要求されてしまう。


  渋々顔を洗い、着替えようとすると愛美ちゃんから待ったが掛けられる。

 強引に人を動かしたのに、急にどうしたのか。

 明るく可愛らしい愛美ちゃんには似つかわしくない目の細さに震える肩。 

  そこでとある日の冷蔵庫チェックの時の愛美ちゃんを思い出す。

 冷蔵庫の中身は驚かれるだけで留まったが、今彼女の視線が鋭く刺さっているのは私の洋服クローゼット。

  愛美ちゃんはお洒落が好きで、特に洋服は手厳しい。

 だから私は一度も愛美ちゃんの前で私服姿を見せたことはないし、寮生活の間はほとんど制服で居れば事が足りた。

  今日も同じ手段で逃げ切ろうと私が制服に手をかけると、拒否をされてしまう。

 集まった皆が私服なのだから私にも私服を着用するよう指定される。

 途端に冷や汗が身体を伝うのが自分で分かる。

「千沙ちゃん、私服ないの?」

  私に向き直った愛美ちゃんの上ずった声に妙に見開かれた目。

 似た物を見たことがある。そう、いつか見たお化けの出てくる本。

 今の愛美ちゃんは本に出てきた足のない怖い女性の幽霊にそっくりだ。

 本を読んだ時にも感じた悪寒をこんな形で再び感じるなんて。

「あ、あるよ?ほら…これとか…」

 開かれたクローゼットから恐る恐る学園指定ではないジャージを取り出す。

「他には?」

「えっと…その…」

  どうやらお気に召さなかったようで愛美ちゃんの表情は和らがない。

 しかし、残念ながら同じ系統のジャージしか手持ちにはない。

 言い訳が思いつかず、やっぱり出かけたくないと駄々をこねてみるが、この状況を面白がり始めた麻子さんと気迫溢れる愛美ちゃん相手には勝ち目はなかった。

  初めて昨日の後悔とは違う、大きなため息が零れてしまう。

 はあ…また怒られてしまう。

 


  *



「私来る必要あった?」

「何言ってるの、理央ちゃんが私達を呼び出したんでしょ」

「いや。千沙をどうにかしてもらおうと思ったから呼んだだけで、私はできるなら寝てたいんだけど…ふあああ」

  理央ちゃんは欠伸をして気怠そうに近くの椅子に腰かけた。

 きっとまたいつもの夜更かしだ。

 彼女は一度集中すると時間を忘れてパソコンに向き合ってしまうらしい。

「それにしても冷蔵庫に続き、まさか洋服までとは思わなかったよ」

  こんなことなら私がもっと早く気にかければよかった。

 友達でありながら不覚だった。

「ふふふ、鈴音のほうがまだお洒落に気を使っていますわ」

「…私は機能性やTPOを重視しているだけでお洒落でない訳ではありません」

「あら、鈴音が反論するなんて珍しい」

「そりゃ…あれは鈴音ちゃんだって一緒にされたくないよ」

  千沙ちゃんと理央ちゃん、二人の部屋にある冷蔵庫の中身が水や少しの調味料しか無い、独身男性もびっくりな内容だった事も記憶に新しいが、今回はそれを上回る驚き、いや、ショックな事態だ。

 千沙ちゃんのクローゼットに関してはお洒落に興味がない以前の問題な種類の少なさだった。

 制服以外がジャージやTシャツなどスポーツウエア関連しかないなんて。

 私用の外出は全てジャージだというのか。ありえない。頭が痛い。

 服装のお洒落なんて女子なら誰でも楽しい筈なのに!

 おまけに千沙ちゃんは可愛いのに勿体ない!!

  あの少なさに同室である理央ちゃんは何故ツッコまなかったのか。

 一見理央ちゃんのほうがお洒落なぞ無頓着に見えるのに、理央ちゃんは小奇麗なブラウスやパンツを持ち合わせ、見事に持ち前の長身で着こなしている。

  気分転換に皆でご飯を食べに出かけようとしたのだけど、それ以前に許し難い惨状を見つけてしまい、まずは衣服や靴の買い物が先決となった。

  学園生活においても休日は制服で居る必要がないので大抵の生徒は私服で出歩く。

 ならばまずはお洒落でもさせようかと思えば、服も靴も運動用しかないとは予想外だった。

 思い返せば千沙ちゃんは休日も制服姿だったな…盲点だった。

  いくらお洒落に興味がなくたって。

 せめて一着くらい、外出を楽しむ為の服は持つべきでしょう…!

 

  こうして今、千沙ちゃんは私達が見立てた服の三度目の試着をしている。

 すると着替え終えたようで千沙ちゃんは試着室のカーテンから顔だけ覗かせてきた。

「こういうのは…あんまり私に似合わないよ…もっとしっかりした生地のやつが…」

「いいから!着替え終わったなら見せてみて!」

 私が強引にカーテンを開けると千沙ちゃんは居心地悪そうにしていた。

「まあとてもお似合いですわ!やはり愛美さんの見立てですわね」

「皆には似合うかもしれないけど…私にはひらひらしたのは…」

「そうですか?千沙さんに似合って可愛いと思いますよ」

「うー…スカートは制服じゃないと着ないし…どうにも落ち着かないよ…」

  動くたびにふわりと揺れるフレアスカートは女の子らしくて千沙ちゃんにぴったりだ。

 上をブラウスにしたらそれも薄くて着慣れないみたい。

 本人は気に入ってないみたいだけど、ここに居る私達は皆が似合っていると思っている。 

「言っとくけど千沙の普段着のほうがよっぽど普通の女子じゃないからね。ここは素直に皆の言う通りにしたらー?」

「え!?そうなの!?」

「そうだよ。ここが学園都市で千沙が生徒だから普段から制服やジャージでも浮かないけど、普通の町中だったら千沙の格好してる人なんて滅多にいないからね」

  理央ちゃんのトドメの言葉に顔色を変えた千沙ちゃんはようやく買う気になってくれたようだ。

 どうにも千沙ちゃんは"普通"という単語に弱いようだ。

「…ところでさ、本当に全部買うの?どれか一着だけでもいいんじゃ…」

 試着室には麻子さんと鈴音ちゃんがそれぞれ見立てた洋服達が置かれている。 

「買って!そして着て!」  

  一着じゃ駄目だ、何着か持たせて置かなければ。

 放っておけば千沙ちゃんはこれからもジャージ以外何も買わなそうだ。

  今着ている服を着させたまま、千沙ちゃんは唸りながらお会計へと向かった。

 これで当面は私服に困らないだろうけど、季節ごとにチェックしないと怖いな。

 次は秋だな、と決意を固める。

  それにしても千沙ちゃんってどんな私生活を送ってきたのだろうか。

 ずば抜けた強さの理由もまだまだ謎だけど、生活感も不思議なところだらけだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る